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永平寺の修行 5年2月19日(日)12時05分
今でも、永平寺の修行に行くと聞けば、身構える。今でも、通常では理解 できない厳しい修行である。ここのお寺だけは、道元禅師の教えを、厳格に守っている。とにかく、修行中、それで死ねば、本望であるというのである。
まあ、大抵の人は尻込みする。それくらい厳しい。托鉢では、雨が降ろうが、ずぶぬれになろうが、予定どおり家々を回る。これを見ただけでも、びっくりすることだろう。すぶ濡れになって、お寺へ帰る。それでも、一言も不平を言わない。いや、いう事ができない。言えば、「あなたは、永平寺ではだめだから、里へ帰りなさい」と、言われるだけである。
冬でも、暖房設備などない。マイナス10度の修行の間で、ひたすら、只管打坐(座禅の姿勢)で、無言のまま、一日を終わる。そして、居眠りが出ると、尺状(細長い板)で、思いきり背中を叩く。これが多いと、腫れあがるという。容赦しない。板が折れる場合もあるという。その後、丁寧に頭を下げるのは、肉体を痛めて、申し訳がないということである。
それにしても、厳しい。寒中は、10日間だろうか。この10日間を、一日として、座禅だけである。この時の、睡眠時間は、3時間くらいだという。おそらく、最後には、意識が、もうろうとしてくるだろう。ひたすら苦痛を与え、我慢するのである。
こんな事だから、永平寺で、1年間、修行をしたと聞けば、大抵の人は、恐れるだろう。
今「へずまりゅう」は、社会から、叩かれている。信用回復には、永平寺に、行ったらどうかと、思うが。
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6件のコメントがあります
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風車の弥吉さん2023/2/19 14:43こんこん。おらいやだ 一汁一菜 やせ細る 季楽庵
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堅実さん2023/2/19 19:13風車の弥吉 さんへ「静かなり、一汁一菜、自己を消す」
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りす栗さん2023/2/19 19:51こんばんは。修行とか、禅とか、郷愁を感じますね。日本人の心のふるさとかもしれません。
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堅実さん2023/2/19 20:11りす栗 さんへ「修行とか、禅とか、郷愁を感じますね。日本人の心のふるさとかもしれません。」禅宗においては、一日の行動の全てが、修行になります。作務(庭の掃除とか、まき割とか、草むしりとか)、あるいは、食事、睡眠、全てが修行です。一日の中に、声を出してよいのは、朝起きてからの、雑巾で、寺の廊下、僧堂などの掃除、作務でも、必要な場合です。食事は、確か、一日に2回で、雑穀中心の食事です。今でいう、健康食です。例えば朝は、雑穀、沢庵2つ。ゴマ塩(これは、量が多い)、汁物、です。世間で言うと、極めて、粗末な食材です。これは、どこのお寺か、分かりませんが、最近は、若い人に合わせて、カレーを、時々出すそうです。もちろん、肉はありません。永平寺において、重要な作務は転座(食事を作る修行)です。普通なら、これは修行ではないと思いがちですが、道元禅師は、これは、もっとも、重要な修行と説いております。窮屈なようでも、慣れると、世間の煩わしさからも、解放され、考えようによっては、衣食住、全てが、ただという事になります。
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kouboudaisiさん2023/2/25 13:57遅ればせながらコメントさせて頂きます。>窮屈なようでも、慣れると、世間の煩わしさからも、解放され、考えようによっては、衣食住、全てが、ただという事になります。私などは千葉県木更津市の外れにある天台宗の寺で4カ月程の修行をしおります!行住坐臥全てが修行ですが、食事は粥と沢庵や梅干しだけという事はありません!典座当番になる事もありましたが、カレーライスには豚肉は入れておりました。買い物にも行きますし、一部借地をしている地主さんに賃借料を支払いにもい行きました。ですから、世間の煩わしさから解放などされません。衣食住全てがただという訳ではありません。作務衣や僧着の下着の長襦袢は買わされました。内外清掃作業、仏器磨き、草取り、枝打ち、土木作業、典座当番、一部事務仕事他やる事は幾らでもあるのです。それなのに給料は支払われません!これは外国人労働者を無賃金で働かせているのと同じなのです!
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堅実さん2023/2/25 14:46kouboudaisi さんへ拝読致しました。今流の寺ですね。永平寺とは、異なりますね。それだけ、寺の存続が、難しくなっているんでしょうね。永平寺は、観光コースもありますが、修行の場は、昔のままです。
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