新しい資本主義~何が新しいのか

著者:鈴木 行生
投稿:2022/11/07 11:54

・9月に岸田首相はNYSE(ニューヨーク証券取引所)で講演した。首相が提案する「新しい資本主義」は何が新しいのか。講演要旨を見る限り、新しさはさほど感じられない。

・株式市場はもっと大胆な政策を期待する。しかし、アドバルーンを上げるだけでは、現実がついてこないことも分かっている。投資環境をみる上では、整理を含めて少し解釈してみたい。

・「新しい資本主義」では、①成長と②持続可能性の双方を追求する。これをTwo Wayと捉えている。サステナビリティをしっかり確保しつつ、成長性を求めていく。これが実現できるなら、経済社会の展望は明るい。個別企業にとっても、今、これら2つは必須である。

・しかし、サステナビリティを確保するには、制約条件を乗り越える必要がある。これが容易ではなく、大きなリスクとなっている。コロナパンデミックとウクライナ紛争が全く新しい事態を招いた。

・インフレ、エネルギーの供給不足、気候変動、安全保障、少子高齢化が、成長と持続可能性の大きな制約となっている。これを突破できるのか。相当難しい。個々の企業やステークホールダーの一部は閉塞突破できようが、日本全体となるとまだ明るい見通しは立たない。

・コーポレートガバナンス改革を進めているが、成果は十分でない。ガバナンスのあり方は、今や国や国際機関にとっても重大である。価値観のぶつかり合いが、統治機構に機能不全を招いている。これでは企業も十分な活動ができない。新たなリスクを前提にした企業経営は、その舵取りが一段と難しくなっている。

・日本が新たな価値創造に向けて、未来投資を推進する領域として、岸田首相は5つの優先テーマを掲げた。①人材投資、②イノベーション投資、③GX投資、④資産所得倍増プラン、⑤世界と共に成長する国作りである。

・人財投資では、どの階層においても賃金が上がり、これまでよりもやりがいのある仕事に就いて、生活を楽しめるようにしていく必要がある。現状の延長では、格差は拡がるばかりである。

・イノベーション投資では、AI、量子、バイオ、デジタル、脱炭素のR&Dに力を入れると共に、スタートアップ企業を育てていく。R&D投資やスタートアップ企業へのインセンティブを大幅に見直してほしい。

・GX(グリーントランスフォーメーション)では、カーボンニュートラルに向けて、10年で150兆円を超える投資を行うという。成長志向のカーボンプライシングの導入や、トランジションファイナンスへのサポートも強化していく。発電、水素、グリッドが大きなテーマである。原発の利用拡大も推進されよう。

・資産所得倍増では、2000兆円の個人金融資産がもっと株式投資に向かうように、NISAの恒久化を図る方針である。

・世界との連携では、環太平洋のCPTPPやインド太平洋のIPEFなどの推進に加えて、インバウンドの回復や、半導体分野の協力を強化していく。

・こうした5つの優先課題は、すでに議論されてきたことであり、妥当な政策といえる。しかし、何が新しいのだろうか。

・世界の先進国に比べて著しい遅れをとっている日本に、独自の差異化戦略、日本らしい方策はみえているのだろうか。過去の停滞した日本経済を打破するような目の覚める戦略は組み込まれているだろうか。

・大いにチャレンジしたいが、日本は、壊してから新しい仕組みを一気に作っていくというやり方を嫌う。マイルドな目標を建前として掲げ、徐々に前進することを好む。進んでいるようで、世界のトップグループからみると、相対的に遅れてしまうことも多い。

・1つの試案を挙げれば、将来世代を見据えて、“価値創造3倍計画”を推進してほしい。どのステークホールダーにとっても各々の価値を30年で3倍にするという目標である。

・将来世代が30~40代になる時に、日本が輝いていてほしい。ステークホールダーにとっての価値は多様であるが、その価値の共有を追求してほしい。共感の中から、価値生産性を3倍にすることを目指したい。

・例えば、企業価値を経済的/財務的な労働生産性に結び付けるならば、労働生産性を3倍にする仕組みを多方面から追求していく。当然、賃金も3倍になり得る。こうしたやり方を新しい資本主義というならば、賛同は得られるであろうか。スマートで尖がったアイデアをぜひ実効戦略に掲げてほしい。KPIを明示することが重要である。

・投資環境を見る上で、岸田首相の方針は参考にはなるが、パンチが乏しい。当面は5つのテーマを軸としながら、そこで活躍する個別企業のインパクト投資に注目したい。

日本ベル投資研究所の過去レポートはこちらから

配信元: みんかぶ株式コラム