●不思議の国日本
今の日本は不思議の国である。水(資本)が下流から上流に向かって流れているのに、みんながそれを当たり前と思っている。おかげで本来灌漑され肥沃なはずの平野が枯れ野となり、他方では上流のダムの中には利用されない水が満々とたまっている。下流の枯れ野の生活にくたびれ果てた人々は、ここは見込みのない宿命の不毛地だ、諦めよう、欲望を抑えよう、つつましく生きようと思い込んでいる。オピニオンリーダーたちは成長は無理だ、利益分配を求めるのではなく、負担を分配しあおう、と人々を鼓舞している。水とは資本である。日本では長らくリターンが高い部門から低い部門に向けて資本が流れ続け、人々はとうとう逆流が本来の姿であるかように錯覚するに至った。
●成長は幻想と主張する指導者、例えば枝野幸男氏
今最も人気ある政治家である立憲民主党党首の枝野幸男氏は東洋経済刊行の著書「叩かれても言わなければならないこと」(2012年9月)で、成長期待という幻想を捨てよ、と主張した。曰く「責任ある政治家は有権者に耳障りなことでも主張すべきだ。企業が儲かり、それが従業員や中小企業に波及するという経済の果実が滴り落ちるというトリクルダウンは時代に合わない。この成熟した人口減社会において旧来型の経済思想から脱却し成長できないことを受け入れるべきだ。政治は今までの利益分配の政治から負担分担の政治へ変わる必要がある。成長は幻想だ。負の再分配を経過しないかぎりは成熟した豊かさには行き着けない。」
●不思議の国(=資本の逆流と過剰貯蓄)からの帰還が始まった
しかしここ10数年の日本がカラカラで不毛であったのは(成長できず生活水準が向上していないのは)、水(資本)がないからではない。水(資本)はたっぷりあるのにそれが逆流し上流のダムに蓄えられているからである。1990年から2000年代の一時期、冷戦終了、日米貿易摩擦と超円高の環境の下で、それまでの日本企業の価値創造モデルが破たんし、企業が価値を作れなくなった、つまり水がなくなった。しかしここ十年あまり日本企業は画期的な新ビジネスモデルを構築し、企業収益は大きく改善しているのである(次回レポートで詳述)。
低成長は価値(=購買力)が創造できなかったからではなく、創造された購買力が先送りされていたからである。貯蓄とは購買力の先送りであるから、過剰な貯蓄が低成長の原因であり、宿命的に不毛であった訳ではない。
当社は不思議の国からの帰還が始まったと主張している。国民金融資産の7割が利息ゼロの現預金として退蔵され、配当2%、益回り7%の株式から資金流出が続く、という不思議の国からの帰還が始まりつつある。ようやくアベノミクスの成果により、ダムに貯水された膨大な水が堰を切ったように流れ出し下流を潤す正常化が始まりつつある。米国並みの株式・投信7割、現預金2割という正常な国に戻る大資本移動が引き起こされ、株式需給は激変するだろう。
●負のバブルの是正運動、現預金から株式へ
1990年の日本株価はミスプライシング、本質的価値からかけ離れて高かった。それは当時の株式益回り2%以下(PER50倍以上)、配当利回り0.5%、長期国債利回りと預金金利8%、を比較すれば一目瞭然である。同様に現在の日本株式も極端なミスプライシング、本質的価値からかけ離れて安いことは、株式益回り7%(PER14倍)、配当利回り2%、預金金利と長期国債利回り0%とを比較すれば明らかである。この明白な誤り(いわばアップサイドのバブル、ダウンサイドのバブル)はいずれ必ず是正される。1990年以降の日本株式の暴落はまさしくミスプライシングの是正運動であったが、今も同様に壮大なマイナスバブルの是正運動が起き始めているといえる。2000年のITバブル、2007の住宅バブルなど、米国をはじめ全世界でバブルが形成され、崩壊した。しかし大半の国でバブル崩壊後数年で資産価格は底入れし、今ではバブル崩壊前の史上最高値を更新している。20数年にわたって住宅・不動産と株価が下落を続けた、マイナスバブル形成は、日本固有の現象である。つまり不思議の国に陥ったのは、日本だけなのである。
●株高を正当化する諸条件
この正常化を正当化する条件が、熟柿のように整っている。日本企業の収益力は、日本企業の世界新環境(地政学、新技術と産業革命、グローバリゼーション)に完全に適合するビジネスモデルの完成により、歴史的に高まっている。世界同時好況、史上最高値更新中の世界株高は中国のハイテク爆投資により加速されつつある。豊かになったアジア中産階級が高品質日本に向かって群れを成して訪れる。少子高齢化に対する心配とは裏腹に労働需給は超ひっ迫の様相を示し始めた。不思議の国の下でのデフレ継続、総悲観大合唱が終わろうとしている。
新産業革命による空前の高収益に支えられ、世界主要国株価は史上最高値を更新し続けている。世界株式市場時価総額は、リーマンショック前ピークの2007年10月の62兆ドルから、リーマンショックで2009年3月の26兆ドルでボトムを付けた後、今日では96兆ドルに達している。日経平均が他国のように市場最高値(4万円)を目指すシナリオは、至極当然になってきた。年末2万4000~2万5000円、2018年末3万円、2020年4万円という壮大な上昇相場の序章である可能性が濃厚である。当社はアベノミクスのスタート直後2013年、日経平均1万円前後の時に『日本株100年に一度の波が来た』(中経出版)を上梓し、以降日経平均は4万円になると主張し続けている。いや、4万円も単なる通過点に過ぎないだろう。
(2017年12月11日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン191号」を転載)
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