(3)長期経済循環、デジタルネット革命が本格化する
イノベーションの3条件(技術、ニーズ、資本)が揃った
Covid-19はイノベーションの3条件、技術、市場(ニーズ)、資本(リスクキャピタル)を見事なまでに揃えた。すでにあらゆる人間活動をデジタルネット化する技術は存在し、潤沢な資本もあったが、ニーズが欠けていた。しかし、Covid-19は在宅勤務、在宅授業、在宅診察など、大半のビジネスと生活をネット化する緊急必要性をもたらし、一気に市場ニーズが形成された。それによりDX(デジタルトランスフォーメーション)化のトレンドが可視化され、イノベーションに先行すべく、デジタルネット革命での投資競争が展開されている。
デジタルネット市場は個人用からインフラへ
加えて、 5Gの時代が始まり、デジタルネット革命の位相が変わった。スマートフォン、テレビ、パソコンなどの個人用機器の世界需要は既に頭打ちとなり、機器需要はインフラ・ビジネスユースにシフトしてきている。
日本が強いサイバー・フィジカル・インターフェースの重要度が高まる
また、IoT、デジタルネットのアプリケーション進展とともに、従来のサイバー上のビジネスモデルから、現実世界との接点である、サイバー・フィジカル・インターフェースに焦点が下りてきている。それにより部品・素材・装置やアナログIC、パワー半導体など、日本企業の強い部分のビジネスチャンスが広がってきている。
2015年頃まで日本企業は半導体、スマホなどの量産型エレクトロニクスの分野で、韓国・中国・台湾企業にシェアを奪われ地盤沈下が続いたが、当時とは環境はだいぶ変わっている。日本は対韓、対台、対中において賃金上昇率が低く、通貨も安くなっており、日本の価格競争力は回復に転じている。
グローバルに加えて国内でもデジタル庁の新設などにより、遅れていたデジタル化を一気に推し進める趨勢にある。デジタルネット投資は長期的経済成長の波を押し上げていくだろう。
(4)超長期経済循環、労働時間の劇的短縮が消費力を飛躍させる
労働形態が多様化、労働時間は劇的減少へ
物理的な集合労働、集合教育の時代が終わりつつある、リモートワーク、フレックスワークが常態化し、労働時間が劇的に減少するだろう。それは消費力を大きく向上させるだろう。
1919年創設のILO第1号条約で謳われている、週48時間労働が100年経っても達成されていない。100年で10倍の労働生産性上昇にもかかわらず、人類の労働時間はほとんど変わっておらず、生産と消費のバランスが著しく崩れてしまった。これほど人類の技術と生産力は高まったのに、労働時間だけは、中世からあまり変わっていないことは不思議である。
過剰生産、供給力余剰、資本(=貯蓄)余剰、デフレ、ゼロ金利など、いま先進国が直面する問題の原因の多くはここにある。つまり、100年前に比べて生産性(=供給力)が著しく増加したにもかかわらず、消費の土台となる余暇が全く増加していないため、消費力が停滞していることに諸問題の根本原因があるのではないだろうか。すでにモノの消費需要は飽和点に達し、サービス消費が需要の中心になっている現在、需要を喚起するためには、一段と余暇を増加させなければならない。
長期労働は家族運営・子育ても困難にする。長時間労働で先進国へのキャッチアップを果たしてきた日本、韓国、中国などのアジア諸国で出生率が急低下している最大の原因は、長時間労働・労働形態の柔軟性の無さにある、のではないか。
Covid-19パンデミックが引き金を引いた労働編成の劇的変化は、100年分のWork Life Balance(労働時間vs.消費時間)を是正するものになるだろう。それは人間関係、組織形態をも根本的に変革していくだろう。
工業社会時代からサイバー社会時代へ
以上の諸現象はバラバラに起きていることではない。原始採集経済 ⇒農業経済 ⇒工業経済に次ぐ新たな社会ステージが、デジタルネット革命によって引き起こされ始めたとみるべきであろう。人間社会が工場制機械工業をコアとする編成から根本的に離脱し始めたと考えられよう。
それは価値創造の形態を劇的に転換させる。価値はどこから生まれるのかというと、差額地代から生まれる。異なる2つの生産条件(例えば肥えた土地とやせた土地)の下で、産出に差額が生まれた場合、肥えた土地から生まれるプラスアルファが付加価値である。そして、肥えた土地を利用するコストが、上乗せされる差額地代であった。
このプラスアルファをもたらす要素が、農業時代の土地、工業時代の機械(=資本)から、いまやサイバー上の知恵に変わりつつある。価値創造は、農業時代の土地の上でも、工業時代の工場(事務所)の中でもなく、いまやサイバー空間で行われる時代となった。最も速いスピードで技術革新が進み、生産性が高まっているのはサイバー空間である。それをもたらすサイバー上での知恵がどのような社会変化を引き起こすのか、その全貌はまだ見えないが、ここ数百年を支配した経済学と経済政策の有効性に限界が見えた時代であることははっきりしている。いま我々は人類の新時代の入り口に立っており、それは新たな夢と機会にあふれた時代である可能性が高い。
ネット化は市場原理と民主主義を徹底化させる
ネット化によりあらゆる経済資源はネット上で顧客を見出し、適切な価格で評価されることになる。ネットにより市場原理が一層貫徹し、神の見えざる手がより細部に行き渡る。つまり、市場が効率化し生産性が高まる。また、ネットで生活コストは大きく低下し所得の余剰が生まれる。その余剰所得が向かう新規支出はどこになるだろうか。ライブ、実体験、人的接触が価値を持つ時代に入っていくように思われる。また、労働と消費の境界があいまいになっている。トフラーが言ったプロシューマーが見えてきた。
