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―日銀早期利上げ観測で円急伸、景気変調リスクに米大統領選と不透明要因が山積―
まさに「落ちるナイフ」である。日経平均株価は7月11日に史上最高値をつけた後、9営業日で4300円を超す下げとなり、終値ベースでの下落率は10%を超えた。高値からの10%安はテクニカル分析上、調整局面入りのメドとみなされる。並行してドル円相場は1ドル=161円台から151円台まで急速に円高が進行。為替相場のトレンド転換を受けて海外投資家が日本株売りに動いたとの見方は多い。この先株式相場は底入れに向かうのか。有望株に押し目買いを入れるタイミングはいつか。ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)と金融政策、米大統領選の3点について注目ポイントを押さえていく。
●景気は「変調」したのか
24日に発表された米国の7月製造業購買担当者景気指数(PMI)は、好不況の分かれ目である50を下回った。この日は6月の米新築住宅販売件数も公表されたが、増加を見込む市場予想に反し前月比でマイナスとなった。いずれも米景気の減速を示唆する経済指標である。だが、そもそも米国の景気が強かったのかというと、決してそうではない。2022年以降でみると製造業PMIが50を下回る月は珍しくはない。
パンデミック後の経済活動の再開による影響が一巡し、米景気に陰りがみえるようになってからも、米連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ退治に動かざるを得ず、最後の利上げとなったのが23年7月のことだ。その後、金融市場は適度な景気減速のもと、中央銀行が利下げに踏み切る「ソフトランディング」シナリオを拠り所とし、金利低下を見込んで大型グロース株に資金をシフトさせ、結果的に米株式相場は過去最高値をつけた。
それから1年が経過し、金融政策を巡る観測と株式市場の反応については、変調の兆しが出ている。例えば、ニューヨーク連銀前総裁のウィリアム・ダドリー氏はこのほど、米ブルームバーグ通信への論考において米景気の現状を踏まえ、7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でFRBは利下げに踏み切るべきだと主張した。これを受け金融市場が織り込む7月の利下げ観測が幾分上昇したものの、米国株を支えるには至らず、ナスダック総合株価指数は急落している。
中国でも7月に入り中央銀行となる中国人民銀行が利下げに踏み切ったが、上海・香港株は水準を切り下げている。世界経済の変化の予兆を示すとして「ドクター・カッパー」の異名を持つロンドン市場の銅先物も、直近では下落圧力が掛かっている。
世界景気の減速懸念がくすぶるなか、低調な米景気が本格的に腰折れに向かうのではないかとの疑念が、米国株の調整を促したとみることも可能だろう。もちろん、仮に米景気の腰折れリスクが杞憂に終わるのであれば、景気循環的な観点で持ち直しから回復に向かうシナリオが横たわっていると言える。
●日銀「段階利上げ」シナリオと自民党総裁選
市場がFRBの9月利下げシナリオを確実視する契機となったのが、7月11日公表の6月の米消費者物価指数(CPI)である。前月比でプラスを見込んでいた市場予想とは裏腹にマイナスとなり、高インフレ環境からの転換を示唆するものとなった。それまで1ドル=161円台にあったドル円相場は急落。折しも公表後は日本政府・日銀による為替介入観測が広がり、結果として投資家にドル円相場のピークアウトを印象づける格好となった。
自民党の河野太郎デジタル相と茂木敏充幹事長による「口先介入」も、ドル買い・円売りポジションの巻き戻しを促したとみられている。両氏の発言は円安の弊害を問題視し、日銀による利上げの必要性を指摘するものであり、実際に円債市場では7月の金融政策決定会合で日銀が利上げに踏み切る可能性が意識され、長期金利が上昇。日米の金利差と低ボラティリティの投資環境を前提とした円キャリー取引を手仕舞うためのドル売り・円買いの流れが、海外投資家による日本株への売りを促す構図となっているようだ。
政権サイドからの為替への言及が相次いだ背景には、9月に予定される自民党総裁選の存在が大きい。総裁選の候補者には石破茂元幹事長の名が挙がり、河野氏も茂木氏も出馬の可能性が指摘されている。党内や自民党員からの支持を取り付けるうえで、物価高対策への旗幟(きし)を鮮明とし、日銀の金融政策に注文をつけることは、ある意味で政治家としては合理的な行動とも言える。
