米中敵対決定的、日本最重視鮮明、それは長期円安に帰結する

著者:武者 陵司
投稿:2021/03/23 11:39

 武者リサーチは2009年設立以来、日本のデフレの最大原因は、米国の日本叩きという地政学的要因によってもたらされた過度の 円高であると主張してきた。超円高によって価格競争力が破壊され、ドルベースでみて超割高になった円建て賃金の、大幅な引き下げが引き起こされた。また、日本の産業集積の海外への移転が急進展した。しかし、米中対決という新地政学環境の下で、この円高デフレの悪循環が決定的に変化すると考える。今回は結論を述べるにとどめ、詳細な検証と分析は今後提供していきたい。

米中敵対決定的、米戦略の中核は中国経済の弱体化

 米中外交トップのアラスカ会談において、不可逆的な米中敵対が鮮明になった。米国は中国の対外膨張、人権抑圧を絶対容認しないと通告したが、今後レッドラインを引くだろう。昨年、ポンペオ前国務長官が1972年以来続いてきた米国による対中国宥和政策を根本から転換するというスピーチを行ったが(ストラテジーブレティン257号、2020年7月27日参照)[注1]、バイデン政権はそれを一段と推し進めた。

 コロナ制圧後の米国の最優先課題は、圧倒的に対中である。対中問題は外交のみならず、米国の内政問題になっていくだろう。国内の分断を解消する道は強い外敵の存在が便利であり、中国への敵対心をあおる国内世論がさらに強まるだろう。米日豪印4カ国による対中連携(クアッド)の構築、英仏艦隊のアジア派遣、中国包囲のミサイル網構築、米国軍備の近代化など、軍事的包囲網が着実に敷設されるだろう。

 とはいえ、20世紀型の全面戦争が選択肢になり得ない以上、軍事力は中国抑制・制圧の手段にはなり得ない。中国の台湾進攻などの冒険主義を抑制するのみである。

 中国による米国の覇権奪取を回避する唯一の道は、中国経済の弱体化しかない。軍事圧力と同盟強化で中国の軍事的冒険を抑えつつ、経済的弱体を狙う長期戦略である。

日本最重視鮮明は当然

 米国の日本最優先が明確化した。バイデン大統領が最初に会見する海外首脳として菅首相が選ばれたこと、米ブリンケン国務長官、オースティン国防長官が初外遊として来日し、日米2プラス2会談を実施したことなどは、それを示している。

 米中敵対時代において、第一に地理上、日本は米中両国にとって、決定的に重要、日本が米中のどちらにつくかで、米中覇権争いの帰趨が決まる。もちろん、日本に対中連携という選択肢はないが、米国は日本を大切に扱わざるを得ない。第二に、経済の面からも日本の役割が重要である。アジアにおける日本のプレゼンスの引き上げが必須になってくるだろう。

 突如浮上した米国の経済リスクとして、現代の石油というべき 半導体・ハイテクハードウェア生産を中・韓・台に全面依存しているという現実がある。半導体供給では、韓国・台湾・中国に6割依存、スマホに至っては100%を3カ国に依存している。なぜ、こんなことになったのか。それは日本叩き、超円高の結果、日本に集積していたハイテククラスターが韓国、台湾、中国にシフトしたためである。中国・韓国・台湾は米中敵対時代においては、潜在的係争地であり、ひとたび騒擾が起きれば3カ国からのハイテク供給は遮断されるという危機的状況にある。

 米国の日本叩きと超円高の行き過ぎが、アジアの分業構造を著しく米国にとって危険なものにした。米国はそれを修正するはずである。どうすれば安全なハイテクサプライチェーンを構築できるのか、半導体などハイテク生産を米国に勧誘すること、および東アジアの中での安全地帯、日本へのハイテククラスターの回帰を促すことしかない。