(5)リスク、最大製造業国、中国の排除が始まる
非民主国家中国の排斥が底流で進行、だがバイデン政権は対中での経済的利益も追求する
2021年の最大のリスクは、中国関連であろう。情報統制により対Covid-19の初期対応を遅らせ世界的パンデミックを引き起こした原因を作ったこと、香港をはじめとした民主主義封殺と人権侵害、経済力を共産党の政治意図実現の手段としていることなど、習近平氏の中国は国際民主社会の枠からはみ出している。これをスターリン主義と呼ぶならば、世界は中国と共存できなくなる。
しかし、他方で中国は、粗鋼生産シェア55%を筆頭にあらゆる財の世界最大の生産基地である。米国の2倍の製造業市場を持つ世界最大の財需要国である。各国企業はその巨大な市場を無視しては生きていけない。この二律背反が、前者に傾けば、経済的ダメージが大きくなるリスクは無視できない。
バイデン氏の対中対応はハイブリッドで
バイデン氏は対中対応をハイブリッド=ダブルスタンダードで対処するのではないか。国防・安全保障の観点から対中制裁を強める。ただし、経済・企業利益の観点から対中関係を維持または太くする。米中対立は変わらないが、より秩序あるものになる可能性が大きい。前財務長官のヘンリー・ポールソン氏はWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)の中の論文で、「中国を凌駕するには経済力が大事、米国企業の利益を守らずして、ハイテク覇権争いに勝てず」と主張している。中国は海外企業、特に米国企業に特殊便益を与えることで、米政府の敵視政策に風穴を開けようと狙っている。ゴールドマンサックス、ブラックロックなどは中国での100%子会社設立の認可を得た。テスラも100%子会社設立という甘言に釣られて上海にギガファクトリーを建設し、中国でのEV(電気自動車)サプライチェーンの強化と、中国からの自動車輸出計画に参画している。
日本企業はルールベースの根拠(国防上の理由による取引拒否の明確化)を求めつつ、米国の2倍の規模を持つ中国の製造業市場でのプレゼンスを維持拡大するべきである。いまや各国産業の競争力は個別企業の努力を超えた、政府の優遇策に支えられる面が大きく、狡猾な対応が求められる。日本は地政学的観点からも、国際分業的観点からも、米国・中国にとって決定的に重要な国になった。日本はその有利なバーゲニングパワーを駆使するべきである。例えば、日本の毅然たる対応が韓国を窮地に陥れているが、それは日本の地政学上、国際分業上の立場が優位化しているからである。
(6)日本の有利なポジション、日本株式が世界のベストパフォーマーになる可能性
上記4循環の上昇は日本株式に有利に働く
以上のような2021年の世界経済環境は、 日本株にとっても大きな追い風となる。上述の4つの循環の波は、いずれも日本にプラスに作用しよう。
(A)日本株は世界で最も景気感応度が高く、世界的景気拡大の中でグローバル企業の業績好転が見込まれること。
(B)菅政権の改革姿勢と財政出動が評価されること、特にアベノミクスの後半に経済失速を招いた緊縮財政路線(消費税増税とプライマリー財政赤字削減)が棚上げされ、73兆円補正予算に代表される大規模な財政拡大路線に転換していることは、外国人投資家を引きつけるだろう。MMTは本来、日本に最も必要なことであったが、ようやく実現した。MMTは日銀の政策自由度を復活させる。
(C)デジタルネット化の主戦場になるとみられる、サイバー・フィジカル・インターフェースは多様な技術基盤を持つ日本に有利。
(D)家父長的関係が残り、同調圧力が色濃く残っている日本の働き方、企業組織はデジタルネット化で変革を余儀なくされる(日本の弱点が改革される)、など。
グローバル投資家は日本株式の比重引き上げに着手した
昨年11月の急騰、12月末の急騰など、日本株式のパフォーマンスは欧米市場を凌駕している。また、特に米国大統領選挙を前後して米国株式が大きく乱高下した中で、日本株式には押し目らしい押し目がなく、突出した安定性が続いている。日本株式を鉄火場にしていたボラティリティはCovid-19以降、先進国中で最も低くなった。日本株式を投機の素材として扱う裁定ポジションが大きく低下したままなのである。
また、ドル安が進行しているが、対日本円ではドルの下落はごく限定的、韓国、台湾と比し円高はマイルドである。そもそも日本株は割安、かつ企業の財務安定性が強固で、いつ見直し買いが入ってもおかしくない状況にあった。その超割安是正の株式バリュエーション革命が、Covid-19後に展望される世界同時好況をきっかけとして起き始めているのかもしれない。
2000年代3度目の急騰場面に
2000年代以降の3回目の上昇相場が始まっている可能性が濃厚である。2005年8月から始まった小泉郵政解散相場は、最初の5カ月(2006年1月まで)で42%の上昇となった。2012年11月から始まったアベノミクス相場は、最初の6カ月(2013年5月まで)で66%の上昇であった。今回が2000年以降、3回目の大相場とすれば、菅政権成立時、2020年9月2万3000円を起点として、30%上昇なら3万円、40%なら3万2200円、50%上昇なら3万4500円が視野に入ってくる。
(2021年1月1日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン269号」を転載)
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