好ファンダメンタルズがブラックスワンを凌駕した
武者リサーチは1年前のレポート「2020年、積極的に株式に向き合う年に」(ストラテジーブレティン241号 2019年12月23日付)で、2020年は株式投資の大チャンスの年になると予想した。(A)製造業主導のミニ景気サイクルが回復に転ずること、(B)新産業革命( 5Gデジタル革命)が進行すること、(C)米中貿易戦争が小康状態を迎えること、(D)潤沢な投資資金の存在などが根拠であった。リスクは米大統領選挙であるが、トランプ勝利により親ビジネスの経済政策が維持されるだろうと考えた。メディアのアンケートには、2020年の日経平均株価の高値メドを2万8000~3万円と答えた。
この強気の株価想定は、前提が大きく狂ったにもかかわらず、的中したとは言えないまでも、ほぼ妥当であった。新型コロナという歴史的疫病が全世界の経済活動を完全にマヒさせ、世界経済は史上最悪の急速な落ち込みになった。その結果、当選確実と見られていたトランプ大統領が落選し、民主党バイデン政権が誕生する。これらは想像すらできなかったマイナス要素であり、まさにブラックスワンの来襲であった。にもかかわらず、株高が実現した。なぜだろうか。
ブラックスワンの来襲という超ド級のマイナスを、上述(A)~(D)のファンダメンタルズの強さが打ち消した、と考えられる。2021年は(A)~(D)の好ファンダメンタルズがそのまま持続し、他方でブラックスワンは消えていく。いや消えるのみならずブラックスワンは、新産業革命の加速と空前の財政金融緩和という恩恵を後に残す。バイデン次期大統領がイエレン氏を財務長官に指名したことで、米国新政権の経済運営が親ビジネス路線を踏襲することが明確化されたことも、好材料である。2021年の予測にあたって、この強靭なファンダメンタルズを軽視してはならない。
ダウンサイドリスクから持たざるリスクへ
2020年、経済と市場は新型コロナパンデミックの悪影響を驚くべきスピードで消化した。株価は5カ月でV字回復し、経済も製造業の生産は1年でほぼ前年水準を回復、GDPは中国が6カ月で、米国も12~18カ月でコロナ前水準に回復する見通しである。米大統領選挙を挟んだ11月、米国株式(S&P500)は10.0%、日本株式(日経平均)も14.4%と大幅な上昇となったが、それはブラックスワンの退場が見えたことを評価してのものであろう。この11月の上昇相場はあまりにも急激なもので、大半の投資家は乗り遅れた。その結果、持たざるリスクを強烈に投資家に意識させることとなった。この市場心理の「ダウンサイドリスクへの備え」から「持たざるリスクへの備え」への大転換は、今後到来する強烈な上昇の序奏なのかもしれない。
実際、市場展望は一様に強気になっている。ドイツ銀行グループの12月時点でのアンケート調査(全世界984人の市場専門家対象)によると、2021年の最有望の投資対象は米国をはじめとした株式(72%)、最も避けるべき投資対象は現金・債券(62%)とかつてないリスクオン選好を示している。
となると、リスクはどこにあるのか。この高まった楽観が裏切られるリスクなのだろうか。いや、2021年展望にあたって最大のリスクは、経済と市場の回復力の過小評価、アップサイドの可能性の過小評価ではないだろうか。ダウンサイドリスクとしては、(1)ワクチンの副作用が発生、2021年を通してコロナは蔓延し続けること、(2)尚早の金融政策転換がハイテクバブルを崩壊させること、(3)インフレの高進、の3つが主要なものであるが、意外性はない。また、ベースラインの強靭さを打ち消すことにはならないだろう。
2021年にかけて、かつてない好条件が株式市場の基礎体温を押し上げることはほぼ確実である。
1)コロナワクチン実用化により年後半にはコロナパンデミックは沈静化に向かうだろう
2)製造業景気ミニサイクルはコロナで底が大きく深くなったが、その分回復力が蓄えられた(在庫払底と投資抑制による供給力不足)
3)コロナで欲望と貯蓄が堆積しており(いわゆるペントアップ・デマンド)その一気発現が見込まれる
4)世界的な空前の規模の財政拡大と金融緩和の効果が顕在化する
5)イノベーション(ネットデジタル、新エネ、脱中国サプライチェーン構築)が加速する
これらはほぼ間違いなく実現するだろう。
2021年強烈な短期循環の押し上げ圧力が顕在化する
上述5要因のうち「4)世界的な空前の規模の財政拡大と金融緩和」、および「5)イノベーション(ネットデジタル、新エネ、脱中国サプライチェーン構築)の加速」はこれまでのレポートでも説明していることであり、詳細な分析は次回に回したい。いま強調したいポイントは、短期景気循環の強烈な押し上げが起きそうだということである。つまり、「2)製造業景気ミニサイクルの回復」と「3)ペントアップ・デマンドの強さ」である。この短期景気循環の押し上げこそ、2019年末、武者リサーチが2020年を強気に考えた根拠であった。それが2021年に後ずれして起きると考える。
