農業は大きく変わった。プロ農家への農地集積、規模拡大のスピードは予想以上である。100ha、200ha規模の農家が多数ある。もう珍しい存在ではない。現場の実態は農政改革論より前に進んでいる。経営者能力さえあれば、農業分野はいくらでも伸びられる時代になった。競争者不在、青天井である。特に稲作経営は「ブルー・オーシャン」のように思える。また、都市と農村の逆転も興味深い現象である。
1、大規模層への農地集積、5年で倍増
世界農林業センサスによると、農家の規模拡大が急速に進展している。表1に示すように、2010年現在、都府県だけでも、100ha以上の農業経営体が313もある(全国では1220)。5年前は159であるから、わずか5年で倍増である。大方の予想を超えるスピードだ。
この5年で大きく増えた階層は、30~40ha2.4倍、40~50ha2.5倍、50~100ha2.5倍である。逆に、小零細規模の3ha未満はマイナス20%、5ha未満もマイナスである。これは2010年センサスであるが、2014年現在は10ha未満もマイナスに転じている可能性が高い。
江戸時代以来、300年余に亘って「1ha」というのが日本の農家の経営サイズであったが、いまや大きく動いたといえよう。
表1 経営耕地規模別の農業経営体数の変化
大規模層への農地集積について見ると、事態の意味がもっと鮮明になる。都府県で、2010年現在、10ha規模以上の経営体への耕地集積は20%を超える。5年前は11%であったから、5年で倍増した。この凄まじいスピードに、正直なところ、筆者は驚愕を覚えた。
このペースで農地集積が進むと、来年2015年には総面積の4割が10ha以上規模の経営体に集積される。そして、2020年には6割から7割の農地が大規模経営体に委ねられることになる(注、施設園芸やホビー農業もあるので、すべての農地が規模拡大の対象になるわけではない)。
“規模拡大”という点だけでいうと、永年の農政の課題は達成されるであろう。安倍内閣の「減反廃止」や「農地中間管理機構」(農地バンク)が実施される前に起きている現象であり、農政改革の効果ではなく、農家の後継者不足等の“社会変動”の効果である。
筆者は今年前半、各地の農家調査を行ったが、「土地はいくらでも出てくる」というのが、現場の農家の声である。むしろ、労働力不足が規模拡大のネックになっている。規模拡大は農地の問題ではなく、農村の労働力不足が問題なのである。(拙著『新世代の農業挑戦‐優良経営事例に学ぶ‐』全国農業会議所発行、2014年参照)。
日本の農村集落は、通常、1集落50戸であるから(1戸1ha)、1集落の耕地面積は50~100haである。そこに、農業後継者のある農家は1戸くらいであるから、近い将来、1戸当たり経営耕地面積は50~100haになる。前々から予想されてきたことであるが、いよいよ現実になってきたのである。
2、転換能力の高い農業経営者たち‐年収5000万円はザラにいる‐
茨城県鉾田市にあるJA茨城旭村(飯島行雄組合長)管内の農業・農村は面白い。何を作っても日本一の村であり、若い人たちが農業の担い手になっており、農業を主業とする専業農家が多い。連作障害等で産地移動が起きても、次々と次世代の作物を開発して、農業立村している。TPPも、減反廃止も、無縁な地域である。
かつてはビール麦や甘藷の栽培が中心であった平凡な地域が、全国有数の農業地帯に発展したのは、1960年代にメロンの産地化に成功したことが要因であろう。標準的なメロン農家の収入は4000万円位。90年代中頃には、メロン売上が旭村農協の総販売高の6割を占めたほどである。
しかし、バブル崩壊による需要の減少、石油価格や農業資材の高騰によるコスト上昇、等々の要因から収益性が低下した。90年代中頃、メロン全盛時代は終わった。メロンを離れた農家は、同じビニールハウスを使って、みずな栽培に転じた。ハウス1.5haの農家の粗収入は7000万円である。トップクラスは1億円を上回る。
さつまいも農家も多い。甘藷生産も全国一である。さつまいも農家の収入も年収7000万円位である。
みずな栽培は土地が5~6回転もするので、近年は連作障害も出始めている。そこで、夏場は小松菜を作り、輪作体系を組んでいる農家もある。みずなの後、次世代作物として期待されているのが小松菜である。小松菜の次はニラではないかと期待されている。
