(1)ドル高時代へ、米国の役割変化、ドル流動性供給者から需要創造者へ
世界の機関車、中国から米国へ
米国のテーパリングがいよいよ視野に入り、[[stock/0950/chart|ドル高]]の時代が始まったのではないか。ドルインデックスは5月末以降、5%上昇している。時代が変わっている。コロナ危機に対して米国が世界にドルを供給し、結果としてドル安になった時期は終わった。これからはドルが強くなり、世界の資金が米国に集まり、米国内需つまり米国への輸出が各国経済を推進する時代に入っていくのではないか。
2022年にこれまで世界経済をけん引してきた中国経済の大減速が必至となった。IMF(国際通貨基金)の直近10月に改訂発表した2022年の世界の経済見通しは、中国が前年比+5.6%、米国が同+5.2%であるが、恒大集団危機が引き金を引く建設・不動産の失速により、中国の景気落ち込みは更に大きくなるかもしれない。他方、米国消費は旺盛、世界経済の機関車は中国から米国にシフトしつつある。
ドルは米国の秘密兵器、米中対決でドル高は必須に
ドル高要因が山積している。まず(A)米国の超金融緩和が終わるのに伴い、米国の実質金利の上昇が見込まれる。また、(B)インフレ抑制にドル高が有利であること、原油価格とドルは強くリンクしてきたこと(第2次オイルショック時はドル急騰で原油高を相殺)、(C)米国のポリシーミックスの変化(金融引き締め財政拡大の方向にシフト…顕著ではないが)もドル高要因である。
更に最も重要なことは、ドルが米国の秘密兵器であることかもしれない。ドルは時として米国の地政学的目的の達成のために使われてきた。かつて対日、今後は米中対立の戦略手段としてドルが利用されるだろう。米国の喫緊の優先課題、中国排除のグローバルサプライチェーン構築にとってドル高は必須であると考えられる。コロナ時の一時的ドル安が終わり、2011年をボトムに始まった長期ドル高トレンドが続いていくことになる、と想定される。
(2)円安時代が始まった
ドル高以上に進展する円安、120~130円も
しかし、日本円は対ドルだけではなく、各国通貨との間でも安くなっている。また、ドル高に転換する1年前から既に円安は始まっていた。日本側にはドル高以上に、円が安くなる要因が山積している。(A)日本の貿易黒字がほぼなくなったこと、(B)経常収支の黒字はもっぱら所得収支であり、それは現地で再投資されるので日本には戻ってこない黒字であること、(C)日本企業は膨大な内部留保をグローバル直接投資に振り向けており資本流出が続くこと、(D)日本の証券投資家も[[stock/0800/chart|米国株式]]、米国国債など海外投資を増加させていることなどである。
2021年に入ってからFRB、ECBなど世界の主要中央銀行がバランスシートを膨張させている中で、日銀だけは資産購入を密かに減らしている(ステルステーパリング)。本来なら円高になってもいいはずのところだが、むしろ円安が強まっている。底流に流れる円安圧力をうかがわせる。円が安全資産として選好される時代は終わった可能性がある。1ドル=120~130円も視野に入ってくるだろう。
アメリカは円安が日本のデフレ脱却、経済再生の鍵であることを知っている
おそらく米国は円高が日本のデフレの最大の要因であり、円安がデフレ脱却の切り札であることを知っている。その米国が日本の円安を容認するかだが、容認どころか望ましいと思っているのではないか。米中対立の下で強い日本経済は必須であり、日本がデフレ脱却をしてほしいと心から思っているはずである。
さらに、中国・韓国・台湾などの危険地帯に集中している半導体などのハイテクサプライチェーンを安全地帯へシフトさせることが喫緊の課題であり、日本でのハイテク産業クラスターの育成強化はその重要な柱である。それを推進するのに円安は重要である。
台湾積体電路製造(TSMC)
(3)日本の価格競争力は大きく強化され続けている
「安いニッポン」に加えての円安が日本企業の価格競争力を強化
これまで何度もレポートしてきたが、日本の物価の安さ、労働賃金の安さが際立っている。21世紀に入って日本の賃金はほとんど上昇しなかった。その結果、平均賃金の水準では、G7でイタリアと最下位を争い、2015年には韓国に抜かれ、差が開く一方である。
また、ビックマック価格は世界最高のスイスの約半分、韓国・ブラジルよりも安くなっている。ダイヤモンド社は物価・賃金のみならず、株価、不動産価格がバーゲン状態となり、外資に買い漁られている実態を報告している。
この著しく安くなった日本に円安が襲いかかろうとしている。円安で「安いニッポン」がさらに安くなる。「安いニッポン」も「安いニッポンをさらに安くする円安」も、それ自体は日本凋落の結果ではあり、望ましいことではない。
しかし、将来展望という観点から見れば、日本にとって朗報である。なぜなら、各国経済の盛衰の鍵が国際的価格競争力であるが、「安いニッポン」と円安が日本の国際競争力を高め、日本経済の好循環を引き起こすと考えられるからである。そもそも「高いニッポン」と円高が悪循環の出発点であった。「高いニッポン」が円高でさらに高くなり、日本の価格競争力は劇的に低下した。
円の実質購買力(=企業のコスト)は50年前の水準に戻った
週刊エコノミスト誌は、「安い日本 超円安時代」と題する特集(10月5日号)で、円安が日本人の購買力を引き下げ、賃金を引き上げられない日本人をさらに貧しくしている、と描写している。
デフレであるのに円安が進行してきたため、実質実効レートでみれば、現在の1ドル=110円の水準は、1973年の変動相場制移行以前の1ドル=360円時代とほぼ同等である。つまり、円の購買力は50年前の水準まで低下している。「これは大変だ、困ったことだ」という反応が蔓延しているが、そうだろうか。
2000年以降、日本の単位労働コスト低下は世界一
逆だろう。それは日本企業の価格競争力が1ドル=360円時代に戻っているということを意味している。製造業の価格競争力を端的に示す、ドルベースでの単位労働コストは、2000年以降、日本は世界で最も大きく低下し、日本のコストはここ20年間に、対中国、対韓国、対米、対ドイツで軒並み大きく改善していることがわかる。これにさらなる円安が加われば、価格競争力は一段と向上する。
すでに過去最高水準に戻った企業利益率
いま物価・賃金安に加えての円安で、日本企業の価格競争力は過去30年間で最も高まっているのである。円安のメリットは、海外生産している企業にとっては海外法人利益の円換算額の増加という形で現れる。すでに法人企業の経常利益率は、コロナショックから経済が立ち上がる前の2021年4~6月時点で、過去最高水準まで回復している。今後さらなる業績向上はほぼ確かであり、企業の支払い能力の向上と技術労働者の需給ひっ迫から賃金上昇に結び付くだろう。
国際競争力向上はグローバル製造業と、数年後に急拡大が予想される観光関連の国内産業で顕在化すると考えられる。いま大切なことは円安を進めるために、超金融緩和をできる限り持続させることである。
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