ユリウスさんのブログ

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裁判員制度の一抹の不安

 裁判員制度にもとずく裁判が何件かあり、最初だから、マスコミは逐一詳しく報道した。翔年はこの制度に反対するものではないが、次の2点について一抹の不安を今も抱いている。

(1)市民から選ばれた裁判員が、被害者家族の心情や世論に大きく左右されずに判断を下すことはとても難しいことであるということ。既に報道された裁判でも、その兆候は現れている。

(2)裁判員が知りえた事件の真相や人間の心の秘密、隠されている人間関係などについて、キチンと秘密保持ができるのかどうか? 
 世の中には「ここだけの話ですが……」で始まる会話に満ち満ちているので、いずれ秘密が暴露される事件が発生するのではと危惧する。

 
 裁判の歴史に「フリューネ裁判」という記録がある。
 フリューネは古代ギリシャの有名な高級娼婦だった。ちなみにフリューネとは「蛙」のことで、彼女の美しい肌が青白いことからこう呼ばれていたのだ。彼女はその道でたいそう成功し、大金を稼いだので、テーバイの城壁を再建しようと申し出たこともある。
 ただ、ホリエモンもそうだったように、あくどく稼ぐと「庶民感情」とやんわり表現されるがその実、「庶民の妬み心」が許さない。フリューネの行為は色々と物議をかもし、紆余曲折の末、ついには「神を冒涜した罪」に問われることになった。

 これは大罪だった。だが、さすが「蛙」ちゃん。全くの形勢不利を悟った彼女は大芝居にでた。世界の百科事典「ブリタニカ」によれば、フリューネは衣服を引き裂き、「胸をあらわにした。それを見て感動した陪審員は彼女を無罪にした」と書いてあるという。これは「おっぱいを見せたら釈放された!」と笑ってすませられない問題を含んでいる。
 想像していただきたい。フリューネの乳房はそれほど凄かったのか? よく分らんけど、何しろ蛙色だ。平均的な男は興味津々だったはず。それに古代ギリシャの陪審員は一年間その義務に服すことになっていたから、アメリカ国民や日本国民と同じように「変化」を求めていたのかもしれない。

 ともあれ、公正な裁判はたいへん難しい。


※A・J・ジェイコブズ著「驚異の百科事典男」を参考にしました。 Amazon.co.jp ウィジェット 
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