宥和姿勢強まるトランプ外交
トランプ政権の外交スタンスが、大統領選を1年後に控え、選挙モードになる中で変質しつつあるようだ。それまでの圧力一辺倒、強硬なタカ派のトランプ氏が協調主義の色彩を強めている。ディールメーカーとしての特質が前面に出てきている。安全保障面では、担当補佐官ジョン・ボルトン氏を解任した。ボルトン氏は完全非核化まで制裁を解除しないというリビア方式を主張し、北朝鮮から名指しで批判され続けていた。このボルトン氏の更迭により、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮の意に沿うもの、トランプ政権の当初からの基準であったCVID(検証可能不可逆的完全非核化)は事実上棚上げされた形である。米国の脅威にならない中短距離ミサイル保有は容認とのスタンスであろう。トランプ氏は成果を急ぐあまり、タリバンとの会談設定、無条件でイラン大統領と会うと述べるなど、無原則の譲歩の恐れが指摘されていた。ボルトン氏の退陣で無原則譲歩の歯止めがなくなった、との懸念が指摘されている。
対中貿易戦争、一時休戦の可能性
対中貿易政策に関しても、合意を勝ち取るために譲歩を多用する兆しが出ている。これまでファーウェイ制裁や相次ぐ関税引き上げを打ち出して来たが、その実施時期を遅らせるなどの譲歩もちらつかせている。トランプ大統領は9月11日、中国が打ち出した報復制裁に反発して、2500億ドル分の対中輸入関税をこれまでの25%から30%へ引き上げると発表していたが、その実施時期を当初の10月1日から10月15日に延期した。また米USTR(通商代表部)は、9月1日からの発動が表明されていた残り3000億ドル分の10%関税について、一部品目を12月15日に延期すると発表している。
威嚇と譲歩はトランプディールの常とう手段
こうしたトランプ政権の姿勢軟化に、民主党支持者であるジョージ・ソロス氏はWSJ紙上(9月10日)で懸念を表明している。トランプ政権は昨年、北朝鮮・イラン制裁に違反したとして中興通訊(ZTE)にペナルティを課したが、対中通商合意のための譲歩として、ペナルティを撤回した。現在2019年の国防権限法で名指しされたファーウェイ制裁を撤回すべく、国防権限法の修正案が共和党議員によって提出されている。トランプ氏は再選の可能性を大きくするために、株高と米国経済の下支えを優先させる危険があり、対中通商合意を急いでいる。合意のための米国側の譲歩としてファーウェイ制裁が解除されれば、それは独裁国中国にAI技術の覇権を許し取り返しのつかないことになる、との警告である。トランプ氏がファーウェイ制裁の全面解除をするとは考えられないが、安易な妥協の可能性は捨てきれない。
これらはディールメーカーとしてのトランプ氏の本質が露呈したものとみることできる。大言壮語、威圧、恫喝、センセーショナルな言動や、時にはお世辞を繰り出す変幻自在さは、トランプ氏の常とう手段であった。トランプ氏は大統領選の時からまるでビジネス取引(ディール)をしているかのように振舞ってきたが、トランプ外交はまさにその延長上にある。外交、安全保障の分野では、建前理想主義をかなぐり捨てて米国の国益優先を露呈させた。国際機関への批判、軽視、二国間取引手法、その手段としてディールが多用されるようになった。トランプ氏の本質がディールメーカーであるとすれば、そもそも最初から合意形成がゴールとして存在している。そのための恫喝も譲歩も想定される一連の流れとして理解するべきなのかもしれない。ディールは不動産業でのし上がったトランプ氏の得意技、最も有利な合意を実現するための手練手管である。
市場と経済にとっては好材料
こうしたトランプ氏の変化は当面の経済や市場にとっては、歓迎されることであろう。米中合意の進展、貿易戦争の休戦がなされれば、株価は大きく反発するだろう。中国サイドでも国内景気指標が底割れ症状を呈しており、貿易休戦の必要性は高まっている。10月の国慶節と建国70周年式典、4中全会というイベントを通過した後は、通商合意へのアクセルを踏み込む可能性がある。10月の米中閣僚級協議に際して大豆、豚肉など米農産品購入の拡大や、米側が強く求める市場アクセス、技術移転強制、知的財産権保護などで一定の譲歩をする可能性がある。
11月16、17日のチリでのAPECサミットでは、トランプ・習会談が実現し、貿易休戦が実現するかもしれない。それは大統領選挙でのトランプ政権の成果となる。経済心理の好転が、経済ミニ循環の底入れをもたらす可能性は十分にある。その場合、日本株式の反発は特に大きくなるだろう。
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