花の一里塚~市場見通しサマリー
2015年8月3日時点での主要市場見通し
基本シナリオと見通し数値について
基本シナリオとして、短期警戒・長期楽観の見解に全く変更はない。
短期的に警戒的な見通しは、5月頃から唱えていた。これに対し実際には、これまでの日本株の動向は、横ばい圏の推移ではあるが、顕著な下落基調は生じていない。しかし高PERの調整が来ると指摘していた米国株価については、天井圏形成の様相を徐々に明確にしつつあり、一段と下げ基調を強めてもおかしくはない。中国株価も不安定なままで、東アジア諸国の株価を巻き込んで市場の様相が暗転している。こうしたなか、日本株ばかりが底固いのは、一種「異様さ」を増しており、その「つけ」の取り立てがこれから厳しくやってくると懸念される。
中長期的な世界経済の持ち直し基調にも、大きな変調は生じていない。大きな流れでは、世界的な株高や外貨高の動きを見込んでよいだろう。ただし、株価が上がろうと下がろうと、中国経済の悪化はさらに進むだろう。それはたとえば日本の経済についても悪影響を及ぼさざるを得ないが、影響の度合いは限定的であり、過度の不安に市場が囚われれば、それは行き過ぎだ。
具体的な予想レンジの修正については、豪ドルがレンジ下限に近い水準で推移している。中国経済の一段の悪化は、これから豪ドルを大きく押し下げるとは考えていない(材料として豪ドル市場にかなり織り込まれていると考える)ものの、豪ドルの頭を抑える材料にはなりうる。このため、2015年12月末までの予想の下限を、小幅下方修正する。
具体的に、2015年12月までの予想レンジについては、下記の修正を行なった(下線太字部は変更箇所)。
日経平均株価(円) 17000~21500 ⇒ 変更なし
10年国債利回り(%) 0.3~1.4 ⇒ 変更なし
米ドル(対円) 110~127 ⇒ 変更なし
ユーロ(対円) 130~155 ⇒ 変更なし
豪ドル(対円) 90~110 ⇒ 87~110
2016年6月までの予想レンジについては、全く修正はない。
シナリオの背景
短期的には、警戒シナリオ(世界的な株価下落)を維持している。
米国株価は緩やかながら、天井圏を形成するような動きを始めている(図表1)。この背景は、(米ドル高が米企業の海外部門収益を圧迫している点はあるが)実態面の悪化が株価をおじぎさせつつあるというより、高PER(図表2)が徐々に維持できなくなっているためだと考える。すなわち、これまではPERが高くても、金融が緩和気味である(量的緩和は終了はしたが、ばら撒いた資金の回収にはまだ連銀は踏み出しておらず、政策金利もゼロ金利のまま)という理由から水準を維持できていたが、年内(おそらく9月)と見込まれる連銀の利上げを前に、そうした高PERの前提が崩れつつあると考えられる(※1)。
(図表1)
(図表2)
※1 連銀の利上げそのものが問題を生じるというより、利上げを口実、あるいはきっかけとした長期金利の上昇観測などにより、高PERの調整が進むことが、株価を押し下げるとの考えだ。
連銀の利上げ観測が強まれば、米金利上昇期待から米ドルが上昇する、との声も聞こえるが、金融相場の終焉を重視して米株価が大きく下落すれば、米株価下落⇒米ドル安、の経路が強く働く恐れがあり、むしろ米ドルは下落するのではないだろうか。
この点では、6月10日の黒田総裁の国会での発言である、「実際に米国が利上げしてもさらにドル高・円安になる必要はない」(米利上げは既に織り込まれているとの主旨)は、やはり米利上げが米ドル高をもたらすとの市場の見解に対する、否定的な意見と考えられる。
米国以外の株式市場に視野を広げると、中国株は依然として波乱含みの状況にある。またBRICs4か国中で、最も経済状況に安心感が強いインド株ですら頭打ちの様相が強く、ブラジルやロシアは調整色が強まっている(図表3)(※2)。これは世界的に市場動向が不安定で、グローバルな投資家が特に新興諸国への投資について、警戒感を強めているためと推察できる。
(図表3)
中国株の先行きに暗雲が強まっていることは、特に東アジア・東南アジア諸国の株式市場を巻き込んでいる。7月月間の世界の株価指数騰落率ランキング(現地通貨ベース、6/30に対する7/31の騰落率)をみると、ワースト10(下落率上位10か国)は、下落率の大きい順に、中国(上海総合)、ロシア、ペルー、台湾、香港、アルゼンチン、タイ、ブラジル、シンガポール、トルコ、と、多くを南米諸国と並んでアジア諸国が占めている。
