・エーザイ <4523> の統合報告書(2020年度)を読んで、10月に開催されたESGに関する意見交換会にZoomで参加してみた。
・統合報告書の重点内容について、各責任者から15~30分ずつ報告がなされた。1)COVID-19(新型コロナ感染症)への取り組み、2)企業理念を知識創造に結びつける実践、3)人財のイノベーションと働き方改革、4)SDGs達成に向けた取り組み、5)ESGのみえない価値をいかに見える化するか、という内容であった。
・今回の統合報告書はとりわけよくできている。企業価値向上に向けた経営とは、こういうことをやるんだ、とわかる。投資家としては、企業価値評価に当たって、企業のどこをみていけばよいかを、本レポートで学ぶことができる。特に興味を持ったことをいくつか取り上げてみたい。
・エーザイといえば、認知症薬で世界のトップを走っているが、COVID-19にも役立ちそうな治療薬にも急遽取り組んでいる。別の目的に開発していた薬(エリトラン)が肺炎の重症化を防ぐことに役立つかもしれない。
・エーザイにとってのマテリアリティ(重要課題)は何か。課題の特定、優先順位、前年度からの変更点などをマトリックスにまとめている。横軸がエーザイの事業にとってのインパクトの強さ、縦軸が長期投資家にとっても関心の強さ、として表示した。
・「革新的な医薬品の創出」が最も重要な項目であるが、「医薬品の提供にとどまらないソリューションの提供」も重要な関心事である。認知症は簡単には治らない。とすれば、認知症にならないようにするにはどうしたらよいのか。そのエコシステム作りにも取り組んでいる。
・脳の健康度(ブレパ:ブレインパフォーマンス)は、定期的な運動やバランスのよい食事など、生活習慣の見直しによって保つことができる。ブレパ低下のリスクを減らす予防行動や認知機能のチェックを、もっと一般化させていく必要がある。
・新しい習慣を作っていくためには、乗り越えるべき溝(キャズム)がある。このキャズムの解消には、医療領域だけではなく、日常生活領域における行動変容を促す必要がある。
・エーザイの認知症プラットフォーム「easiit」は、認知症の治療薬だけではなく、生活を見直す社会イノベーションも目指している。これを内藤執行役CDO(チーフデジタルオフィサー)が担っている。
・認知症は、薬だけでは解決できない。薬剤以外のソリューションもありうる。GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)などのメガプラットフォーマーがビックデータをもって、ヘルスケア領域に参入してくることも想定される。
・そこで、エーザイは独自の認知症プラットフォームを作ろうとしている。この構想が興味深い。すぐに儲かるわけではないが、新しいソーシャルイノベーションへの挑戦である。内藤社長の長男がそれをリードしている。
・新しい知をどのように創っていくのか。野中教授のSECI(セキ)モデル(共同化→表出化→連続化→内面化)をベースに、エーザイのhhc(ヒューマン・ヘルスケア)理念を共同化において、30年実践している。つまり、社員一人一人が、患者に実際に寄り添って、直接の体験を通して、患者に共感して、暗黙知にふれていく。ここから社員の働く意欲を汲み上げていく。
・新しい知を、どのようにビジネスモデル(価値創造の仕組み)に創り上げていくのか。直接体験し、対話を通して考え、それを1つの仕組みとしてまとめ上げ、ビジネスモデルとして実践する。
・ビジネスモデルの構築は、どの企業でもやっていることで、それぞれの企業には固有のやり方があり、それがカルチャーになっていることも多い。エーザイでは、hhc理念をまさに知の創造で実践している。
・では、そのようにして作り上げた見えない資産(ESG)を、いかに見える化していくのか。柳CFOが実証的な分析を行っている。エーザイの内部データを使って、ESGが本当に企業価値の向上に結び付いているかどうかを、統計的に検証した。学問的実証としても、高く評価される内容である。
・まず10年平均のROEが資本コストを上回っていれば、本当の価値創造企業といえると自らを定義する。医薬品の開発には長期間を要するからである。実際、資本コスト(リスクフリーレート2%+リスクプレミアム6%)を8%として、過去10年の平均ROEは11.1%であった。よって、その差(エクイティ・スプレッド)は3.1%である。財務的な価値を産んでいると評価できる。
・では、ESGの価値はどこに表れているのか。PBR = ROE × PERという関係式において、もしROEが8%で、PERが15倍であればPBRは1.2倍となる。PBRが1.0を下回っているということはバランスシートの簿価以下の価値しかないことになる。
・よって、PBRで1.0倍を上回っている部分がバランスシートには出てこない非財務資本(ESG)であると理解できる。そこで、エーザイのPBRとエーザイのESGと示すKPIとの相関を重回帰分析した。100弱のESGのKPIについて、10年のデータをサンプルとして分析した。
・そうすると、人財に関するKPIやR&D費について、正の相関が認められた。柳CFOによると、人財投資を行うと、5年の遅延効果をもって企業価値に効いてくる。女性管理職は7年後に寄与してくる。さらに、R&Dは10年後にタイムラグをもって効いてくることがわかったという。
・分析を通して統計的に有意となった変数をみると、その関係式から感度が分かる。例えば、① 人件費の投入を1割増やすと、5年後のPBRが13.8%向上する。② R&D費を1割増やすと、10年超でPBRが8.2%拡大する。③ 女性管理職を1割改善(8% から8.8%)すると7年後にPBRが2.4%上がる。④ 育児時短勤務制度利用者を1割増やすと9年後のPBRが3.3%向上する。
・つまり、エーザイのESGを示すKPIは5~10年の遅延浸透効果で、エーザイの企業価値を各KPIで500~3000億円上げることが示唆されると分析した。
・確かに、これを画期的である。あくまでエーザイがhhc理念に基づく経営を実践してきた中で、この10年のデータを使って分析した。そこで一定の正の相関を示すデータが得られた。これはエーザイ固有の結果である。それでも、長年先駆的な価値創造を実践してきた会社において、ESGが企業価値向上に結び付いているということを、具体的なKPIを使って統計的に実証した。
・通常われわれは、定性的に尤もらしい因果関係を語る。例えば、多様性を図れば、人材の活用が進み、それが組織の能力を高めて、企業価値の向上に結びつくはずである、と。一般論としては、そうであるとしても、どのように実践しているのか、それが成果として出ているのかとなると、よくわからないことも多い。
・エーザイでは、統合報告書でその内容を紹介した。多くの企業にとっても、ESGが企業価値向上に結びつくことの励みとなろう。但し、本当に実践すれば、という条件がつく。実践して、データで検証できるような成果を期待したい。投資家はそこを見抜いて、長期投資に活かしたいと願っている。
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