鍵は為替、日本叩き、日本弱体化の最大功労者は円高

 国際分業、サプライチェーンの再構築の鍵は為替である。関税を主とする貿易協定では数%の価格差をもたらすに過ぎないが、為替は容易に価格差を1~2割、時には3割改変することができる。その価格差をもって国際分業やサプライチェーンの再構築を行う。日米貿易摩擦の結果引き起こされた超円高が、日本に圧倒的に存在していたハイテク生産集積を破壊し、韓国、台湾、中国へのシフトを促進した。

 この成功体験を熟知している米国が、国際分業、グローバルサプライチェーンの再構築にあたって、為替政策を活用することは明らかであろう。第一に人民元高を誘導し、中国の価格競争力を殺ぐこと、第二に今や大貿易黒字国となり世界の半導体を支配する韓国・台湾の通貨高を誘導すること、第三に今や貿易黒字が消滅した日本へのハイテククラスター回帰のために円安を推進すること。

4年越しの対ドル円高のトレンドが終焉したかもしれない

 年初来、円独歩安の様相である。ワクチン接種の進展、米国経済の回復がはっきりし、米国長期金利の上昇が2020年からのドル安を終わらせ、ドル高転換を引き起こしている。円は年初頭の102円台から109円台へと対ドル円安となったが、アジア通貨に対しても安くなっている。日米金利差が拡大し、2019~2020年日本人の米債投資を抑制してきたドル為替ヘッジコストが急低下し、米国国債投資の採算が改善してきている。金利差+ドル安トレンドが見えれば、Mrs.Watanabe(ミセス・ワタナベ)のドル投資が復活するかもしれない。

 しかし、より重要なのは、基軸通貨国である米国の国益から見た望ましい為替レートがどの辺にあるかの見極めである。上述の地政学的要素を考慮すれば、米国にとっての妥当レートは現在より円安、かつ人民元高、韓国ウォン高、台湾ドル高となることは明らかであろう。

 1ドル=120円になれば、日本経済の風景が変わる。先進国中で最も割安な日本の物価ががさらに安くなる[注2]。コロナ終息の後、観光客は日本に殺到するだろう。日本製品の競争力は強くなる。日本企業の海外利益の円換算益や海外子会社からの配当・技術指導料収入の増価により企業収益の増益率が跳ね上がる。需給ひっ迫、円安による日本賃金の一段の割安化により、日本で賃金上昇率が高まる。円安進行により、ただでさえ割安の日本物価は一段と安くなり、国際的一物一価水準に向けて、価格が上昇する。日本に物価上昇が定着する。

失われた20~30年間の悪循環が全て好循環に変わる

 円高下の悪循環とは、円高→日本の競争力悪化・需要低下→労働需給悪化→円建て賃金引き下げ(=ドル建てで価格競争力を維持するため)→デフレ。

 これから起こる好循環とは、円安→日本の競争力向上・需要増加→労働需給ひっ迫→円建て賃金引き上げ(=国際賃金との格差是正・優良労働力の確保)→インフレ。

 このように推論すると、米中敵対は日本経済にとって、大きな地政学的順風となる。

(注1)昨年7月23日、ポンペオ前国務長官は、ニクソン元大統領出身地カリフォルニア州ヨーバ・リンダのニクソン記念図書・博物館で、以下のように演説した。「習氏は破綻した全体主義のイデオロギーの信奉者で共産主義に基づく覇権への野望を持っている」と決めつけ、歴代政権の中国関与政策(経済的発展を支援すれば中国の民主化を促せるとするもの)は失敗したと断じた。ニクソン大統領の歴史的訪中(1972年)によって始まった50年間の対中政策が終焉したことをニクソンゆかりの地で宣言したのである。また、中国共産党の行動転換を促すため「自由主義諸国が行動するときだ。今行動しなければ、中国共産党は我々の自由を侵食し、ルールに基づく秩序を転覆させる。自由社会が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変えるだろう。民主主義諸国の新たな同盟を構築する時だ」、と呼び掛けた。

(注2)日本の物価がいかに割安かは中藤玲氏による好著「安いニッポン」日本経済新聞出版社を参照されたい。

(2021年3月22日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン277号」を転載)

配信元: みんかぶマガジン
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