こうしたなか、最近の日経平均株価は、時折下振れはしても、2万円超での推移が長く、底固さを示している。ただ、述べたような海外株式市場の軟調展開や、米ドル円相場の頭の重さを踏まえると、国内株価の堅調さは「異様さ」を感じざるを得ない。
もちろん、日本は他の国ではないのだから、他国の株価が下落しても、日本株が下落しなければならないわけではない。ただし、その裏付けとなるべきなのは、他国経済がどうあれ、国内の景気や企業収益の状況が強い、ということだろう。
そこで日本国内の経済の状況を眺めると、大枠で2014年の消費増税の悪影響から脱却し、景気が持ち直し基調にある、ということ自体は変調をきたしてはいない。
ただし足元の統計では、6月分の家計消費が、実質・名目とも前年比でマイナスとなり、消費増税の悪影響があった昨年同月の水準を、さらに割り込むこととなっている(※3)。加えて6月の失業率が、5月から0.1%幅上昇した(※4)など、株価の好材料とは言い難い数値が目立つ。
※2 当グラフは株価指数を日本円ベースに換算したもので、各国の株価と通貨の動きを合わせてみていると言える。
※3 ただし、6月の梅雨による気温の低さで、夏物消費が不振だった、という要因もある。
※4 これも、新たに職探しを始め、まだ職が見つかっていない人が増えた(そのため、以前は失業者にカウントされていなかった人が、統計上失業者になった)ことが大きく、余り悲観視するには当たるまい。
(図表4)
加えて、相変わらず輸出数量が円安にもかかわらず増加しない状況であり(図表4)、輸出の頭打ちと消費の一服を踏まえて、4~6月期の実質GDP(8/17(月)発表)は、前期比マイナスが見込まれている。
経済状況以外では、安倍内閣の支持率が、安全保障関連法案の(いわゆる)「強行採決」を巡って低下している。外国人投資家は、かなり前から、「安倍政権は安全保障関連政策への関心が強く、経済政策は当分後回しになるのではないか」との懸念を語っていたため、内閣支持率低下が外国人投資家にとって、今さらネガティブサプライズにはなりにくいだろう。
しかし、元気に日本株を買っていこう、という姿勢を後押しするものでは全くない。
大手企業の会計不祥事は、さらに横に広がらなければ海外投資家が日本株を売り逃げる材料にまではなりにくいようだが、海外投資家が好感していた「日本企業のコーポレートガバナンスの改善」というシナリオに冷水を浴びせるものではある。
こうした諸要因を踏まえると、日本以外の諸国の株価がさらに調整色を強める中、ひとり日本株だけが堅調に推移する、といった事態は想定しがたい。むしろ、上値で買いを入れる投資家が増えれば増えるほど、株価反落時の投げが嵩み、株式市況の深押しが厳しくなると懸念される。
一方長期的には、世界経済の持ち直しが持続すると期待され、内外株価は上昇基調に復すると見込まれる。ただし中国経済については、中国の株価が上がろうと下がろうと、悪化が進むと予想される。
4~6月の実質GDPは前年比で7.0%増となり、1~3月期と同率の伸びを確保したが、これが中国経済の実態を表しているとは、多くの投資家は信じていないだろう。信頼性が高い統計と言われている鉄道貨物輸送量は、今年に入って前年比マイナスを持続している(※5)。
また、英国の調査機関による民間統計であるため、やはり信頼するに足ると評価されている、HSBC製造業業況感指数(※6)は、7月にかけて悪化の度合いを強めている(図表5)。
(図表5)
※5 8/3(月)発表の2015年1~6月の鉄道貨物輸送量は、前年比9.7%減。
※6 以前は英金融機関のHSBCが集計し発表していたが、現在は英国の調査会社マークイットが引き継いでいる。なお、名称は6月分まで「HSBC」が用いられていたが、8/3(月)発表の7月分から、「財新PMI」の名称に公式には変更された(財新は、中国のメディア企業)。ただし当レポートでは、なじみのある「HSBC業況感指数」の名称を用いている。
中国経済が悪化すれば、他国への悪影響は免れまい(※7)。ただし、たとえば日本経済への影響を論じる場合、過度の懸念は当たるまい。これについては、次のように考えている。
①日本からの輸出に与える悪影響
まず輸出面では、2014年年間で、中国向け輸出は総輸出の18.3%を占めている。中国経済の失速により、中国の購買が落ちることで、この輸出は悪影響を受けることは避けられまい。現在の市場は、4~6月期の決算発表における、各企業の中国関連ビジネス収益の落ち込みを受けて、そうした可能性を織り込みつつあるように考えられる。
