・人が年間いくらお金を稼いでいるか。今どのくらいのお金を持っているか。それがそのヒトの価値だろうか。そんなことはない。価値は金銭だけでは測れない。将来の価値を金銭で表すことも十分できない。何が幸せかは、人によって異なる。Well-being(よきこと)は、その人の価値観と満足度に依存する。
・企業を見る時、財務的な価値は比較的分かり易い。一方で、非財務の価値は見えにくい。①まだ財務に織り込まれていない価値、②これから形成される潜在的価値、③そもそも財務では測れない価値などがある。これをいかに見える化するか。これが、現在の価値創造と企業評価のテーマである。
・例えば、人的資本(ヒューマンキャピタル)の生産性は、デジタル資本生産性×デジタル資本装備率、と表現できる。つまり、[付加価値/人的資本]=[付加価値/デジタル資本]×[デジタル資本/人的資本]となる。
・企業にとってのDX(デジタルトランスフォーメーション)とは、まさにデジタル資本への投資が、企業価値を生み出すビジネスモデルに結び付いているかを問う。
・この時の付加価値とは、EBITDA(償却前営業利益)+人件費である。フローで見た時、1年間の売上収益から外部調達したものを除いて、その企業で生成した内部価値を金額換算したものといえる。
・EBITDAと人件費を加えた付加価値を、キャッシュ・フロー的にみれば、EBITDAは社内に残るが、人件費は外部に流出してしまう。でも、人件費も企業で働く人々が産み出した財務的価値である。さらに、実は見えないところで、人的資本がもっと価値を生んでいるかもしれない。あるいは、人的資本が十分活用されず、無駄に眠っているかもしれない。
・エーザイ <4523>では、営業利益+人件費+R&D費をESG EBIT(ESG収益)と定義して、独自の分析を示している。2021年の価値創造レポート(統合報告書)で、企業価値の創造には人財への長期投資が最も重要で、それを見える化するには、ESGが生みだす価値の指標として人件費とR&D費を含めている。
・柳CFOは、さらに興味深い分析を示している。ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェイム教授の提唱するIWAI(Impact-Weighted Accounts Initiative)に基づいて、エーザイ単体の従業員インパクト会計を試算した。
・2019年度のエーザイの従業員数は3207名、給与合計は358億円であった。これを、そのままエーザイの人的価値とみなすのではなく、1)賃金の質、2)従業員の機会、3)ダイバーシティ、4)地域社会への貢献、に分けて人件費を調整していく。
・具体的には、年収に合わせた限界効用、男女の賃金格差、昇格昇給の男女格差、日本の労働人口と比べた男女比、地域の失業率やセーフティーネットなどを調整する。
・そうすると、358億円の給与から調整分を引いて、269億円が実質的に生み出した価値、つまり従業員インパクトとしての会計上の価値であると算出した。
・日本初の試算であるが、この比率75%(従業員インパクト269億円/給与総額358億円)は、米国の優良企業と比較しても高い人財投資効率の水準にある、という評価であった。
・人件費を単に付加価値とみるのではなく、人財としての価値調整を加えて、実態に迫ろうという分析である。確かに興味深い。
・柳CFOは、純資産(簿価)を上回る市場価額(時価総額)が、ESG(非財務資本)の重要な評価額であるとみている。つまりPBR=ROE×PERにおいて、PBRが1.0を上回る部分をESGの貢献度合い、即ち非財務的価値の評価とみていく。
・エーザイでは、自社の長期的データに基づき、①人件費を1割増やすと、5年後にPBRが13.8%向上する、②R&Dを1割増やすと、10年超でPBRが8.2%向上する、というような回帰分析が統計上有意であるとして提示している。
・人的投資が中長期的な価値を結びつく感度(センシティビティ)を、定量的に分析している点が素晴らしい。
・人件費は費用ではない。それは、人的資本の価値の指標であり、投資の対象である。アナリストとしては、1)雇用を増やしている会社、2)中長期で人材育成をしている会社、3)人的資本生産性を向上させている会社、4)デジタル装備率の高い会社、5)バリューチェーンで人を大事にしている会社、という観点で人的資本の中身を評価していく。
・価値といっても、価額で測れなければ評価できない、というのが財務の基本である。しかし、金額で測れないところに本当の価値の源泉がある、という見方も有力である。
・そこで、定性的な評価軸を定めて、それをレーティングしていくという方式も有効であろう。順位付けを数値化して、数量化による分析を行う方法である。一定の限界は分かったうえで、活用したいと思う。
・こうしたプロセスにおいて、エーザイのような分析が提示され、外部からも検証できるならば、その企業の価値創造に対して、投資家としての確信の度合いを一層高めることができよう。そういう企業に投資を継続したい。
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