(注、ナノテクレベルの分析技術で土壌設計し、土壌中の有害物質や余剰な栄養成分を除去し、連作障害を完全に克服している産地もある。野菜ハウスは1年に16回転しても障害は出ない。しかし、旭村はそこまでの超精密栽培の技術はない。逆に言うと、発展の余地がある。拙著『新世代の農業挑戦』第2部2章参照)。
旭村農家の戦略作物は変化している。メロン→みずな→小松菜と、高所得を求めて、次々と転換しながら発展している。
3、都市と農村の逆転
農村を回ると、「都市と農村の逆転」が起きていることに気付かされる(昔流にいえば、農工逆転)。いま、製造業は産業空洞化の圧力を受けて、雇用を大きく減らしている(IT普及効果もある)。あるいは雇用形態が正規雇用から非正規雇用に移り、賃金が大幅に低下している。
製造業の就業者数は1990年の1505万人から、2000年1321万人、2013年1039万人に減った(総務省「労働力調査」)。彼らの職場はサービス産業にシフトするケースが多いが(産業構造の変化)、所得は大幅に低下し、年収300万円未満層が増えている。ペティ=クラークの法則は第3次産業の割合上昇を予測するのであるが、いまの日本の産業構造の変化は決して産業構造の“高度化”になっていない。むしろ“劣化”だ。
それに対し、上述の旭村の農業は、所得の高い作物を目指して、次々と新しい作物に転換している。産地移動は起きるが、空洞化せず、高付加価値を求めて産業構造の高度化を達成している。
都市経済では、経済のグローバル化に伴う産業空洞化圧力の影響で、年収300万円未満層が増加、産業構造が劣化している。これに対し、旭村では(畑作分野)、経営発展した農家が多く、農家の粗収入3000万円、5000万円という事例は枚挙にいとまがない。都市経済では産業構造が劣化し、農業では産業構造が高度化している。
◇農家が経営者、従業員は都市出身者
もう一つの逆転現象は、就業形態で起きている。旭村だけではなく、農業が発展している畑作地帯は全国どこでも、雇用型の農業になっている。旭村の場合、外国人研修生がどの農家でも2、3人以上入る。
いま、全国で雇用型農業が増えているが、経営者は農家、従業員は外国人研修生と都市サラリーマンの子弟である。農家が経営者、従業員は都市出身者という構図である。近年は、大学生の新しい“就活先”にもなっている。もちろん、こうした現象は、マクロ経済の不況に伴う失業者増加の影響もあるであろうが、農業経営の発展に伴う「プル型」の側面も強くある。時代の転換である。
1960年代、農村から都市へ、人口の大移動が起きた。依然として人口の大都市集中と言う現象は起きているが、しかし、一部では逆流も発生しているのである。
都市と農村の逆転が見られる。パラダイム転換の時であろう。
4、農業はブルー・オーシャン!
予想を上回るスピードで規模拡大が起きている。第1節で述べたように、農家の後継者不足等の社会変動の効果から、農地集積が容易になっており、農業に係わる制度、規制が農業発展を妨げる程度は小さくなっている。経営者能力さえあれば、規模拡大は容易である。農家の高齢化、後継者不足から、土地はいくらでも出てくる、集めやすくなってきた。
いまや、規模拡大は農地問題ではなく、農業経営者の能力の有無の問題なのである。土地の制約は、もはやないのではないか。
経営戦略論に、欧州経営大学院のチャン・キム教授らの「ブルー・オーシャン」という概念がある。競争のない未開拓市場をいう。反対語は「レッド・オーシャン」で、血で血を洗う競争の激しい市場をいう(W・チャン・キム&レネ・モボルニュ『ブルー・オーシャン戦略』)。
稲作は、米という製品には競争が存在する。しかし、農地の流動化から、事業拡大は競争なき状態に近い(未開拓市場ではないが)。経営能力さえあれば、幾らでも経営拡大が可能だ。土地の制約はもはやなく、無限大の広がりがある。稲作経営は「ブルー・オーシャン領域」になっている。〈キム教授らの概念の厳密な適用ではないが、「競争のない」という要素に着目し、「青天井」の意味でブルー・オーシャンの用語を使用した〉。
経営者能力の高い農家にとって、農業は「成長産業」になっている。
(参考)拙著『新世代の農業挑戦‐優良経営事例に学ぶ‐』(新書版)全国農業会議所発行、2014年。
本書は農水省地下売店の書店および神田神保町の「農業書センター」(岩波ホール隣り)で購入できます。
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