中国宮廷革命とその日本への影響<前編>

著者:武者 陵司
投稿:2022/11/04 10:00

―今回Jカーブ効果が特にパワフルになる理由―

(1)習近平氏の完全なる独裁政権確立

反対派完全排除、リベラル派の巻き返しは不可能に

 中国共産党第20回大会で宮廷革命が強行され、習近平氏が独裁体制を確立したことを世界に知らしめた。胡錦涛前国家主席の閉幕式(10月22日)での強制的な退場劇は、翌日決定された新執行部(政治局常務委員)での反対派(共青団派)の完全排除と合わせて、中国が個人独裁という新体制へ移行したこと、歴史的転換が完遂したことを物語っている。中国のリベラル勢力による民主、市場経済重視、国際協調への政策転換は不可能となった。

 中国経済がバブルの崩壊に見られる経済成長の挫折、少子高齢化と急速な人口減少により、長期的に見て国力衰退過程に入ることは、ほぼ確実である。中国が経済力で米国を凌駕し、世界の覇権を握るという野望は、普通に考えれば、著しく困難な目標に見える。

台湾侵攻の可能性高まる

 同時に、懸念されてきた台湾侵攻の可能性が一気に高まった、と見られている。習氏は共産党大会冒頭の政治報告で、台湾統一に向けて「武力行使(の選択肢)を決して放棄しない」と宣言した。これまで「武力侵攻はないだろう」と想定していた多くの専門家の根拠、(A)国内の統治が持たない、(B)台湾の民心が離れる、(C)国際社会の批判が高まる、などは成り立たなくなった。反対勢力を抑圧する強権を握った以上、反発は力で抑えていけばよいと考える可能性が高い。

一段と危機意識を強める米国の国防・外交当局

 困難な長期展望を前に、独裁権力が軍事的冒険によって局面の大転換を図ることは、歴史上多く見られることである。プーチン・ロシア大統領のウクライナ侵略を見るまでもなく、独裁権力は好戦的である。

 米国のマイク・ギルデイ米海軍作戦部長は10月19日、米シンクタンクのオンラインイベントに出席し、台湾有事に関して「2027年ではなく、私の中では22年、あるいは23年の可能性もあると思っている」「過去20年間、中国は常に目標を前倒しで実現してきた」と警戒感をあらわにした。2021年にデービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が27年までの台湾有事の可能性を指摘し世間を驚かせたが、それを更に上書きした。

 ブリンケン米国務長官も10月17日のスタンフォード大での討論会で「中国は現状に飽き足らず、これまでより速い時間軸で台湾統一を追求している」と強調した。

(2) 必至の対中封じ込め、急がれる生産拠点の脱中国化

 米国の対中封じ込め政策は、一気に高まるだろう。10月7日に米国商務省は、「 半導体、スーパーコンピューターなどに関した対中輸出規制」を著しく強化した。最先端ロジックに限定していた規制対象の範囲を大きく拡大、対象企業も長江メモリー(YMTC)など、31社・大学に拡大した。また、迂回輸出を遮断するエンドユース規制、許可例外の厳格化が打ち出された。早くも、アップルへのNANDフラッシュメモリー初納入が決まっていたYMTCの商談が事実上キャンセルされた。

 また、米国人、米国企業のYMTCへの設計、技術協力が禁じられる。今後、包括的対中対抗法案として上下院で調整が続いている「米国競争法案」の下院案にあるアウトバウンド規制(対外直接投資や重要な生産能力・サプライチェーンの国外移転の審査制度の導入検討)などより広範、且つ厳格な規制が矢継ぎ早で打ち出されるだろう。いずれ中国で生産しているアップルやテスラは、生産拠点の脱中国化を推し進めざるを得なくなるだろう。

脱中国で日本へのハイテク産業回帰が鮮明になるだろう

 急ピッチの地政学的緊張の高まりに世界の経済が追いついていない。今後、産業界においても脱中国の機運が醸成されていくだろう。今は新疆ウィグル、チベット、香港など辺境に対してのみ適用されている人権抑圧の認定を本土に対しても広げてくるかもしれない。産業の中国脱出のニーズの高まりに対して、どこが受け皿になり得るかと考えると、日本の優位性が浮上してくる。

 日本ではかつての工場海外移転の結果、人材の不足、シナジー効果の喪失などが語られるが、それでも多くの工業力の基礎を残している。最先端半導体では日本の地歩は失われたが、キオクシア、ソニーグループ <6758> [東証P]、ルネサスエレクトロニクス <6723> [東証P]などの日本メーカーに、マイクロン・テクノロジー(エルピーダメモリ―広島工場主力)、ウエスタン・デジタル(生産はキオクシアと連携)などの海外企業の生産拠点を加えると、半導体世界生産シェアは19%、半導体製造装置は世界シェア32%、半導体材料56%(いずれも2020年OMDIA調べ)と、総合的工業基盤は世界でもトップクラス、米国や欧州より優位にある。機械、計測機器、部品、素材などの分野で圧倒的な世界のリーディングカンパニーを多数擁している。それらが日本に回帰するだけで大きなシナジーが再生されるはずである。

 富士フイルムホールディングス <4901> [東証P]は中国の複合機技術の情報開示・譲渡を強制した中国に対して、現地工場閉鎖という形で対応した。また、キヤノン <7751> [東証P]の御手洗会長は「経済の影響を受ける可能性のある国々においては(生産拠点を)放置しておくわけにはいかない。より安全な国へ移すか、日本に持って帰るか、二つの道しかない。メインの工場を日本に持って帰る」「日本国内での生産コストが低くなる円安も(国内回帰の)大きな理由のひとつ」と述べ(10月26日)、潮目の転換に向き合う決意を見せた。

続々と動き始めた生産拠点の日本回帰

 総額1兆円に達する台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場建設が動き始めた。TSMCは更に、より先端の第二工場建設の意向を持っている、とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙が伝えている(10月19付「台湾TSMC、日本で生産増強検討 地政学リスク低減」)。半導体の技術競争においてインテル、サムスンを引き離しトップ独走態勢に入ったTSMCにとって、台湾一国生産は大きなリスクである。海外生産体制の拡充は焦眉の課題だが、その最も有力な拠点が日本になる可能性が高い。

 そのほか、SUBARU <7270> [東証P]による大泉工場でのEV(電気自動車)専用の生産棟新設(60年振りの国内での工場新設)、ルネサスエレクトロニクス <6723> [東証P]の甲府工場のパワー半導体生産ラインとしての再稼働、SUMCO <3436> [東証P]の伊万里市での新工場建設、住友金属鉱山 <5713> [東証P]の新居浜市でのニッケル電極材の新工場建設、アイリスオーヤマの中国での収納用品を中心としたプラスチック製品生産の一部国内移管、京セラ <6971> [東証P]の鹿児島川内工場での半導体パッケージ用新棟の建設、ダイキン工業 <6367> [東証P]の中国依存のサプライチェーンの国内移管、キヤノンの宇都宮市での21年ぶり露光装置工場の新設、安川電機 <6506> [東証P]の基幹部品生産の国内回帰と福岡県行橋市での工場建設、富士フイルムホールディングスの富山県でのバイオ医薬品の製造受託拠点の新設など、数百億円規模の投資プランが続々と動き始めている。

 今後、円安定着がはっきりするにつれて国内への工場回帰が強まり、投資の伸びは更に高まるに違いない。

<後編>へ続く
 

配信元: みんかぶ株式コラム

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