~ベアマーケットの始まりではない、一時的調整はよい買い場~
(1) 前例のない株価急落
櫻井(武者リサーチ):突然の市場崩落が、今年に入って2月と10月の2回も起こりました。10月は月初から米国株式は10%、日本株式は14%の下落となった。本日はこの株価急落をどのように考えたらよいのか、その道30年のベテラン、信託銀行、生命保険会社などでファンドマネージャーや調査担当を経験され、今相場研究家として独立されている市岡繁男さんをお招きし、武者さんと徹底討論をしていただきます。この間の市場急落の顛末と特徴をご説明ください。武者さんいかがですか。
武者:この10月の株価下落はファンダメンタルズを見ている多くの人々にとっては青天の霹靂という驚きの下落だったと思う。10月単月で最初と最後を比較した値下がりは日経で2,200円に達しました。これはリーマンショック以来最大の下げ幅と言われています。下落率が9.1%というのは2016年6月のBrexitの時、一時的に9.6%と言われているので、それに次ぐもの、幅にしても率にしても驚くべき下落であった。その原因があまりはっきりしない、正体が分からないから益々恐怖心をかきたてて、人々は狼狽しました。この動きをどのように解釈するべきか、が問われる。
今回の10月の下落の特徴として、まず第一は世界的な株価下落ですが、かなり各国間のギャップが大きいということ、アメリカの株価は依然として年の初めに比べればプラス、日本は1割下落、ドイツや韓国は15%、中国は3割くらいの下落と国ごとに格差が大きい。それからもう一つの特徴は、普通株価が下がるときには、他の金融資産も大きく動くが、今回の市場波乱は株式市場だけにとどまっていて、他に波及していないということ。株価が下落すると必ず起こるのは円高だが、今回はドル円レートが111円、112円と殆ど動いていない。もう一つはクレジット・リスクプレミアム、通常人々が危機意識を高める時には株式と同様にリスクのある債券である社債が値下がりする。なぜかと言うと景気が悪くなって企業が破綻するとか、利益が出なくなって借金が返せなくなるというリスクが高まるから体質の悪い企業に求める上乗せ金利をリスクプレミアムと言いますが、それが大きく上がる。リスクプレミアムの歴史的な推移をみると、図表8はアメリカのトリプルBの社債のリスクプレミアムのグラフですが、リーマンショックの時には1929年のアメリカの大恐慌の時よりもっと上昇した。その後危機は沈静化しましたがリーマンショック以降の長期的な経済拡大の中でも一時的にマーケットが動揺した時期はありました。例えば2011年ユーロ・ギリシャ危機、2015~16年チャイナショック、そういう時にはリスクプレミアムは上がる。ところが今回は2月も10月もほとんど上がっていない。今回の下落は株式市場に限られていて全般的な金融市場の動揺にはなっていないという事が注目される。
(2) 巻き起こる悲観・警戒論・・・ファンダメンタルズは株価急落を正当化するか
櫻井:これほどの突然の暴落、日経平均で見て単月での高値から安値への3000円の下げは2008年のリーマンショックの時以来といわれていますね。これほどの急落が起きたからには、ファンダメンタルズに深刻な根拠があるに違いない、との見方が台頭している。市岡さんはどのようにお考えですか。
市岡:私は今回の急落は起こるべくして起きたという面があると思う。最も注目するべきなのは米国長期金利の上昇である。図表3は米国10年国債利回りとその10年移動平均、株価の推移を示したもの。赤いラインがアメリカ10年国債の利回り、緑が10年移動平均、グレーが株価であるが、過去を振り返ると10年債利回りが10年移動平均値に近づくと必ず何か危機が起こっている。1987年ブラックマンデー然り、1994年メキシコ金融危機(テキーラ・ショック)然り、2000年のITバブル崩壊然り、2008年のリーマンショック然りである。今回はそれに次いでいる。もっともすべてが深刻な金融危機に結びついていたわけではない。メキシコ金融危機の時は、株価の下落は2か月で10%と小幅で、危機はほどなく収束した。アメリカのファンダメンタルは問題がなく、金融危機は海外にとどまった。
それではなぜ、今、10年国債利回りの10年移動平均を問題にするのか、を説明しよう。機関投資家はほぼ毎週国債を買う。520週(=10年)毎週毎週買った平均が10年移動平均値になるわけで、それは機関投資家の平均コストといえる。それが今2.5%、一方、現実の金利は今日は3.15%位(対談日は11月1日)。一時3.23%をぬけたという事で、保有債券の含み益がなくなり、含み損状態に陥ったのである。そうなると機関投資家はリスクオフという形になって資産を減らす動きが出てくる。
