[5]トランプ政権の本質、米帝国再構築の野望
「そろそろ『弱体化する米国経済の下で不満が高まりポピュリスト政権が誕生した』というステレオタイプ化した考え方を改めるべきではないか。トランプ政権の神髄は『弱いアメリカ→守り・保護・孤立』ではなく、覇権国アメリカを強化するという攻撃性にある。彼が横暴に見えるのはその攻撃性があからさまであるからであろう。「オバマ政権の8年の間に、世界はより危険になり、米国の経済軍事的プレゼンスは大きく低下した。そのしわ寄せが米国国内雇用にも及んでいるとすれば、その枠組みを力づくで変えなければならない」というトランプ政権の目指すところは、アメリカ帝国の再構築という表現が最もふさわしいのではないか。
現代の帝国とは第二次大戦前の植民地支配を意味するのではなく、国境の外に強い影響力を確保することで国益を追求する明示的な国家戦略と定義されるが、そうした狙いを潜在的に持っているのは、米国と中国だけである。帝国は国境内の中枢地域と国境外の辺境・周辺地域に分かれ、両者の間に明白な優劣がある。価値観・経済力・軍事力で優位にある中枢が、辺境・周辺に対して一方的影響力を持つことが正当であるという論理である。
トランプ氏が大統領就任演説において価値観も世界戦略も語らなかったからといって、彼に戦略性がないと決めつけるのは正しくはない。トランプ氏は明確に米国の優越性を認識し、それを維持・強化しようとしている。それはオバマ政権が理想とした米国が世界の警察官から降り、各国の協調で営まれる世界共和国的概念(globalcommonwealth)とは大きく異なる。
再度、アメリカ帝国主義PaxAmericanaの時代に
そこで問われるのはトランプ氏の帝国主義的野望は正当か、実現できるのかだが、正当であり、実現可能と考えられるのではないか。無政府化しテロリストが割拠する中東、中国・北朝鮮の軍事的膨張、国家資本主義により歪められた世界通商基盤などを見れば、世界の民主主義を保証する警察官国、アメリカ帝国の必要性は世界中から求められている。
また、アメリカ帝国主義を実現する経済基盤がかつてなくしっかりしていることは、かねてレポートしている通りである。米国の産業競争力は、情報インターネットインフラで圧倒的競争力を持ったことにより、かつてなく強い。企業収益(企業における価値創造)は空前であり、世界の警察官たる装備を十分に整える財政的基盤がある。トランプ政権の保護主義的に見える二国間交渉による通商秩序の構築はただでさえ強い米国の産業基盤をさらに強くするという、攻撃性、帝国主義の衝動と考えるべきであろう。いうまでもなくトランプ氏のアメリカ帝国主義の野望は、強いドルが整合的かつ不可欠であり、トランプ政権は保護主義的だからドル安を望んでいるという見解は、いずれ是正を余儀なくされるであろう。」(ブレティン177号)
(補論)強い通貨の存在が帝国の証
(「結局勝ち続けるアメリカ経済 一人負けする中国経済」筆者著、2017年講談社より)
帝国が帝国たり得る最大の要件は何だと思いますか。それは、強い通貨を持っているかどうかです。トランプ大統領が、本当にアメリカ帝国をつくろうと考えているのだとしたら、弱い米ドルでは話になりません。古今東西、帝国支配をしてきた国の通貨は、強いものと相場が決まっているからです。
歴史上の帝国として有名な古代ローマ帝国を例に挙げてみましょう。現在、私たちは2つの点において、古代ローマ帝国の遺跡を認識できます。ひとつは帝国中枢の壮大な構築物です。水道橋やコロッセウム、その他、石造りの建物が、今も利用可能です。このようなとてつもない構築物を、ほぼすべてにおいて石造りにしており、人力でこれらを運び、造ることができたというのは、古代ローマ帝国が、本当の意味で豊かだったからに他なりません。
そして、もうひとつの遺跡が「貨幣」です。ローマ帝国の辺境とみなされていた地域からは、今も古代ローマ時代の貨幣が、どんどん出土されています。それも、金や銀といった貴金属をほとんど含まない、青銅製貨幣です。では、なぜ古代ローマ帝国の貨幣が、辺境の地からどんどん出土されているのでしょうか。