しかし日本から中国向けの輸出が、全て中国国内で用いられるものとは限らない(中国が最終需要者とは限らない)。日本から輸出した電子部品等を中国で組み立て、他国に輸出している分もあるだろう。
その割合がどのくらいかは、正確にはわからない。ただ、WTO等のデータによれば、中国の総輸入額(日本からとは限らない)のうち7~8割が中間財(部品等の、製造過程の中間のもの)であると推察される。もちろん、中間財を中国が輸入し、それを中国で組み立て、中国国内で販売する場合もあるだろう。ただ、日本から中国が中間財を輸入し、中国で組み立てて、中国以外の国に輸出するケースが、かなりのウエイトを占める、と考えてもおかしくはないだろう。
こうした最終需要地が中国以外の場合は、中国の景気が悪化しても、最終需要地の景気が悪化しなければ、影響を受けにくい。リーマンショック直後の2009年は、日本からの輸出が4~5割落ち込んだ(最悪は、2009年2月の前年比49.4%減)。これは全世界の需要が落ち込んだことによるものであり、中国だけの経済悪化であれば、リーマンショック時のような輸出の落ち込みは考えにくい。
②インバウンド消費に与える悪影響
観光庁の調査によれば、観光・レジャーを目的とした訪日客は、平均滞在日数は6.2泊だ。つまり、6泊7日強、と言える。1年の50分の1(365日÷50=7.3日)滞在したとすれば、1341万人(2014年の総訪日客数)÷50=約26.8万人が、1年間ずっと日本にいるのと同じと考えられる。これは日本の総人口(約1億2700万人)の0.2%に過ぎない。しかも中国からの観光客は、全訪日観光客数の18%(2014年)である。
ただし、日本在住の日本人と外国人観光客では、一人が使うお金の額が異なりうる。そこで観光庁の「訪日外国人消費動向調査」をみると、訪日外国人の旅行支出(国内で直接消費する分と、パッケージツアーで旅行業者に支払っている金額のうち、国内宿泊費など日本に落ちる分の合計)は、一人当たり151174円だった(2014年)。すると訪日観光客の消費総額は、151174円×1341万人=2兆0278億円となる。これは同年の日本の総個人消費(241兆2536億円、名目GDPベース、家計の最終消費支出で、持ち家の帰属家賃を除いたもの)の0.84%に相当し、限定的だ。
さらに中国からの観光客に限れば、総消費額は5583億円(外国人観光客の消費額全体の28%)に相当する。これは日本の総個人消費の0.23%しかない。加えて、中国経済が著しく悪化しても、中国からの観光客がゼロにはならない。
したがって、ざっくりとしたイメージは、中国経済が悪化し、それがいくばくか日本等への経済に悪影響は与えうるが、その度合いはそれほど大きくはなく、中国経済だけが沈んでいくような絵姿に近い。
以上、シナリオの背景。
このあと、前月号(2015年7月号)見通しのレビュー。
※7 2022年冬季オリンピックの開催地が北京に決まったため、これで中国経済は大丈夫だとの「暴論」が聞かれるが、冬季オリンピックの開催で中国経済がどうなるかを論じるより、オリンピックが開催できるような政治・経済状況を保てるかを心配した方がよいと考える。
前月号見通し(2015/7/1時点)のレビュー
・7月の日経平均は、レンジ内ではありながらも、上限に近い位置で堅調な推移となった。ただし、内外諸市場や経済環境の暗い動きとは方向性が異なった動きとなっており、今後はレンジ下限に向かって、日経平均が下落する恐れが高いと懸念している。
②国内長期金利
・国内長期金利は、引き続きレンジ下限に近い水準で、動意を失った状況が続いている。しばらくこれまでのような、市場らしからぬ相場推移が続きそうだ。
③外国為替相場
・7月は3通貨とも、ほぼレンジ内での推移となった。
・米ドルは米国が米ドル高牽制の姿勢をにじませていることもあり、膠着気味だった。今後は、米株の調整色が強まれば、米ドル下落の恐れが強い。
・ユーロはギリシャ問題がくすぶり続けた割には底固かった。
・豪ドルは中国景気悪化が悪材料となったが、既に中国向け輸出が減少基調をたどっていることは市場に十分織り込まれており、一方内需は小売売上高などが堅調に推移しているため、下値は限定的だった。今後も大幅な豪ドルの下落は見込まないが、中国経済が一段と悪化し、それが豪ドル売りの口実に使われる局面はあると考え、レンジ下限を小幅下方修正する。
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