堅実さんのブログ
861~880件 / 全1012件
最近書いたブログ
-
何か生きがいをで、考えてまいりましたが、人が行動を起こす場合、やろうか、止めようかに分かれる。やろうかというのは、現実に行動を起こす行動であり、止めようかは行動を伴わない行動である。止めようかというのは、何も行動しないとうことである。 ここでは、真剣に何かに打ち込むことは、やろうかであり、怠惰なことは止めようかになる。どちらも人の考えである。一枚の紙に表と裏があるように、常に人の心は、この間を揺れ動いている... ...続きを読む
-
もし、日本の降伏が後、半年後になっていたとしたら、ソ連軍は北海道を南下し、東方地方、そして関東地方まで、侵攻してきたかもしれません。半年間、降伏が遅れていたら、今の日本は朝鮮半島と同じ運命になっていたはずです。何処が境かは、ともかくとして北と南に分断されていたはずです。ここで言いたいのは、これが共産主義の軍隊であると言いたいのです。油断も隙もないと思えるのです。 以上のことから言えることは、8月15日に終戦とな... ...続きを読む
-
25年8月22日の、日経新聞、春秋からです。68年前のきょう(22日)、樺太からの引き揚げ者を乗せた小笠原丸が「国籍不明の魚雷」の攻撃を受け北海道沖で沈んだ事件のことだ。同じ日、やはり樺太から引き揚げてきた人たちを乗せ航行していた第二号新興丸と泰東丸という船が、魚雷による攻撃や砲撃を受けて、沈没したり、大破した。 「三船殉難事件」と呼ばれる。死者、行方不明者は合計で1700人を超えた。事件の1週間以上前に、日本... ...続きを読む
-
-
-
-
-
-
-
今時分になると、終戦前後の事を考える。この日本は朝鮮半島のように、南北に分断されずに幸運だったと思う。もし、太平洋戦争が8月で終結ではなく、あと半年延びていたらこの日本はどうなっていたかと考える。以下は7月のシリーズの日記、共産党批判を加筆、修正したものです。 ここで、太平洋戦争終了期の1945年(昭和20年)を考えます。昭和20年8月14日に、日本は降伏しましたが、この時は既に、ソ連、米国の対立が有りました。... ...続きを読む
-
これは、女房の父親から聞いた特攻兵の話です。女房の父親は戦争当時、茨城辺りの基地での任務でした。 3人の特攻兵が、日向ぼっこをしていた。彼らは隔離された状態で、彼らと話すなと言われていた。少年兵らしく、20歳に届くか届かないかの年だ。 そして出撃の日が来た。彼らは、ぶるぶる震えていたのが分かる。そして無理やり、戦闘機に載せられた。そして外から鍵をかけて、出られないようにした。これが特攻兵の姿だ。とても可哀... ...続きを読む
-
今日は、前橋の花火大会です。この時間、隣の建物で見えませんが、音は聞こえます。子供の頃から、何度か見に行ったことを思い出しました。ラジオでは思い出のメロディーを放送している。はっと気が付いた事です。「生きてりゃいいさ」です。 この長い人生の中で、このわたしにも、ドラマになる話もあります。つらい事が多かったと思います。職場では、不条理な「大人社会のいじめ」に会いました。これは共産党員からの組織的なものでした。... ...続きを読む
-
-
そして、また、ラジオの通信制高校と夜間高校の生徒の考えを思い出す。はっきりしていることは、幼少のころから大変な苦労を味わい、その中から、必死で、これからを生きていこうということである。この真剣に生きようとしていることだけは、はっきりしている。だからこのことを考えてみたのである。 そしてこれは、個人の個々の生き方である。幾つもあるだろう。そして個人と社会との係わりでもある。そして社会をどう考えるかでもある。... ...続きを読む
-
これ等のどの人も、今を一生懸命に生きようとしている。生活環境に幼くして恵まれず、あるいは心に傷を残しながらも懸命に生きてきたのである。それでもなんとかして生きようという気持ちが大きい。今までは、幸福という気持ちは微塵も無かったと思われる。それでも、生きるんだという底力さえ感じとれる。そこにはある迫力さえ感じられる。言葉にならない気迫を感じる。 果たして自分はどうだろうか。五体それ程、悪くないのにこの人達から... ...続きを読む
-
こう暑いと、たまには、頭のおかしい事でも、書きたくなる。参議院選で、投票率の低さが出ていた、51パーセントとか52とかである。生活が豊かになると、真剣に政治のことなんか忘れて、楽しいネットゲームでもしているのかもしれない。失われた20年とか言われても、上野駅で飢死したニュースは聞かない。でもその横の文化会館とか上野動物園前では、ホームレスの人がいる。もう7年前だろうか。昼時に、ボランテアの人だと思うが、弁当を... ...続きを読む
-
ふっと思うことがある。心の支えである。支えは支持でもある。生きることへの自己への応援であり、生きがいであり、生活習慣でもあり、趣味でもある。 例により、今日も日経新聞を1時間程読む。目が疲れて、後は午後である。女房はこんな生活を見ていて、趣味が無いという。囲碁とか将棋とか、グランドゴルフとか、世間一般に多くの人がやっているものが、女房には趣味だと思っている。 これはとんでもない考え違いである。釣りとかカラ... ...続きを読む
-
ネットで、ある家庭の生活の話が出ていた。創作かもしれないが、サラリーマン家庭の家計が、大変な状況であった。 これで良いとは言えないが、わたしは、何とか年金生活で、健康さえ注意してさえいれば、何とか生きられる。しかし、今の日本社会は、なんと住みづらくなったものだと思う。 そうすると、政治が良くなって欲しいと考えるのは、当然思いつくことである。政治家は、更に自己研さんが必要なことはいうまでもない。一部の人の利... ...続きを読む
-
-