■新晃工業<6458>の中期経営計画
3. 中期経営計画「move.2025」の進捗
(1) SIMAプロジェクト
中期経営計画達成の前提になっているのがSIMAプロジェクトである。SIMAプロジェクトは、2019年にスタートした、個別受注生産方式を標準化して原価低減につなげるというプロジェクトで、2023年には増益貢献など一定以上の成果が期待されている。同社製品はオーダーメイドで労働集約的なセル生産方式のため、営業面でも営業力による個別対応という点で評価されることが多い分、生産性を引き上げづらいビジネスで、現状のままでは作業員不足や人件費効率の低下などの課題を解消することができなくなる恐れがあった。このため、SIMAプロジェクトによって、営業・設計・積算・製造を一から再定義するとともに、デジタル化・自動化を進めて事業基盤を強化、オーダーメイドでありながら標準化された高い生産性のビジネスを目指していくことになった。
製造面では、BOM(Bill of Materials:部品表や部品構成表のこと)や3D CAD、AIによる工数予測などを導入して、AHUの設計から積算、製造までの作業・工程をデジタル化・自動化し、ライン生産方式で全工程・全作業を一気通貫で流すシステム基盤をもった新たな工場(生産プロセス)を実現する考えである。営業面では、高精度の需要予測やBOMを活用し、図面・見積・納期に関する顧客の疑問にその場でリアルタイムに応えられる系統化された営業スタイルを確立する方針である。すでに同社の需要予測は先行き2年後まで高精度に見通すことができ、営業ツールとして利用されている。また、AIの画像認識技術を利用した社内の図面検索システムも利用されており、部品を画面上でドラッグ&ドロップしてラフな配置をするだけで、配置に見合った図面を検索することが可能となっている。人口減少やベテランの退職などの影響は確実に出ると言われているため、SIMAプロジェクトは同社が社運を賭けたプロジェクトと言うことができる。
(2) 重点取組項目の進捗
水AHUの強化では、マーケットリーダーとして圧倒的な競争優位を維持・向上させるとともに、成長分野で引き合いの強いデータセンターを深耕する方針である。データセンターは短納期になることが多く、SIMAプロジェクトの強みを発揮できる分野でもある。2022年3月期は、部品の納期遅延などリスク対応しながら、物量を確保したため2.2%増収となった。なかでもデータセンター分野の売上は51%増と高い伸びとなった。ヒートポンプAHUの強化では、新規参入のチャレンジャーとして知名度浸透、ダイキン工業と共同開発したオクージオブランドによるシェア拡大を進めている。2022年3月期は、従来の顧客に加え地方の設計事務所を中心に新規客向けの営業活動を展開した結果、売上が114%増と大きく伸びて過去最高を達成した。
工事・サービス事業の強化については、メーカー系の強みを生かし、水AHU中心から空調工事全般へと業容を広げるとともに、技術領域の拡張と利益率の向上を目指している。2022年3月期は、ヒートポンプAHU周辺技術を強化し、売上が6.2%増と伸びて利益率も改善が進んだ。成長余地の大きい中国事業の強化は、高機能空調機にシフトするなど市場戦略を採算性重視に転換し、利益体質の構築を目指している。2022年3月期は、徹底した採算性重視の販売戦略と原価管理によって、売上を17.3%伸ばすとともに黒字化を達成することができた。また、都市ロックダウン解除後にPCR検査が日常化していることから、「移動式PCR検査ユニット」を製品化した(月産最大400台)。技術深耕・品質向上では、技術開発の推進と品質大網への落とし込みを目指している。解析やAI、IoTなどデジタル技術を積極的に活用し、クレームゼロに向けた製品・サービスの品質向上にも注力している。2023年3月期は、高効率ファン・コイルの適用製品の強化、デジタル解析技術・SIMA周辺技術の拡充、エアスタ※やSHINKOテクニカルセンターを活用した技術情報の発信を進めた。なお、SHINKOテクニカルセンターは神奈川県秦野市にあり、ショールームを2021年9月にリニューアルした。製品開発技術やSINKOのものづくり、環境・健康に配慮した最新の製品展示、空調機の騒音や送風機の運転特性の体感など様々なコンテンツを用意している。
※エアスタ(SINKO AIR DESIGN STUDIO):大阪府寝屋川市にある空調機器のショールーム。建物全体が体験型ショールームとなっている。
