窪田製薬HD Research Memo(5):視機能の再生を図る画期的な遺伝子治療薬は2022年の臨床試験入りを目指す

配信元:フィスコ
投稿:2019/09/17 15:05
■主要開発パイプラインの概要と進捗状況

4. 遺伝子治療(網膜色素変性)
窪田製薬ホールディングス<4596>は2016年4月に英国マンチェスター大学と、網膜色素変性を含む網膜変性疾患の治療を対象とするオプトジェネティクス(光遺伝学治療)の開発権、並びに全世界での販売権を得る独占契約を締結した。オプトジェネティクス技術は、生存する網膜細胞のうちオン型双極細胞(視細胞から情報を受け取る細胞)をターゲットにヒトロドプシンを遺伝子導入(注射投与)することで、光感受性を持つタンパク質(ロドプシン)を発現させ、視機能を再生させる遺伝子療法となる。

網膜色素変性は遺伝性の網膜疾患で、4,000人に1人が罹患する稀少疾患であり、患者数は世界で約150万人※1、日本では2万人強(難病指定)※2と推計されている。光の明暗を認識する杆体細胞が遺伝子変異により損傷されることで、初期症状として夜盲症や視野狭窄、視力低下などを呈し、時間経過とともに色を認識する錐体細胞の損傷による色覚異常や中心視力が低下、最終的には失明に至る。幼少期より視力低下が進行するケースでは、40歳までに失明する可能性がある。また、網膜色素変性の発症原因となる遺伝子変異の種類は100種類以上あり、現段階で有効な治療法が確立されていないアンメット・メディカルニーズの強い疾患となる。

※1 Vaidya P, Vaidya A(2015) Retinitis Pigmentosa: Disease Encumbrance in the Eurozone. Int J Ophthalmol Clin Res 2:030
※2 日本眼科学会によれば、国内では10万人に18.7人の患者がいると推計されている。


同社はオプトジェネティクスの開発を進めることで、社会的失明(矯正視力0.1未満)とみなされている患者の視機能回復を目指している。マンチェスター大学におけるマウスを使った実験によれば、オプトジェネティクスで治療したマウスが、スクリーンに投影された襲いかかろうとするフクロウの映像に対して、正常なマウスとほぼ同じ距離の回避行動的反応を示すなど、網膜が持つ視機能のうち光受容の機能が回復したであろうことが確認されている。

遺伝子治療の開発では、目的のオン型双極細胞(光感受性を持たない細胞)までヒトロドプシンを送り届けるためのウイルスベクター※1のほか、プロモーター※2、カプシド※3の最適化を図ることが重要となる。このため、同社は遺伝子デリバリー技術で数多くの開発実績を持つシリオン(ドイツ)と2018年1月に共同開発契約(2年間)を締結し、効率よく治療用ウイルスを運ぶための新規の組換えアデノ随伴ウイルスベクターの開発を進めているほか、プロモーターではサーキュラリス(米国)とも共同開発を進めている。その他にも複数のアカデミアと協業しながら、遺伝子のオン型双極細胞への導入効率やロドプシンの発現量の向上など、治療効果を最大化するための研究開発を進めている。

※1 治療する細胞に治療遺伝子を導入するために利用されるウイルス。
※2 ゲノムから遺伝子の転写が行われるときの、転写開始部分として機能している領域のことを指す。
※3 ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻のことを指し、ウイルスゲノムを核酸分解酵素などから保護し、細胞のレセプター(受容体)への吸着に関与している。カプシドはウイルスが細胞に侵入後、細胞またはウイルス自身の酵素によって取り除かれる。


開発スケジュールとしては、ヒトロドプシンやウイルスベクター、プロモーター、カプシド等の最適化作業を2019年中に完了することを目指していたが、現状はやや遅れ気味となっており2020年にズレ込む見通しとなっている。このため、CMCプロセスの確立と非臨床試験の開始時期は2021-22年、IND申請は2022年とターゲットを1年先送りしている。開発スピードはやや遅れているものの、着実に前進しているものと思われる。