それを示すグラフ(図表4)を紹介しよう。赤いラインがアメリカの銀行株指数、黒いラインがアメリカの10年国債の利回りであるが、5月にも10年国債利回りが3%をぬけた。だがその時は株価は平静であったが、今回9月下旬3%を超えた途端に銀行株指数が下落し始め株式市場も銀行株が売られたという構図である。図表5(米国10年国債利回りと銀行の証券含み損益率推移)も注目される。赤いラインがアメリカの大手銀行が持っている証券の含み損益率である。含み損益率とは保有証券の含み損益額を純資産で割ったもの。現在含み損益率は3%、つまり自己資本の3%が棄損している状況である。過去がどうだったかを振り返ると、ITバブルの崩壊時、リーマン危機の直前いずれも、含み損率が3%ラインを超えたときに起きており、これは結構深刻なシグナルである。私はこれを見て株価が調整し始めたと思っています。
櫻井:それでは武者さん市岡さんのご指摘に対してコメントをお願いします。
武者:今の市岡さんの分析は、殆どの人が知ることがない新鮮な指摘で、なるほどこのようなリスクもあるのか、とあらためて感じた。長期金利の上昇によって銀行が今持っているポートフォリオの中身が悪化し、それが結構な規模になっていることはその通りだと思う。しかし、それが市場や経済にどれほど大きなインパクトがあるのかに関しては、今のところ深刻な状態とは言えないのではないか。アメリカの金融機関のバランスシートはリーマンショック後の相次ぐストレステスト以降かなり健全化している。それは融資資産に関してで、債券保有のマイナスはカバーされているのではないか。中央銀行FRBも当然モニターしているはずであるが、危険とのメッセージは出されていない。今直ちにアメリカ銀行のバランスシートが悪化し、それが原因で貸出圧縮とか信用の悪循環が始まるリスクがあるとは考えられない。また長期金利が上昇すると、銀行にとっては貸出金利が上がるので、利ザヤが改善するというプラス面もある。持っている資産の中身が悪くなる一方、利益が出やすくなる。
重要なのは、3%まで上昇したアメリカの長期金利のレベルが経済全体の中でどのようなレベルなのか、金利水準を見るのは実際の景気との兼ね合いでどうかと言うのが大事である。図表6は米国10年国債利回りと名目経済成長率を表したもの。名目経済成長率とは経済の果実、果実を得る為のコストが金利、果実とコストの兼ね合いが重要な視点であるが、今のアメリカの名目経済成長率は6%近くに上昇、景気が良い。他方で長期金利は3%強まで上昇しているが、実体経済との関係で見れば今の金利水準は依然として十分に低いと言える。過去にさかのぼって見ると1980年代、90年代のアメリカの長期金利は名目経済成長率とほぼ同じレベルにあった。ここ10数年、景気がいいのに金利が上がらなくてグリーンスパンFRB議長が謎だと言っていたことが起きた。理由ははっきりわからないが、企業にとってはビジネスは好調なのに金利が低いという、非常に利益が出やすくリスクを取りやすい環境が続いてきた。金利が3%を超えた現在もこの関係は大きく崩れてはいない。まだ深刻なレベルに行っていないように思う。とはいえ、来年、再来年と金利上昇が続き4、5%を超えてくるとリスクの連鎖が起こり得る。警戒心をもってウォッチし続けるポイントであると思う。
櫻井:市岡さん、武者さんのコメントに対していかがですか?
市岡:アメリカに関しては全くその通りだと思います。アメリカの銀行企業業績は悪化していない。図表7は日本アメリカヨーロッパの銀行株指数 リーマンショックの安値を100としてそれぞれ対比したもの。赤日本・黒ユーロ・青がアメリカ。アメリカの株はリーマンショック以降6倍になり今下がったと言ってもまだ5倍と高水準です。それに信用スプレッド(トリプルB格社債と10年国債の利回り格差)は危機の時には拡大して信用状況が悪化するのだが、今回は全然広がっていない。アメリカについてはあまり心配はないのではないか。
しかし、94年メキシコ金融危機の時には米国株はほとんど動揺しなかったが、新興国に問題がでてきた。今はそのパターンではないか。図表7に見るように、ユーロ圏の銀行株価は、リーマンショック時の大底(100)から現在は109と全然上がっていない。ここに本当の問題が隠されているのではないかというのが一点。もう一点は中国である。
まずヨーロッパの方は、イタリアでポピュリスト政権が誕生し、予算の問題でEU当局と対立が引き起こされている。その結果ドイツとイタリアの金利差が拡大し、2011年のギリシャ危機のレベルまで高まってきている。さらに金利差は、イタリアの次にスペインとドイツとの間で拡大し始めている。何故スペインが問題なのかと言うと、スペインがブラジル、アルゼンチン、メキシコ、チリ等の対外債務、通貨不安が高まっている諸国に対して、圧倒的な貸し出しシェアをもっているからである。少し前に債務問題がクローズアップされたトルコに対しても同様である。中南米諸国とトルコに対する外国銀行融資におけるスペインのシェアはチリ59%ブラジル45%メキシコ45%、トルコ36%と高い(図表10参照)。そういった国が動揺した場合、これが火種になる可能性がある。
