―バブル説は誤り、将来の政治リスクには留意を―
(2)米国株バブル説、なぜ誤りなのか
メディアで乱舞する米株バブル説
資産価格上昇がこれまでの米国経済を支えてきたことは明白だが、その中心にある株価がバブルで、持続性はないとの根強い警戒論がある。これは誤解に満ちた、しかしメディアではむしろ多数派の議論なので、その誤りをきちんと指摘しておくべきだろう。例えば吉川洋、前東大教授・立正大学学長、山口廣秀元日銀副総裁・日興リサーチセンター理事長は、米国株式はバブルで、2020年にかけてそれが崩壊しリーマンショック以上の打撃が起こる可能性があると主張している(週刊ダイヤモンド「高まる米国の金融リスク」2019年9月21日号)。1).金融緩和がバブルを醸成した、2).株価・住宅価格・商業用不動産でバブルが形成されている、3).企業債務対GDP比でリーマンショック前を超えている、と述べている。毎日新聞では山田孝男特別編集委員が名物コラム風知草で山口氏の議論を「世界バブル破裂?」と紹介している(11月4日)。
過去の常識では、割高に見えるが
一見確かに株価は高いが、理論株価から著しく乖離しているとも維持不能ともいえない。むしろ他の金融資産に対して(特にバブル化と言える債券に対して)著しく割安との評価もできる。米国における各金融資産のリーターン推移を比較すると、株式のそれが国債や社債に対して突出して高く、株式が割安であることが分かる。
また、国債利回りと株式益回り(SP500)の推移を辿ると、1970年からリーマンショック直前の2007年までほぼ連動していたものが、2009年以降、金利低下に益回りが追随して低下せず両者の乖離が著しく広がっていることが分かる。つまり、債券と株式の間の裁定的投資が行われなくなり、株式が恒常的に割安化しているのである。両者の乖離は、1).金利の上昇(債券価格の下落)か、2).株価の上昇(益回りの低下)か、3).2つの同時進行、によって埋められざるを得ず、(大不況による利益の著減を想定すれば別だが)株価下落との結論はどこからも出てこない。
金利低下によりPERは上昇して当然
先の吉川氏、山口氏の論文や、山田氏のコラムで米国株式バブル説の絶対的根拠とされるのが、シーラー教授のCAPEレシオ(インフレ調整後の10年移動平均利益に対する株価倍率)。だが、これが「ノーベル賞をもらったバブル研究の大御所」の指標による「完全にバブル」(山田氏)を示しているとするのは、強引すぎると考えられる。「25倍を超える水準は持続可能ではなく、必ず下落している。」(前掲吉川、山口論文)とする結論も、強引すぎると言えよう。大恐慌時以来、初めてCAPEレシオが25倍となった1995年12月以降、2019年10月までの287カ月のうち196カ月(全体の68%)が25倍以上のバブルテリトリーなのである。株式が金融資産であり、金融資産の価値を計る物差しが長期金利(10年国債利回り)であるとすれば、金利低下が妥当なPERを引き上げることは論を待たない。歴史的事実は、長期金利15%の時の益回りは15%(1980~1981年)であったのであり、長期金利が大きく低下した1995年以降、PERが上昇するのは当然、高PERが新常態とみるべきであろう。
株式不人気の下での株高
株式がバブル(=持続不能)であるかどうかは、投資家の楽観・熱狂の度合いで第一義的に判断されるが、その点で最も株価に楽観的な米国においてさえ、人々は慎重である。リーマンショック以降の10年間、米国国内の投資主体、米国家計、年金、保険、投信はすべて米国株式を売り越してきた。米国株式に対して、国内投資家は著しい慎重姿勢を維持し続けてきたのである。唯一企業の自社株買い(10年累計3.9兆ドル)だけが株式を買い上げてきたのである。
米国投信とETFの2016年以降の累積投資を見ると、資金流入はもっぱら債券投信であり、株式投信に対しては全く入っていない。また、今年に入り待機資金は大きく積み上がっている。MMFへの資金流入は1~10月累計で5000億ドルと過去最高レベルの流入となり、10月末の残高は3.4兆ドルと、2009年リーマンショック時に並ぶ過去最高水準となった(ウォール・ストリート・ジャーナル11月6日)。弱気心理の大きさを物語っている。この環境下で金融緩和による新規マネーの増加と自社株買いによる株数の減少が進展するのであるから、バブルどころか株価急伸の条件が揃っていると言えよう。
