―歴史的株高の根源的原因―
米国株式は連日のように史上最高値を更新している。株式投資アプリ「ロビンフッド」を使った個人投資家の集中的株式投資で株価は乱高下したが、その影響も1~2週間で消えた。日本株式も30年ぶりの高値に達し、日経平均株価3万円が目前に迫っている(執筆時点)。高所恐怖症から株価はバブルであるとする議論は根強い。しかし、この強烈な株高は、コロナパンデミックが人類の新時代を開きつつあることを予見しているのかもしれない。
まず、2021年は短期景気ブームの加速が見込まれる。加えて、全世界で欲望と貯蓄が堆積しており(いわゆるペントアップデマンド)、コロナパンデミック終息の暁にはその一気発現が見込まれる。鉄鉱石、銅、石油、海運運賃などの商品市況の急騰、半導体などの在庫不足にその兆しが表れている。
より長期的には、イノベーションが加速することが見えてきた。コロナパンデミックはイノベーションの3条件、技術、市場(ニーズ)、資本(リスクキャピタル)を見事なまでに揃えた。すでにすべての人間活動をネットデジタル化する技術は存在し、潤沢な資本もあったが、ニーズが欠けていた。しかし、新型コロナは 在宅勤務や在宅授業、在宅診察など、大半のビジネスと生活をネット化する緊急必要性をもたらし、一気に市場ニーズが形成された。それによりDX(デジタルトランスフォーメーション)化のトレンドが可視化され、イノベーションに先行すべく、デジタルネット革命での投資競争が展開されている。脱炭素、自動車のEV(電気自動車)化の流れがそれをさらに加速させている。
しかし、もっと本質的な変化は、労働形態の多様化、労働時間の劇的な減少を引き起こす、と見られることであろう。物理的な集合労働、集合教育の時代が終わりつつある。リモートワーク、フレックスワークが常態化し、労働時間が劇的に減少するだろう。仕事の大半はいつでもどこでもアクセスできるネット上で行われるようになる。それによる労働時間の減少が消費力を大きく向上させるだろう。在宅勤務が常態化し、週休3日制を検討する企業も表れている。自民党が週休3日制を検討しているといわれている。これからよりダイナミックな労働時間の短縮が展開されていくだろう。
歴史を振り返ると、労働時間は驚くほど低下してこなかった。ロシア革命の2年後の1919年、資本主義を守るために労働者の保護、労働条件改善の必要性が意識されるようになり、国際労働機関(ILO)が設立された。その第1号条約では週労働時間の上限48時間が謳われた。この週48時間労働は日本など主要国において、100年経ってもあまり達成されていない。100年で約10倍の労働生産性の上昇が実現したにもかかわらず、人類の労働時間はほとんど変わっておらず、生産と消費のバランスが著しく崩れてしまった。これほど技術と生産力が高まったのに、労働時間だけは中世からあまり変わっていないことは、不思議である。人類の歴史を振り返ると、日の出から日没まで働いていた中世より現代人の方がより長時間働いていたことがわかる。
過剰生産、供給力余剰、資本(=貯蓄)余剰、デフレ、ゼロ金利など、いま先進国が直面する問題の主因はここにある、と考えられる。つまり、100年前に比べて生産性(=供給力)が著しく増加したにもかかわらず、消費の土台となる余暇が全く増加していないため、消費力が停滞していることに、諸問題の根本原因があるのではないだろうか。すでにモノの消費需要は飽和点に達し、サービス消費が需要の中心になっている現在、需要を喚起するためには、一段と余暇を増加させなければならない。つまり、働きすぎが需要不足の原因とも言えるわけである。
長時間労働は家族運営・子育ても困難にする。長時間労働で先進国へのキャッチアップを果たしてきた日本、韓国、中国などのアジア諸国で出生率が急低下している最大の原因は、長時間労働・労働形態の柔軟性の無さにある、のではないか。
コロナパンデミックが引き金となった労働編成の劇的変化は、100年分の「Work Life Balance(労働時間vs.消費時間)」を是正するものになるだろう。それは人間関係、組織形態をも根本的に変革していくだろう。「原始採集経済 ⇒農業経済 ⇒工業経済」に次ぐ新たな社会ステージが、ネットデジタル革命によって引き起こされ始めている。人間社会が工場制機械工業をコアとする編成から根本的に離脱し始めたと考えられよう。
他方、企業は労働時間を短縮する代わりに、雇用の削減によりコストを抑えようとするだろう。それが進行すれば大恐慌並みの大不況に陥る危険性も出てくる。先進国中で景気回復ペースが最も順調な米国でも、コロナ前の水準に雇用は戻らないかもしれない。労働参加率、新規失業保険申請件数の改善が停滞しており、FRB(連邦準備制度理事会)や財務省はこれを懸念している。だから、新規需要創造(=雇用創造)が政府によって担われる必要性が出てくる。バイデン政権は1.9兆ドルのコロナ対策に加えて、4年間で2兆ドルという巨額のインフラ・環境投資を公約している。イエレン米財務長官の「財政政策については、大規模な経済対策で債務は増大するものの、金利が歴史的低水準にある現在、大きな行動に出ることが最も賢明であり、長期的には経済対策の恩恵はコストを大きく上回る」との主張が説得力を持つのは、こうした歴史的現実のためである。
これほどのダイナミズムが起き始めているとすれば、意表を突く株高は当然かつ持続性があるといえるかもしれない。
(2021年2月15日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン273号」を転載)
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