現在、オプトジェネティクスの開発では複数のベンチャー企業やアステラス製薬等が臨床試験を行っているが、同社の開発する技術は遺伝子変異の種類に依存しないこと、また、ヒト由来のロドプシンを使っているため他のタンパク質よりも高い光感度が得られることが期待されるほか、炎症反応も最小限に抑えられると考えられ、薬理効果や技術的な競合優位性は高いと見られる。同技術の開発に成功すれば、失われた視機能が回復する画期的な技術として世界的に注目を浴びるものと予想される。

なお、眼疾患領域の遺伝子治療薬では2017年12月にSpark Therapeutics Inc.(米国)の「ラクスターナ」※が遺伝性網膜疾患(稀少疾患)向けに米国で初めて販売承認され、両目で85万米ドルの高薬価で販売されたことが話題となった(現在までに30例程度の治療が実施されたもよう)。国内でも2019年3月に参天製薬<4536>が遺伝性疾患に関する遺伝子治療薬の研究開発を開始したことを発表するなど、眼科領域においても注目度が上がってきているだけに、今後の同社での開発の進展が期待される。

※アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療薬で、両アレル性RPE65変異を伴う網膜ジストロフィー患者の治療に適応される。2018年1月にノバルティスが米国外における開発・販売ライセンス契約を締結した。Sparkについては2019年6月までにロシュが48億米ドルで買収を完了している。



宇宙飛行士向け眼疾患診断装置は2022−2023年を目途に開発を進め、「PBOS」の機能拡張にも期待
5. NASAとの小型OCT開発受託契約
同社は2019年3月に、NASAの関連機関であるTRISHと小型OCTの開発受託契約を締結したこと、及びCEOの窪田氏がNASAより有人火星探査を含むディープスペースミッションのPrincipal Investigator(研究代表者)に任命されたことを発表した。これにより、同社は有人火星探査において宇宙飛行中にリアルタイムで網膜の状態を計測できる携行可能な小型OCTの開発を開始している。

今回の共同開発契約は、長期的な宇宙飛行を経験した宇宙飛行士の約63%が、視力障害や失明の恐れがある神経眼症候群を患っているという研究報告※をもとに、宇宙飛行が眼領域に与える影響を研究することが目的となっている。現在、国際宇宙ステーションで使用されている市販のOCTは据え置き型で、耐放射線性がないため、宇宙飛行時の使用には適していなかった。同社が「PBOS」の開発を行っていたことから、NASAより開発の打診があったようだ。

※かすみ目や眼球後部平坦症、視神経炎症等の眼疾患症状が報告されている。


開発フェーズは3ステップに分かれており、第1フェーズのミッションは、視神経の形状を高解像度で測定するための装置の開発となる。現在、同社とスイスの精密光学機器メーカーを含めた複数社でグローバルなバーチャル開発チームを作って開発をスタートさせており、同社からは2人が同チームに参画している。第2フェーズでは、同装置を用いて、どのような画像解析を行い宇宙飛行に起因する眼疾患の検証を行っていくか、といった運用上必要となる要件定義を固める工程となる。最終の第3フェーズでは、実際に宇宙飛行環境において使用可能な装置の開発を行う工程となる。宇宙放射線被ばくに対する耐久性を持ち、かつ無重力環境下で宇宙飛行士自身が操作できるハードウェアの開発に取り組み、2022-2023年の完成を目指している。

なお、開発に要する費用はTRISHを通じてNASAより全額助成され、2020年から事業収益として計上される見込みだ。同契約が業績に与える影響については軽微と考えられるが、NASAとの共同開発契約を発表したことで同社の認知度が向上するだけでなく、宇宙飛行向け小型OCTの開発に成功すれば、同社の技術開発力に対する評価も高まり、今後世界での販売展開を目指している「PBOS」にとっても大きなプロモーション効果になると考えられる。また、今回のプロジェクトで蓄積したノウハウをベースに「PBOS」の機能向上につなげていく考えだ。適応疾患が緑内障患者まで拡大できる可能性もあり、今後の動向が注目される。

(執筆:フィスコ客員アナリスト 佐藤 譲)

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