株価下落の引き金が見えない
もちろん当面株高が期待できるとしても、それはいずれ止まり、場合によっては急落する可能性は排除できない。想定される急落の引き金は、政治・地政学的ショックを除けば、1).景気悪化と企業収益の減少、2).インフレ高進による金融引き締めの二つであるが、どちらも可能性は小さい。現状では循環的景気悪化が起きにくくなっている。
前掲の吉川・山口論文では、企業の債務増加を心配しているが、インタレストカバレッジは懸念するレベルにない。自動車や消費者ローンの延滞比率が上昇しているが、家計債務全体としては抑制されており、これも心配ない。両氏はまた住宅バブル再燃という懸念も挙げているが、それも杞憂である。リーマンショック以降の住宅供給の抑制が住宅需給をひっ迫させ、空き家戸数は10年間減少し続けている。住宅価格の上昇は賃料の上昇の範囲内にとどまっており、今のところ心配するには及ばない。
ただ、米国の労働分配率が上昇しており、それが賃金インフレと企業収益圧迫を引き起こさないかどうかは注意深くモニターするべきであろう。
(3)株式資本主義新時代、との見方も可能かもしれない
財務悪化より株高を志向する米国企業財務戦略
以上のように詳細に検討すると、米国株式は未だバブルというにはほど遠いことが明らかになる。とはいえ、米国株式の現状は各国比較でも、歴史的推移から見ても、著しく高い水準にあることは否定できない。PERとPBR推移の各国比較をみると、米国のバリュエーションは突出して高い。特にPBRは日本のほぼ3倍、欧州のほぼ2倍となっている。
米国の株高は、企業の株価本位の財務戦略と強く結びついている。米国企業は、内部留保を吐き出し自社株買いを実施し、それが株式需給の好転とROEの上昇につながって株価が上昇する、という戦略である。上述の米国企業の債務の増加(=高レバレッジ化)も、株価本位の財務戦略の結果といえる。米国企業の財務バランス悪化を伴う株価本位政策が正しいか、誤りか。マクロ経済の観点では、企業の余剰が家計に還流することで、健全な資金循環が保たれており、米国企業の株価本位政策は望ましいといえる。しかし、米国企業の高レバレッジ体質は次期の景気後退場面で、金利上昇と企業収益悪化が起きた時の耐久力を犠牲にしているともいえる。その評価は1~2年以上先の次期リセッションを待たなければ、結論はつかないといえる。
株式資本主義時代なのかもしれない
それにしても、米国株価/GDPは歴史的に見ても、著しく高い。日米の株式時価総額の対名目GDP比や、日米の債務・株式の対名目GDP比の推移から、米国株式がバブルと断定したくなるのも無理はない。
しかし、これがバブルでないとしたら、それは金融の中心に株式が座る、株式資本主義時代の到来と言うべきなのかもしれない。金融の機能が、信用創造による購買力の創出にあるとすれば、その手段はもはや銀行貸し出しではない。その手段は株式を中心とした資産価格の上昇以外には考えられない。リーマンショック以降、米国経済が先進国の中で突出した成長を続けられたのは、株高による需要創造が寄与したとも言える。
米国が経済社会総体として推進する株価上昇とは、新たな金融レジームの始まりと考えるべきかもしれない。
政治のリスク、はある
産業革命により供給力が恒常的に増加する時代においては、いかにそれと軌を一にして需要創造するかが、喫緊の課題となる。株価上昇による新たな購買力の創造か、政府の介入による需要創造か、その選択は政治が決める。
これまでの株価を中心とした経済政策と資金循環に対しては、格差を拡大させるという批判があるが、それは一理ある。例えば急進的なエリザベス・ウォーレン氏が大統領となれば、株式を中心とする政策軸の大転換が実施され、株式市場は短期的に大きな打撃を受けるかもしれない。想定される最大の株式投資リスクであろう。
(2019年11月8日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン238号」を転載)
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