武者リサーチは1年前何を見ていたか
以下は1年前のレポート(ストラテジーブレティン241号 2019年12月23日付)からの抜粋である。
現在が米国の長期好況の終わりなのか、それともミニリセッションの底入れ局面なのかが、ここ1年間の経済論争の焦点であった。多数派の意見は2009年以来10年にわたって続いた史上最長の景気拡大の終焉が間近い、というものであったが、その可能性は当面なくなり、2020年中も景気拡大が続くとする見方が大勢となっている。オランダやオーストラリアでは20年を超える景気拡大が続いた例があり、景気拡大に寿命があるわけではない。
ただ、長期景気拡大の中にもミニサイクルがあり、市場はその影響を受けている。最近では2015年春ピーク、2016年央ボトム、2018年春ピーク、2019年秋ボトムとなっている。2018年半ばからのミニ後退は、スマホや自動車の買い替えサイクルでピーク感が強まっている時に、米中貿易戦争が勃発し、不透明感から多くの投資案件が棚上げされたことによって起こった。しかし今、買い替えサイクル一巡とともに、米中貿易戦争の不透明感も解消されつつある。ミニサイクルは2019年で底入れし、2020年にかけて反転する可能性が強いのではないか。
◆中国需要は安定化へ
この3~4年の景気ミニサイクルは、貿易と投資によって変動しており、いずれも製造業の景気循環といえる。米国の場合、製造業の国民所得に占める割合は11%と、中国29%、ドイツ22%、日本21%に比して著しく小さく、循環の波を小さくしている。製造業分野では、自動車もスマホも鉄、セメントも今や中国が世界最大の市場であり、世界の製造業景気循環は米国以上に中国が波を造っている。2018年以降の世界経済ミニ循環の落ち込みは、中国内需の悪化によって引き起こされた面が大きく、今はその底入れ反転の局面にある。落ち込みの主因である自動車需要が底入れし、内需を抑制してきた体質改善のための金融引き締め、インフラ投資抑制策も大きく転換されている。金融緩和により不動産価格は上昇し、不動産投資も押し上げられていくだろう。加えて、2018年春以降の落ち込みを牽引した貿易戦争による不確実性が、消えた。棚上げされていた投資は復活し、第三国(例えば台湾)では新規投資が起きる。◆5G関連、半導体投資飛躍の兆し
さらに 5Gなど新技術投資が始まり、最先端半導体などで競争先行のための投資が活発化し始めている。中国は5G投資実績で他を引き離す構えで、中国国内での5Gハイテク投資が急増、他国もそれに引きずられて投資競争が始まりつつある。例えばTSMCの半導体製造装置発注額は7~9月は77億ドルと過去の10~20億ドルベースを大きく上回った。2019年まで休止していたデータセンター投資も5Gをにらんで活発化する様相である。2018年以降の米中摩擦激化による中国半導体投資の一時休止が、 半導体の需給の想定外の改善を引き起こす可能性があるのではないか。最も製造業景気変動に敏感な米国半導体株が最高値を更新している。(※ストラテジーブレティン241号からの抜粋はここまで)
市況向上、景気と業績の上方修正が続出する兆し
以上、2019年末に分析した製造業主導の景気ミニ循環が、新型コロナというブラックスワンの来襲にもかかわらず、生きているということが重要である。既に鉄鉱石、銅、アルミなどの商品市況は7年ぶりの水準まで回復している。また、各国の経済見通しの上方修正が相次いでいる。米FRBは9月から12月の間に、2020年のGDP成長率を-3.7%から-2.4%に、2021年を4.0%から4.2%へと修正した。台湾中銀も9月から12月の間に今年のGDP見通しを1.6%から2.6%に、来年を3.3%から3.7%へ修正した。中国から通関凍結などの嫌がらせを受けているオーストラリアですら、2020年度のGDP見通しを-1.5%から+0.75%へと引き上げた。鉄鉱石市況上昇の恩恵を受けているとみられる。
日本株が世界金融市場のトップパフォーマーになる可能性
この環境は日本株にとっても大きな追い風となる。日本株特有のプラス要素もある。(1)コロナ感染が少なく、経済正常化加速が見込まれること、(2)日本株は世界で最も景気感応度か高く、世界的景気拡大の中でグローバル企業の業績好転が見込まれること、③菅政権の改革姿勢と財政出動が評価されること、などである。特にアベノミクスの後半に経済失速を招いた緊縮財政路線(消費税増税とプライマリー財政赤字削減)が棚上げされ、73兆円補正予算に代表される大規模な財政拡大路線に転換していることは、外国人投資家を引き付けるだろう。
日経平均3万2000円から3万5000円を目指す大きな上昇相場が始まっている、と考えるべきだろう。
(2020年12月21日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン268号」を転載)
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