(3) 水AHUとヒートポンプAHUの市場戦略
重点取組項目でも主力の水AHUとヒートポンプAHUに関しては綿密なマーケティングを背景に、5つの重点ターゲットを設定しポートフォリオ戦略を展開、市場特性や技術要件に基づいた市場戦略を策定した。
同社がマーケットリーダーで、規模が500億円(16,500台)と推定される水AHU市場では、事務所からデータセンターまで、オーダーからスタンダードまでのフルライン戦略を基本としている。このため、比較的拡張余地の大きい大型ビル向け、産業向け、データセンター向け、更新向けの4分野を重点ターゲットにシェア向上を目指している。大型ビル向けは、東京や大阪を中心とした大型再開発に案件が多く、設計事務所やゼネコン、サブコンへのアプローチが必要で、設計に時間がかかるものの生産効率がよい。標準仕様や収まり重視、現場工程に合わせた納期調整が求められるため、大型ビル仕様の水AHUを企画・提案するほか、3DCADによる設計や混合ライン生産を活用していく。産業向けは、景気に左右されやすく短工期だが、製造業の国内回帰とともに拡大している。特殊仕様や短納期が求められるため、オーダーメイドによる設計・生産やAI工数予測などを活用して対応していく。データセンター向けは、テナントの入居に合わせた工事になるが、クラウドサービスの利用拡大やサーバーの高性能化(発熱量増加)を背景にニーズが増している。大型のうえ短納期やシステム化が求められるが、同社の技術力が生かされる分野であり、短納期を可能にする設計で施主への営業を強化していく。更新向けは、今後、納入後20~30年を経過した更新需要が増加する見込みである。現場の制約が多く既設メーカーが優位だが、市場退出したメーカーも多いためチャンスもある。現場ごとに異なる搬入経路にあわせた設計やバラ搬入・現地組立を求められることが多いため、新晃アトモスと連携を強化しながら他社製更新物件への営業を積極化していく。
規模が115億円(1,850台)とされるヒートポンプAHU市場では、中小ビルの簡易な空調システムや既設工場の環境改善、熱源追加・置き換えなどの需要が多い。同社はチャレンジャーのポジションにあるため、強みを持つ産業向けオーダーメイドから他の領域へ向けて市場浸透を図ると同時に、モジュール製品の投入や熱源の置き換えが求められることから、新製品や既設製品のオプションとしてよりスタンダードな製品も開発していく方針である。また、重点地域に絞った営業も強化していく考えである。
(4) ESG経営の推進とSDGsへの貢献
ESG経営の推進やSDGsへの貢献も同社の重要な取り組み課題であり、社長を委員長、ESG担当役員である副社長を副委員長とするESG/CSR委員会が中心となって、社会的責任を果たすサステナビリティの実現を目指している。進捗状況は、中期経営計画のなかで「ESG経営の推進/SDGsへの貢献」を掲げ、これまでのESG活動をマテリアリティ(重要課題)とアクションプランにまとめ、PDCAサイクルを回すことにより目標達成を目指しているところである。進捗が目立つ取り組みとして、脱炭素推進による気候変動への対応があり、一部製造拠点でCO2フリー電力への切り替えを完了した。ダイバーシティの推進に関しては、ダイバーシティ推進委員会を設置して活動を開始した。また、ガバナンスに関しては、過半数を独立社外取締役とする指名・報酬委員会を設置した。なお、TCFD※への対応状況として、同社はシナリオ分析に基づく事業インパクト(営業利益ベース)を情報開示している。それによれば、脱炭素社会への移行を想定する1.5℃/2℃シナリオ、経済活動を優先する4℃シナリオともに、同社の機会がリスクを上回っているということだ。このように同社は、事業リスクの低減と価値創出を実現することで、持続可能かつ安定的な収益を長期的に確保することを目指していく考えである。
※TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures):気候関連財務情報開示タスクフォースで、企業活動における、気候変動へ与える影響についての情報開示推進を目的として作成された提言。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 宮田仁光)
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3. 中期経営計画「move.2025」の進捗
