見込み違いのプーチン氏、勝利の可能性は無くなった
軍事、地政学の専門家ではないが、一定の論点整理を試みたい。電光石火の攻撃により緒戦で勝利し、ウクライナ側に(1)非武装中立化、(2)クリミア半島の主権譲渡などを飲ませるというプーチン氏の目論見は完全に失敗した。傀儡政権の樹立も今では難しくなっている。
プーチン氏の見込み違いは、敵を甘く見たことに尽きる。(A)ウクライナ国民の抵抗、(B)国際民主社会の結束(EUおよび非同盟欧州)、(C)米国の強靭さに対する軽視である。
米国についてプーチン氏は、アフガン撤兵の混迷でバイデン政権の無能さが露呈された、また米国国内にはロシアの要求(NATO東進拒否)には合理性があると考える人々、トランプ前大統領が掲げたアメリカファーストと孤立主義の信奉者がおり、ウクライナへの介入はないと踏んだのだ。
チキンレースが始まった。プーチン氏は二回目の見込み違いをするだろう。緒戦でもたついた分を更なる強硬策で突破し、ウクライナ側の屈服を勝ち取ろうとするだろう。プーチン氏の“double down(2倍賭け)”戦略である。原発攻撃は“double down”そのものかもしれない。キエフを巡って市街戦が始まり、流血の惨事が一気に拡大しそうである。生物兵器、化学兵器の使用が始まるかもしれない。第三次世界大戦へのエスカレートを回避したいバイデン政権との肝試しが始まった。
バイデン氏は「ウクライナ国内でロシア軍と対戦しない」と明言しているが、ウクライナ国内の残虐な行いにいつまで耐えられるだろうか。バイデン政権は1インチたりともNATO領域を侵させないことをレッドラインとしているが、ウクライナのジェノサイドをいつまでも見逃すことはできないはずである。
とうとうWSJはNATO参戦準備を提起
米国・NATOがプーチンの暴虐に耐えられないのは、より強力な現状変更勢力、台湾を自国領土として取り返すことを国是としている中国が控えているからである。ここで侵略が正当化される前例が作られれば、台湾併合を狙う中国に大きなインセンティブを与えることになる。ウクライナ戦争は将来予想される台湾有事の格好の土台になるはずである。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)はNATO参戦準備を提起し始めた(3月14日社説)。
よって、ウクライナの敗北はあり得ないだろう。結局は、プーチン氏の野望に相応の懲罰が課されることになるだろう。ロシアは西側による経済制裁、頼みの綱であるエネルギーも取り上げられ、大ロシア主義は破綻、発展途上貧国として長期停滞を余儀なくされるだろう。
踏み絵を踏まされる中国、窮地に
米国とNATOは中国に踏み絵を迫っている。ロシア産天然ガスの購入、軍事物資支援などを通して経済支援を行い、西側の制裁に対する抜け道を提供することが疑われているが、それへの対応次第では中国が孤立しかねない。中国の1~2月のロシアとの貿易総額は前年同期比38.5%増と急増し、中国全体の貿易総額の伸び率(15.9%増)を大きく上回った。
中国は国連総会でのロシア非難決議を棄権した。また、欧米の首脳がボイコットした北京オリンピック開会式に訪中したプーチン氏との間で、「一致してアメリカに対抗する姿勢を鮮明にした共同声明(2月4日)」(NHK)を発表している。曰く、「中ロの国家間関係は冷戦時代の政治軍事同盟より上位のものであることを両国は再確認する。両国間の友情は無限であり」、「両国の協力にタブーも上限もない」。さらに「NATOのさらなる拡大に反対する」、「中国側は、ロシアが提案しているヨーロッパにおける長期的で法的拘束力のある安全保障の形成について共感し、支持する」。また、「米国のインド太平洋戦略が地域の平和と安定に与える負の影響を強く警戒する」と謳っている。
法的同盟関係ではないが、ロ中協商の成立とも取れる内容である。プーチン・ロシアの敗北が見えている以上、習近平・中国は窮地に立たされていくのではないか。中国封じ込めの新冷戦が現実のものとなり、それはとりもなおさず、米国の覇権強化につながっていくだろう。
新冷戦の時代、エネルギー安全保障の重要性
ウクライナ戦争の教訓は、エネルギー安全保障の重要性である。第二次世界大戦の故事を持ち出すまでもなく、エネルギーの遮断は生命線である。プーチン氏はロシアの持つエネルギーのレバレッジを最大限活かしてウクライナ危機を作り出した。
ロシア依存というEUのエネルギー供給の脆弱性が無ければ、プーチン氏はウクライナ侵攻を思いとどまっただろう。EUは北海やオランダからのガス産出が減退する中、ロシアへのガス依存度を高め、今ではその4割をロシアに依存している。再生可能エネルギーの推進、石炭火力の廃止、原子力開発の停止などにより、天然ガスのロシア依存は高まる一方であった。プーチン氏は、EUのロシアへの天然ガス依存の高さゆえに制裁が回避されるとの目論見で、ウクライナ侵攻に踏み切ったと見られる。
時すでに遅しだが、EUをリードするドイツ・ショルツ政権は政策大旋回に踏み切った。ロシアによるウクライナ侵攻直後の2月28日、ドイツ議会の特別セッションにおいて1000億ユーロの軍近代化予算と、軍事予算の増額(対GDP比1.5%から2%へ)が表明された。また、北海ルートのパイプライン・ノルドストリーム2の棚上げも打ち出された。さらにロシアの国際決済システムSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除、ミサイルと装甲車のウクライナへの援助、石炭と天然ガス備蓄の増強、カタールと米国からのLNG受け入れターミナル2つの建設などが、緑の党の同意のもとに打ち出された。2022年に全廃が決まっていた原発の運転延長や廃止原発の再稼働なども俎上に上ってくるかもしれない。
日本は新冷戦にどう対応するか、まずは原発の再評価から
核を保有する現状変更勢力国、ロシア、中国、北朝鮮の3カ国に世界で唯一国境を接している日本の潜在的リスクは極めて大きい。ドイツに見られるように、これまでの政策の抜本的転換が必要である。同盟の強化、軍事力の整備・近代化とともにエネルギー安全保障体制の再構築は急務である。手始めは原発の再評価であろう。原発再稼働論議に、原発の安全性のみならず国家安全保障上の配慮が加わることは必至である。
エネルギー自給率を国際比較すると、日本は12%と主要国中最低である。米国97%、中国80%には遠く及ばず、ロシアの脅威に晒されているドイツ37%、イタリア23%よりも低い。
長期的にはゼロカーボンを目指した脱化石燃料化、再生可能エネルギー化の推進が基軸である。しかし、エネルギー供給構造の全面的転換までの長い期間、依然として火力発電が中心になる。米国・オーストラリアなどの安定供給先からの天然ガス・LNG継続投資が必要である。加えて、自給率の向上には、クリーンかつ安全保障に資する原子力発電の再評価が必須であろう。現存する36基の原発のうち、再稼働されたのは10基にとどまる。安全とされる運転期間を現行の40年から60年への延長も求められる。また、より安全な小型モジュール式原子炉(SMR)の必要性が高まってこよう。フランスでは昨年11月、原発の新増設再開に舵を切った。ウクライナ戦争という新事態に対応して、ドイツやフランスのように日本もエネルギー政策を抜本転換する時であろう。
(2022年3月16日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン301号」を転載)
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