半面、国内ではインフレに伴う個人消費の下振れリスクに加え、トヨタ自動車 <7203> [東証P]などの認証不正問題を受けた自動車大手の減産がマクロ景気に及ぼすネガティブな影響が懸念されている。加えて、ソニーグループ <6758> [東証P]傘下のソニー銀行や住信SBIネット銀行 <7163> [東証S]などが変動型の住宅ローンの基準金利の引き上げに動いている。段階的な政策金利の引き上げにより、変動型住宅ローンの金利が今後上昇するとの懸念が一段と広がれば、消費マインドを冷やす要因となりかねない。
注目される7月30~31日の日銀の金融政策決定会合では、国債の買い入れ減額方針が示されることとなっており、減額規模としては3兆円前後というコンセンサスが固まりつつある。半面、7月利上げシナリオは確実視された状況ではなく、確率は低いが実際に起きた場合は影響が大きい「テールリスク」の位置づけだ。日銀が7月の利上げを見送った場合はいったん、株式市場にアク抜け感が広がる可能性があるだろう。もっとも9月の自民党総裁選にかけて、円安悪玉論的な世論を喚起する動きが広がれば、9月利上げシナリオが意識され、日本株の重荷となる展開が想定される。
●ハリス氏指名で大統領選はどう動くのか
ロイター/イプソスの調査によると、11月の米大統領選で民主党候補となる見通しのカマラ・ハリス副大統領の支持率が、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領を上回った。6月のバイデン大統領とのテレビ討論会や、ペンシルべニア州での演説中の銃撃事件を経て、市場ではトランプ氏が次期大統領となるとの見方が強まっていた。ハリス副大統領の組織運営力などを疑問視する向きもあり、なおトランプ氏が優位との見方を示す投資家も一定程度存在している。候補者を巡る世論調査に相場が揺さぶられる局面がしばらく続くことが予想される。
トランプ氏はドル高是正を訴え、エネルギー生産規制の撤廃を求めている。暗号資産に対しても好意的な姿勢を示している。これに対しハリス氏は気候変動対策に向けてEV(電気自動車)や再生可能エネルギーの普及を訴える。トランプ氏優位となれば東京市場では防衛関連で三菱重工業 <7011> [東証P]、インフラ再生関連でコマツ <6301> [東証P]をはじめとする建機株などにスポットライトが当たるというシナリオは描きやすい。逆に民主党候補が優位との見方が強まれば、「大きな政府」を掲げて高速鉄道の建設に前向きな姿勢を見せていた過去の経緯から新幹線輸出の思惑でJR東海 <9022> [東証P]、カリフォルニア州での水素ステーション運営に携わった岩谷産業 <8088> [東証P]や日機装 <6376> [東証P]、太陽電池製造装置のエヌ・ピー・シー <6255> [東証G]などに関心が向かう可能性もある。
この先、選挙情勢に大きな影響をもたらしうるのが、トランプ氏とハリス氏のテレビ討論会だ。高齢のトランプ氏と対峙するハリス氏にとってはフレッシュさをアピールし、有権者の支持を拡大するチャンスとなる。ただし政治は「水物」であり、大統領選の開票作業が完了するまで、情勢が混迷を極めるリスクもある。対中関税を巡る問題を含め、米国の次のリーダーは経済・物価動向や金融政策に大きなインパクトを与えるだけに、米国株の短期的な調整が一服したとしても、上値を追って買う投資家は少なくなる可能性が出てくる。
25日の日経平均は1285円安。下げ幅は歴代9位の大きさとなった。オプション市場をみると日経平均のプット・オプション(売る権利)は、権利行使価格3万7000円の商いが膨らみプレミアムが急上昇。権利行使価格3万5000円、同3万6000円も活発に取引されており、日本株の更なる調整に備えようとする投資家の姿勢が透けて見える。この先の投資環境について市場では「内需株で外国人投資家があまり保有していない銘柄でしのぎながら、米国景気の改善度合いと為替のトレンドを見極めて、外需シクリカル系のエントリーポイントを探る局面が続きそうだ」(岡三証券の松本史雄チーフストラテジスト)との声が聞かれる。日経平均の節目としては、23年の安値と今月11日の史上最高値の3分の1押しの水準(ザラ場ベースで3万6838円近辺)や半値押しの水準(3万4044円近辺)などがある。3万5000円も一つの節目となるだろう。これらの節目で日経平均が下値抵抗力を維持できるか、市場心理を探るうえでの試金石となりそうだ。
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