(1) SIMAプロジェクト
中期経営計画達成の前提になっているのがSIMAプロジェクトである。SIMAプロジェクトは、2019年にスタートした、個別受注生産方式を標準化して原価低減につなげるというプロジェクトで、2023年には増益貢献など一定以上の成果が期待されている。同社製品はオーダーメイドで労働集約的なセル生産方式のため、営業面でも営業力による個別対応という点で評価されることが多い分、生産性を引き上げづらいビジネスで、現状のままでは作業員不足や人件費効率の低下などの課題を解消することができなくなる恐れがあった。このため、SIMAプロジェクトによって、営業・設計・積算・製造を一から再定義するとともに、デジタル化・自動化を進めて事業基盤を強化、オーダーメイドでありながら標準化された高い生産性のビジネスを目指していくことになった。
製造面では、BOM(Bill of Materials:部品表や部品構成表のこと)や3D CAD、AIによる工数予測などを導入して、AHUの設計から積算、製造までの作業・工程をデジタル化・自動化し、ライン生産方式で全工程・全作業を一気通貫で流すシステム基盤をもった新たな工場(生産プロセス)を実現する考えである。営業面では、高精度の需要予測やBOMを活用し、図面・見積・納期に関する顧客の疑問にその場でリアルタイムに応えられる系統化された営業スタイルを確立する方針である。すでに同社の需要予測は先行き2年後まで高精度に見通すことができ、営業ツールとして利用されている。また、AIの画像認識技術を利用した社内の図面検索システムも利用されており、部品を画面上でドラッグ&ドロップしてラフな配置をするだけで、配置に見合った図面を検索することが可能となっている。人口減少やベテランの退職などの影響は確実に出ると言われているため、SIMAプロジェクトは同社が社運を賭けたプロジェクトと言うことができる。
(2) 重点取組項目の進捗
水AHUの強化では、マーケットリーダーとして圧倒的な競争優位を維持・向上させるとともに、成長分野で引き合いの強いデータセンターを深耕する方針である。データセンターは短納期になることが多く、SIMAプロジェクトの強みを発揮できる分野でもある。2022年3月期は、部品の納期遅延などリスク対応しながら、物量を確保したため2.2%増収となった。なかでもデータセンター分野の売上は51%増と高い伸びとなった。ヒートポンプAHUの強化では、新規参入のチャレンジャーとして知名度浸透、ダイキン工業と共同開発したオクージオブランドによるシェア拡大を進めている。2022年3月期は、従来の顧客に加え地方の設計事務所を中心に新規客向けの営業活動を展開した結果、売上が114%増と大きく伸びて過去最高を達成した。
工事・サービス事業の強化については、メーカー系の強みを生かし、水AHU中心から空調工事全般へと業容を広げるとともに、技術領域の拡張と利益率の向上を目指している。2022年3月期は、ヒートポンプAHU周辺技術を強化し、売上が6.2%増と伸びて利益率も改善が進んだ。成長余地の大きい中国事業の強化は、高機能空調機にシフトするなど市場戦略を採算性重視に転換し、利益体質の構築を目指している。2022年3月期は、徹底した採算性重視の販売戦略と原価管理によって、売上を17.3%伸ばすとともに黒字化を達成することができた。また、都市ロックダウン解除後にPCR検査が日常化していることから、「移動式PCR検査ユニット」を製品化した(月産最大400台)。技術深耕・品質向上では、技術開発の推進と品質大網への落とし込みを目指している。解析やAI、IoTなどデジタル技術を積極的に活用し、クレームゼロに向けた製品・サービスの品質向上にも注力している。2023年3月期は、高効率ファン・コイルの適用製品の強化、デジタル解析技術・SIMA周辺技術の拡充、エアスタ※やSHINKOテクニカルセンターを活用した技術情報の発信を進めた。なお、SHINKOテクニカルセンターは神奈川県秦野市にあり、ショールームを2021年9月にリニューアルした。製品開発技術やSINKOのものづくり、環境・健康に配慮した最新の製品展示、空調機の騒音や送風機の運転特性の体感など様々なコンテンツを用意している。
※エアスタ(SINKO AIR DESIGN STUDIO):大阪府寝屋川市にある空調機器のショールーム。建物全体が体験型ショールームとなっている。