それは、古代ローマ帝国の時代には、すでに貨幣経済が広まっていたという証拠であり、当時から富の集積と移転が、貨幣を通じて行われていたことを意味しています。
当時、古代ローマ帝国の中枢から、辺境の地に輸出するものなど、何もありませんでした。あるとしたら、行政や軍事などのサービスですが、それに必要なコストをどのようにして賄っていたのかというと、そこで用いられていたのが貨幣なのです。
要は、金などを全く含んでいない通貨を、金相当の価値があるものとして、辺境の民に使わせたのです。それにより、辺境の地の富が、貨幣に集積されます。もっと具体的に言うと、古代ローマ帝国の中枢で、それこそ1時間程度で作った貨幣を、辺境の地に持ち込み、そこで人々が1年かけて作った農作物と等価交換していたのです。
お分かりいただけるでしょうか。1時間で作った貨幣でもって、1年分の農作物を買えるというのは、古代ローマ帝国の貨幣が、いかに強いものであったかということを意味しています。素材なんて何でも良いのです。とにかく、「この貨幣には、これだけの価値があるのだ」ということを、辺境の地に住んでいる民たちに思い込ませれば良いだけの話なのです。
つまり、帝国が帝国たりうるためには、経済面から考えると、いかに強い通貨を持てるかという点に尽きます。強い通貨が無ければ、帝国は完成しないのです。
翻って、近年の米国はどうだったのかを考えてみると、確かに強い経済力だけでなく、世界最高水準の軍事力を持っていました。国力をトータルで見れば、今も昔も米国は、「帝国」と言うに相応しいだけの強さを持っていました。
しかし、帝国を名乗るうえで相応しくなかったのが、米ドルの弱さです。対円で見ると、ブレトンウッズ体制の下で固定相場制が採られていた当時の米ドル/円は、1ドル=360円でした。そこから米ドルは徐々に切り下がり、1985年のプラザ合意では、その内容が発表された同年9月23日だけで、米ドルは対円で約20円も下落しました。さらに、1年後には米ドルの価値が急落し、1ドル=150円台で取引されるようになりました。ちなみに、プラザ合意前の米ドル/円は、1ドル=235円前後でしたから、プラザ合意は、その後のドル安トレンドを決定づけた歴史的な会合だったのです。
その後もドル安は止まることなく、1995年4月には1ドル=79円75銭という安値を付けましたが、日本の通貨当局は徹底的なドル買い介入を行い、1998年8月には1ドル=147円台まで押し戻しました。しかし、2008年のリーマンショック以降、ギリシャショックに端を発した欧州債務危機が起こり、リスクオフの円買いが加速。2011年10月31日には、1ドル=75円55銭をつけ、ドル最安値を更新しました。これが直近におけるドルの大底です。
このように、米ドルは1973年の変動相場制移行後、38年間にもわたって、ひたすら下げ続けたのです。そしてこの間、米国は世界の警察官であり、経済力と軍事力の両面において超大国であり続けましたが、「双子の赤字」や「格差問題」、「産業空洞化」など、経済・社会面における問題点も多数抱え、ついには超大国の義務と責任ともいうべき、世界の警察官としての地位からも退くかのようなスタンスさえみせるようになりました。これがオバマ前大統領までの米国です。……
あまりにもドル安の必要性を言い続けたために、トランプ大統領は保護主義者というレッテルを貼られていましたが、ドル高が着実に進行する中、徐々にドル高のメリットが見えてくれば、通貨に対する認識も変わっていくでしょう。トランプ大統領が『強いドルは国益』というようになったら、いよいよアメリカ帝国も総仕上げの段階に入ったと考えて間違いないでしょう。」
(2018年7月12日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン203号」を転載)
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