マイナス実質金利の下でのドル高進行<前編>

著者:武者 陵司
投稿:2022/09/22 20:55

―米国のマイルドランディングを可能とする2大要因―

前人未到の環境、Data Dependentで

 2022年は前人未到の不透明な環境の下で始まった。米中対立と保護主義、40年ぶりの高インフレ、サプライチェーンの寸断、急ピッチの利上げ・金融引き締め、新型コロナによる働き方・生き方の変化と労働市場の変質(=労働者のバーゲニングパワーの増大)、そしてとどめがウクライナ戦争とエネルギー危機であった。どのような形に収まっていくのか、全く読めない。パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長が繰り返し述べているように、Data Dependent、データを注視し弾力的に来るべき時代の輪郭を考えるほかない状況である。

リスクテイク促進の時代はまだ終わっていない

 ただし、決めつけは危険である。ディスインフレ時代の終焉とインフレ時代の到来、低金利から金利上昇の時代へ、グローバリゼーションの頓挫(国際分業の進展から国際的分断・対立の時代)へ、小さな政府から大きな政府(規制緩和から規制強化)などが所与のもののごとく語られている。金融資本市場でも、市場フレンドリーな中央銀行が潤沢な流動性を供給しリスクテイクを後押ししたグレート・モデレーション(Great Moderation)の時代が終わり、よりリスクとボラテリティが高い時代に入るとの想定が語られているが、そうだろうか。

相対的低金利継続、ドル高時代始まる

 何が変わるのか、何が不変なのかの見極めが大事である。まず相対的低金利が変わらなかったことが驚きである。次にドル高へと為替相場が大きく変わったことが驚きである。この相対的低金利継続とドル高こそ、米国経済のマイルドランディング、その後の成長加速の推進力になるだろう。武者リサーチは、コロナショックによっても頓挫しなかった米国の長期株高トレンドは健在と考える。

(1) 相対的低金利(G>R:グリーンスパンの謎)は変わらない

うれしい驚き、グリーンスパンの謎の継続

 2022年の市場展開で、最も安堵させたのは、米国の相対的低金利が継続したことである。8~9%のヘッドラインインフレーション(コアCPIでも6%)、年初累計で3%に上る強烈な利上げ(9月FOMCでの0.75%利上げを加味して)とQT(量的金融引き締め)の開始という激変の中で、米国10年債利回りは3.5%以下で大きく跳ね上がることなく推移している。

 何を物価指標として採るかにもよるが、通常用いられるコアCPI(8月6.3%)を使えば大幅な利上げにもかかわらず、実質金利は3%弱の大幅なマイナスのままである。と言うことは、金融の足はブレーキペダルではなく、依然アクセルペダルに置かれているということである。

成長と資産価格上昇のアンカー健在

 米国10年国債利回りは、2000年頃から名目経済成長率を大幅に下回っていたが、コロナショック、2022年のインフレショックを経た今日でもその関係「G(経済成長率)>R(金利)」が持続している。名目GDP成長率は2021年10.1%、2022年第1四半期(1Q)6.6%、2Q8.4%であり、2023年以降も4%を下回るとは想定できない。つまり、どこまで行っても10年国債利回りが名目成長率を上回るとは考えられないのである。

 これは2005年に当時のグリーンスパンFRB議長が、高成長下、大幅な利上げの下でも長期金利が上昇しないことを指して、「謎」と言ったことの定着化である。

 イノベーションによる資本生産性の向上、潤沢な貯蓄とドル高による米国への資本集中が寄与していると思われる。「G(経済成長率)>R(金利)」、グリースパンの謎の定着こそ、リーマン・ショック以降の米国経済と資産価格のアンカーであったが、それが健在ということは、米国経済と市場に対して楽観的になれる大いなる根拠となる。

FEBに裁量余地与えるグリーンスパンの謎の継続

 良いインフレを殺さないためのフレンドリーな金融政策は、長期金利が抑制されていることで実施できる。イエレン財務長官が主張する高圧経済状態を持続することで、生産性上昇と資産価格上昇が維持できる。高圧経済状態を維持するために、FRBが想定するインフレ率を3%へとターゲットをシフトさせることも可能となる。

期待インフレ率の低下顕著

 問題は、現下のインフレ情勢が極端に振れていて、真実が見えにくい状況にあることである。現在の米国物価情勢はようやくピークアウトしつつある段階にあり、インフレとの熾烈な闘いが求められる状況にある。しかし、物価連動国債(TIPS)市場においては既に大幅な物価下落が織り込まれている。現在の物価上昇の過半はサプライチェーンの寸断、ウクライナ戦争、コロナ禍による中国ロックダウンなどの一過性の供給制約によってもたらされたものである。

 それら供給制約の緩和が見えており、加えてFRB利上げによる需要減速期待が織り込まれたことでTIPSから逆算される期待インフレ率は大きく低下しているのである。TIPSによる期待インフレ率の変化を見ると、3月のピークから直近までに、10年で3.0%から2.3%へ、5年で3.7%から2.7%へ、2年で4.9%から2.6%へと急低下している。

 この期待インフレ率に基づけば、実質金利は既に大きくプラスになっており、金融は経済に対してブレーキ役を果している、との評価になる。一時的な高インフレに反応して過剰に金利を引き上げれば、既に物価上昇が沈静化している将来に過度の負担を負わせかねない。10年国債利回りが相対的に低位で安定していることは、オーバーキルを回避するためのフリーハンドをFRBに与えるもの、と考えられる。

<後編>へ続く
 

配信元: みんかぶ株式コラム

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