1,661円
コーエーテクモホールディングスのニュース
●388億円の巨額損失を計上したスクエニHD
今回はゲーム会社各社の決算について話を進めたい。最初に、株価が大きく下落したことで話題になったスクウェア・エニックス・ホールディングス (スクエニHD)<9684>である。同社は4月末にコンテンツ廃棄損約221億円を計上する予定であることを発表した。5月に発表された2024年3月期決算ではさらに評価損も加わって損失額は388億円もの金額となり、あまりにも巨額だったためいろいろな憶測を呼ぶことになった。
決算発表では27年3月期以降のタイトルを処理したされているのみであり、中身についてはこれが何を指しているかはよく分からないが、中期的な業績への影響は相当大きいと思われる。
そう考える理由を簡単に説明してみたい。ゲーム開発の大まかな動きは、試作⇒評価⇒本開発⇒デバッグ⇒マスターアップとなる。コンテンツ制作勘定への計上は本開発以降の開発工程に関わる支出なので、2024年3月末時点で220億円(複数タイトル)もの金額となると、3年後に出すときにはさらに一本当たり100億円を超えるような大型タイトルだった可能性がある。
現時点で大型タイトルを破棄し、今から新規開発したとなると、開発に5年程度はかかる。こうした現状を見るに、2027年3月期(中期経営計画の最終年度)に間に合う能性は低いので、中期的に影響が大きくなると考えるのである。
同社の桐生隆司社長は、投資家向けの説明会で開発体制を改め、3年の間に再起動を図るとしている。今期、来期に発売するタイトルは廃棄対象ではなく、ある程度のタイトル数は発売されるだろうが、それらのタイトルが5月17日に始動した新体制下で開発されたものではないことが投資家目線で考えると問題になる。
2022年3月発売の「バビロンズフォール」、2023年1月発売の「フォースポークン」、2023年6月発売の「ファイナルファンタジーXVI(FF16)」、9月発売の「インフィニティ ストラッシュ ドラゴンクエスト ダイの大冒険」、11月発売の「スターオーシャンセカンドストーリーR」、12月発売の「ドラゴンクエストモンスターズ3魔族の王子とエルフの旅」、2024年2月発売の「ファイナルファンタジーVII(FF7)リバース」「フォームスターズ」と大作を発売したが、メタスコア(世界中のウェブサイトからレビューを取得し数値化した点数)やユーザーの評価が、タイトルごとに分かれる結果となった。
桐生社長は「FF16、FF7リバース、フォームスターズは全て期待を下回った」と説明会で述べていたが、メタスコアが高くても初動が不振だったケースもあり、今期から来期に旧体制下のタイトルが出て来ても、売れるかどうかの予想が極めて難しい。機関投資家は不確実性を嫌う傾向にあるので、不確定な要素が増したことが大幅下落の背景にあると考えている。
悪い話ばかりしても仕方がないので、私が考えるスクエニHDの強みを紹介したい。それは、同社の代表的なIP(知的財産)の一つである「ドラゴンクエスト(ドラクエ)」は、どんなゲームシステムにドラクエのキャラクターを使っても「ドラクエシリーズ」に見えるということにあると考えている。これはゲームというものが「ゲームシステム」と「キャラクター」という二大要素で構成されているためだ。
故・鳥山明氏が非常に個性の強いキャラクターデザインを作り出したこともあるが、こうした訴求力の強い世界観を生み出したドラクエの開発者、堀井雄二氏の懐の広さに感心するのである。このような現象は任天堂 <7974> の「スーパーマリオシリーズ」ぐらいにしか見られない特別なものと考えている。
逆に「FF」についてはRPG(ロールプレイングゲーム)で最も重要な要素、バトル(戦闘)システムの固定化が出来ておらず、特に2001年に発売された「ファイナルファンタジーX」以降、20年もこの状態が続いているのは問題だろう。キャラクターも毎作更新されるので、ユーザーがこのゲームに対する認識を統一することも難しい。結果、「FF」の共通認識が希薄になってしまっている。「FF」はゲームシステムを固定化してもらいたいと思う。バグやシステムの問題はよく批判されるが、批判されるのは人気の証なのである。
実際、カプコン <9697> の「ドラゴンズドグマ2」もファストトラベル(ゲーム内での瞬間移動)が容易にできないとよく批判されたが、300万本ものセールスを達成している。カプコンにヒアリングすると、批判されたことについては「ドラゴンズドグマ」とはこのようなゲームであると開発側が信念を持ってやっているとのことであった。
ユーザーが強い意志で続けていれば、「ドラゴンズドグマ」シリーズはどのようなゲームなのかという認識が固定されるはずである。固定化は飽きられるという意見もあろうが、「バイオハザード」も、「モンスターハンターシリーズ」も長期間遊ばれている。むしろシステムを頻繁に入れ替えた「FF」は販売本数が減少したという事実もある。筆者の批判を快くは思わないだろうが、それを吹き飛ばすような結果を出してもらいたいものである。
すでに株価が大きく下落しているスクエニHDだが、依然として妥当な株価がどの水準なのかは判然としない。同社を投資対象とするなら、経営陣の動きを見極める必要がある。そして同社の経営戦略に変化が現れたときにこそ、投資タイミングが訪れるのではないかと見ている。
●コーエーテクモHDから見るゲームビジネスの問題
コーエーテクモホールディングス(コーエーテクモHD) <3635>の2024年3月期決算は増収、営業減益となった。ゲームビジネスは前期からヒット作に恵まれておらず、23年3月期に発売した「ワイルドハーツ」、「ウォーロン フォールン ダイナスティ」、24年3月期に発売した「フェイト・サムライレムナント」、開発担当した「ライズオブローニン」すべてが計画未達だった。特に「フェイト」は200万本級タイトル(ライフサイクル全体なので24年3月期の計画は不明)と説明を受けていたので、大幅未達だったと推測している。