もう一つの問題点は、中国における債務問題の深刻化である。図表11は2009年リーマン危機以降の主要国の債務増加額の推移であるが、中国が28.5兆ドル、アメリカは13.8兆ドル、日米を除く先進国(欧州、カナダ、オーストラリア)12.8兆ドル、中国以外の新興国11.1兆ドル、日本0.8兆ドルと、中国の借り入れが全体の4割と圧倒的、対照的に日本はほとんど増えていない。
図表12はBIS国際決済銀行が発表したGDPに対する家計と民間企業の債務比率であるが、中国の比率は直近(2018年1Q)で213.7%と危機水域にあることがわかる。200%の水準で線を引いているのは、これを超えた時点でバブル崩壊が起きた事例があるからである。1989年末に日本は200%を超え1989年にバブルが崩壊した。その後銀行が追い貸し(左前になった会社に融資を増やす)をしたことで比率がむしろ上がり、ピークは1993年4Qの219.5%であった。スペインも同様で2005~6年に200%を超えたところで住宅バブルが崩壊しリーマン危機に至っている。今般、中国、カナダ、オーストラリア、韓国の民間債務比率がその200%ラインの近辺にある。中国はもとより、カナダは中国からの移民が多く、オーストラリアは中国との貿易のウエイトが39%、韓国も31%と高い。いずれも中国との関係が深く、債務比率の大幅な上昇は中国がらみ、といえる。この状況下での金利上昇は怖い。
今の様に金利が上がってくると、民間債務の利払い負担は大変になってくるだろう。図表14は米国、中国、ユーロ圏、日本の民間債務の「利払い額/GDP」比率をみたもので、推定利払い額は、民間債務残高×四半期末10年債利回りで計算している。米国の同比率はITバブル崩壊時8.1%。リーマンショック時8.3%だった。それに対して中国は、今7.8%。2017年4Qでは8.1%に達していた。しかも中国の民間債務の金利は国債利回りよりも相当高いと思われること、中国のGDP自体が相当過大推計されているであろうこと、などから、中国の実際の利払い負担は著しく重いと推察される。そこが中国の最大の不安材料である。
意外と知られていないのは、中国が消費や生産する素原材料の世界シェアが著しく高いことである。セメントの生産量は全世界の59%、銅消費量53%、ニッケル消費量は50%、粗鋼生産量49%と軒なみシェアが5割を超えている。また自動車の生産台数も世界の30%を占める。それだけに中国の景気が陰ると世界の景気が落ちてくる影響は無視できない。これを敏感に示すものが非鉄価格指数であり、それは人民元とほぼリンクしている。人民元が中国経済の指標だとすると、中国経済の鈍化で非鉄相場が下落していることがわかる。日本株の今年の業種別下落率ワーストは非鉄や海運だが、これは中国の景気鈍化に原因があるのではないか。以上が当面のリスク要因と見ています。
櫻井:武者さん、市岡さんのコメントに対していかがですか?
武者:確かに中国は多くのリスクをかかえている。将来中国の債務と金融不安が世界の火種であるという事は私も全く同感です。ただ今の中国経済がその様な危機に向かっているかと言えば時期尚早だと思われる。図表17は中国のミクロ動向を示す4つのグラフ、鉄道貨物輸送量、粗鋼生産量、発電量、不動産開発投資であり、これらは実態を伴わないGDPよりは、短期の景況を示すものとして信頼できる。リーマンショック以降一番厳しかったのは2015年のチャイナショックが起こった時期、2015年は鉄道貨物輸送量、粗鋼生産量、発電量、不動産開発投資は全部マイナス。当時は金融為替市場に問題があっただけでなく実態経済が失速した。その後の政策テコ入れによって経済は回復し、今はそれぞれはっきりプラスで推移している。特に不動産開発投資は、2015年マイナスに落ちたところから10%ペースの伸びが続いている。人が住まないところに住宅を作っているにもかかわらずまだまだ作り続けている。
底割れをするには程遠い。加えて中国政府は米中貿易戦争の結果起きるネガティブな要素を抑え込むために大胆な金融緩和と財政出動を始めている。インフラ投資に力を入れ、チベットまで高速鉄道を引くプランも出されている。採算がとれるか疑問だがこれだけのことをすれば中国の景気はまだ失速しないと言える。潜在的なリスクとは別に今起こっている事は、景気の押上げなのではないか。アメリカの長期金利の上昇が引き金となり中国でいずれ危機がおこる、と私も考えている。でもそれはいまではなくもう少し先に起こる話ではないか。
櫻井:それではお二人の結論は、心配する根拠はある、しかしそれらは潜在的危機要因であり、直ちに危機が発生するものではない、ということでよろしいですね。
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