(3) 水AHUとヒートポンプAHUの市場戦略
重点取組項目でも主力の水AHUとヒートポンプAHUに関しては綿密なマーケティングを背景に、5つの重点ターゲットを設定しポートフォリオ戦略を展開、市場特性や技術要件に基づいた市場戦略を策定した。
同社がマーケットリーダーで、規模が500億円(16,500台)と推定される水AHU市場では、事務所からデータセンターまで、オーダーからスタンダードまでのフルライン戦略を基本としている。このため、比較的拡張余地の大きい大型ビル向け、産業向け、データセンター向け、更新向けの4分野を重点ターゲットにシェア向上を目指している。大型ビル向けは、東京や大阪を中心とした大型再開発に案件が多く、設計事務所やゼネコン、サブコンへのアプローチが必要で、設計に時間がかかるものの生産効率がよい。標準仕様や収まり重視、現場工程に合わせた納期調整が求められるため、大型ビル仕様の水AHUを企画・提案するほか、3DCADによる設計や混合ライン生産を活用していく。産業向けは、景気に左右されやすく短工期だが、製造業の国内回帰とともに拡大している。特殊仕様や短納期が求められるため、オーダーメイドによる設計・生産やAI工数予測などを活用して対応していく。データセンター向けは、テナントの入居に合わせた工事になるが、クラウドサービスの利用拡大やサーバーの高性能化(発熱量増加)を背景にニーズが増している。大型のうえ短納期やシステム化が求められるが、同社の技術力が生かされる分野であり、短納期を可能にする設計で施主への営業を強化していく。更新向けは、今後、納入後20~30年を経過した更新需要が増加する見込みである。現場の制約が多く既設メーカーが優位だが、市場退出したメーカーも多いためチャンスもある。現場ごとに異なる搬入経路にあわせた設計やバラ搬入・現地組立を求められることが多いため、新晃アトモスと連携を強化しながら他社製更新物件への営業を積極化していく。
規模が115億円(1,850台)とされるヒートポンプAHU市場では、中小ビルの簡易な空調システムや既設工場の環境改善、熱源追加・置き換えなどの需要が多い。同社はチャレンジャーのポジションにあるため、強みを持つ産業向けオーダーメイドから他の領域へ向けて市場浸透を図ると同時に、モジュール製品の投入や熱源の置き換えが求められることから、新製品や既設製品のオプションとしてよりスタンダードな製品も開発していく方針である。また、重点地域に絞った営業も強化していく考えである。
(4) ESG経営の推進とSDGsへの貢献
ESG経営の推進やSDGsへの貢献も同社の重要な取り組み課題であり、社長を委員長、ESG担当役員である副社長を副委員長とするESG/CSR委員会が中心となって、社会的責任を果たすサステナビリティの実現を目指している。進捗状況は、中期経営計画のなかで「ESG経営の推進/SDGsへの貢献」を掲げ、これまでのESG活動をマテリアリティ(重要課題)とアクションプランにまとめ、PDCAサイクルを回すことにより目標達成を目指しているところである。進捗が目立つ取り組みとして、脱炭素推進による気候変動への対応があり、一部製造拠点でCO2フリー電力への切り替えを完了した。ダイバーシティの推進に関しては、ダイバーシティ推進委員会を設置して活動を開始した。また、ガバナンスに関しては、過半数を独立社外取締役とする指名・報酬委員会を設置した。なお、TCFD※への対応状況として、同社はシナリオ分析に基づく事業インパクト(営業利益ベース)を情報開示している。それによれば、脱炭素社会への移行を想定する1.5℃/2℃シナリオ、経済活動を優先する4℃シナリオともに、同社の機会がリスクを上回っているということだ。このように同社は、事業リスクの低減と価値創出を実現することで、持続可能かつ安定的な収益を長期的に確保することを目指していく考えである。
※TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures):気候関連財務情報開示タスクフォースで、企業活動における、気候変動へ与える影響についての情報開示推進を目的として作成された提言。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 宮田仁光)
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