米国株式を100年単位で振り返ると、20年間で10倍になるという長期ブームとその後の10年間の調整が繰り返されてきた。1950~60年代、NYダウは100ドルから1000ドルへと10倍になったが、1970年代の10年間は1000ドルと全くの横ばいであった。1980~90年代の20年間には1000ドルから1万ドルへと10倍になったが、2000年代の10年間はITバブル崩壊、リーマンショックという二つの暴落があり、ならしてみれば1万ドルで横ばいであった。2010年代に入り再度、20年10倍の勢いで上昇相場が始まっていた。この戦後3回目の大波が終わったのかどうかが問われる。
コロナ以前から3つの歴史的趨勢が起きていた。(1)ビジネス、生活、金融、政治のすべてを覆いつくすIT・ネット・デジタル化、(2)財政と金融の肥大化による大きな政府の時代、(3)中国の孤立化と国際秩序・国際分業の再構築、である。
しかし、こうした歴史的趨勢は、牢固な障害物により展開を阻まれ、それがここ10年近く世界経済の桎梏(しっこく)となっていた。障害物とは、ネット化に対しては既存の慣習・制度・変わりたくない抵抗勢力、大きな政府に対しては、健全財政信仰、緊縮金融信仰、中国抑制に関しては中国経済力の脅威、中国の横車・恫喝、などである。
これらの阻害要因が歴史の流れを押しとどめ、澱みができ、政治・制度・経済・社会・生活などで大きなひずみが起こっていた。ここ数年顕在化していた世界経済の病、デフレ(=供給力余剰)、ゼロ金利(=資本余剰)は変化を押しとどめる障害物が引き起こしたものと理解することができる。あと一つの病、格差拡大も上述の阻害要因が是正の邪魔をしていた。
コロナパンデミックはこれらの阻害要因をことごとく壊し、歴史的趨勢を加速させるだろう。コロナ感染が沈静化した時、世界経済はより活力を高めているはずである。本来なら何年もかけ多くの失敗の後にようやくたどり着くであろうこれらの結論に、コロナパンデミックにより瞬時に到達できた、このことの意義は大きい。
コロナでインターネット活用の障害物、古い制度・習慣・変わりたくない抵抗勢力が吹き飛んだ。人と人との直接接触を避ける切り札としてのネット化が、有無を言わせない至上命令となった。
なかでもテレワークの普及は、働き方を劇的に変え、新しいライフスタイルとビジネスモデルを巻き起こしている。企業の外部閉鎖性の改革、労働時間の短縮・フレックス化、兼業・副業の常態化、テレワークの障害物であったハンコ文化の一掃、ドキュメントの紙からデータへの転換も一気に進んでいる。アリバイ作りで出社し、会議に出席しているだけの社員はあぶりだされるだろう。年功序列雇用が色濃い日本は、ネット導入に大きく立ち遅れていたが、ここで一気に遅れが取り戻されるだろう。多様な方向で労働編成改革が断行される。業務の外部委託がさらに進み、コスト削減と新たな商品開発の両方が進展する。
MMT(現代貨幣理論)、シムズ理論(FTPL)など、財政を有効活用する経済理論と政策は、大多数のエコノミストの反対にあい、実現は困難であった。しかし、奇しくもコロナパンデミックにより財政のケタ外れの拡大は不可避となった。また、金融システムを守るために中央銀行はこれまで以上にバランスシートを大膨張させ、信用を緩和している。緊縮財政の縛りがなくなったことで、その後の景気回復は速まるが、だからと言ってインフレも金利急騰も起きない、株価が上昇するだけだろう。
そもそもコロナ感染が発生する前の世界経済は、「物価低下圧力=需要不足」と「金利低下圧力=金余り」という二つの問題を抱えていた。需要不足はインターネット・AI・ロボットによる技術革命が生産性を押し上げ、供給力が高まっていたために引き起こされた。金利低下は企業の高利潤が遊んでいるために引き起こされた。
よって、財政と金融双方の拡張政策で余っている資金を活用し、需要を喚起することが必要であった。遊んでいた資本と供給力が活用されることで、景気はコロナ感染前より良くなる。財政節度という今の時代に全く適合していない呪文から解き放たれることは、本来最も必要なことであった。
大恐慌が「ゆりかごから墓場まで」の近代的社会保障制度の起点になったように、コロナパンデミックが社会的セーフティーネットの飛躍的拡充、ユニバーサル・ヘルスシステムの登場、ユニバーサル・ベーシックインカムの時代を開くかもしれない。
現在の国際秩序において中国のオーバープレゼンスが問題であることはわかっていたが、中国の圧倒的経済力、執拗な圧力・恫喝により、国際社会のベクトルは揃わなかった。しかし、コロナで国際社会は脱中国で腹が決まった。中国からの生産拠点のシフト、国際機関などでの中国の横暴の抑制、国際秩序再構築などは、有無を言わせない流れとなるだろう。
腹が決まったことで、不確実性も消えた。各国、各企業は中国の外に供給源を見出さないと競争に負ける。各国は中国依存のサプライチェーンの危険性を認識し、生産拠点をアセアン・台湾、米国、日本へ移す可能性が高まっている。中国に宥和的でファーウェイ製品の採用を決めていた欧州諸国も、それを見直すかもしれない。脱中国により、多くの地域・国で投資が活発化するだろう。しかし、米中対決の当事者である中国も覇権争いのさなかの景気後退は容認できず、景気テコ入れをし続けるだろう。
コロナパンデミックがいつ終わるかはわからない。しかし、終息の後には肥沃の広野が待っているだろう。
(2020年5月28日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン252号」を転載)
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