同社は開発費を資産計上していないので、業績への影響は販売本数未達による利益減にとどまるのだが、2期連続での未達は大きな失望を生む結果になってしまった。株価はこれを受けて大幅に下落したのだ。
同社のタイトルは、遊んだ人の評価は非常に高いのだが、そもそも買ってもらえていない。特に500万本級タイトルとして開発された「ライズオブローニン」は計画を大幅に下回った。PS5(プレイステーション5)ユーザーにもヒアリングしたのだが、何のゲームか情報が無さ過ぎて手を出しづらいとの意見が多かった。
発売後は福沢諭吉がステージボス(ゲーム上のボスキャラクター)で登場するなど、ゲームの内容については面白いとの意見が多かったのだが、面白さを理解するために20時間程度必要(襟川陽一社長談)だったために、一番盛り上がる初動で話題性を提供できなかった。現状、遊んだ人が面白いと共通して述べているのでゲーム自体に問題があるわけではなく、どのようなゲームなのかが、多くのユーザーに伝わっていないことが問題だろう。
コーエーテクモHDもゲームシステムを固定化して、再成長に繋げて欲しいものである。同社への投資に関しては、短期的な視点ではなかなか成果が上げることが見通せないので、もし投資対象とするなら、長期投資のスタンスが前提となろう。
ゲームビジネスは巨大になり、多くの人が関わるようになった。ユーザーが望むもの、開発者が作りたいもの、投資家が望む成果、巨大になったがゆえに利権に群がる外部企業など、複雑な利害関係の上に成立している。ゲーム各社にとっては、この部分を、どう折り合うかが課題となっている。同社の株価は、ピークから半分程度まで大きく下落したが、投資家から見て失敗が続いており、今後の株価上昇には、目に見える成功体験が必要だと考える。
●抜群の安定度誇るカプコンの経営戦略
カプコンは7期連続の最高益更新となり、抜群の安定性を見せた。任天堂、ソニーグループ <6758>は知名度、規模とも大きいが、安定性に欠ける部分があるのに対して、カプコンは非常に安定している。ゲームビジネスは業績の変動が激しいビジネスだと思われているが、その中でカプコンは非常に特異な会社である。この背景には三つの要因がある。列挙すると
① プラットフォームビジネスを手掛けていないこと
② 安定してユーザーに売れるゲームを提供していること
③ マルチプラットフォーム戦略を展開していること
となる。①については、同社はハードを販売していないので、ハードの発売サイクルに収益が左右されない点だ。ハードが無いことは、売り上げの規模はともかく、利益率の観点から見て、有利に働くのだ。
一方、②については、ともすると経営者が勘違いしやすい点だと言えよう。斬新なゲームこそ売れると開発者は思っているが、ユーザーからすると斬新なゲームシステムは何なのか分からないのでは買われない。コーエーテクモやスクエニHDがまさに陥った点で、斬新な凄いゲームが売れるとは限らないのである。
ところがカプコンは逆のことをしている。同社の辻本憲三会長、辻本春弘社長は「モンスターハンター(モンハン)」や「バイオハザード」等のシリーズものを安定的に出し続けることを指示している。ゲームシステムが分かっているものであればユーザー間でも話をしやすいし、「モンハン」と聞くだけでどんなゲームか分かるのである。
③のマルチプラットフォーム戦略については、パソコンを含めて出すこと自体が売れると思っている投資家は多いと思う。しかし実は、ゲーム機に比べて耐用年数が長いことがパソコンプラットフォームの強みである。10年前のゲーム機はサポートを受けることが難しいことが多く、修理困難なことが多い。パソコンも基本的には同じではあるのだが、交換の容易性などで、10年前のCPU(中央演算処理装置)、GPU(画像半導体)、DRAMが新興国で使われていることも多い。
カプコンは10年以上前からパソコン対応を進めていたので、古いゲームが新興国で楽しめる形になっており、230を超える国、地域で販売している。これらのゲームは、開発費の回収も終わっているので、新興国の所得水準に合わせた価格設定も可能である。
辻本会長、社長が凄いと思うのは、そういう時代が来ることを予測し、長期的な視野に立って業績を成長させる戦略を立てているところだ。私が所属する東洋証券のリサーチポリシーは、「10年後に成長している会社」なのだが、まさにそれに合致している企業だと考えている。同社に対する投資家の信頼は厚い。正に長期投資に向いた銘柄であろう。
●安全ラインまで後退したプレイステーションのビジネス戦略
最後にソニーグループである。同社の24年3月期におけるゲーム事業は増収増益だった。数字だけで見れば第4四半期(1-3月)の営業利益は1060億円に達している。この数字にピンと来ないかもしれないが、分かりやすく言えば、今第4四半期は、年間の利益の3分の1以上を稼ぎ、クリスマスシーズンの第3四半期の営業利益、861億円を超える驚異的な数字となっている。
これは、ライブサービス(運営型)ゲームの「ヘルダイバー2」がパソコンを中心に大ヒットしたためだ。ソニーグループ側の説明では同作の販売先の過半がパソコン・ユーザーで、ユーザーの活性化によって第4四半期の利益を押し上げ、計画を上回る着地になったとしている。
このデータが物語っていることは、ライブサービスゲームは「プレイステーション(PS)」だけではビジネスが成り立たない、ということである。ライブサービスゲームは広く浅くユーザーを集めてアイテム課金するビジネスモデルなのだが、これが収益を決めるとなると、根源的な疑問が発生してしまう。それはPSプラットフォームの"存在意義"である。
現在、ソニーグループはビジネスのあり方よりも、株価や利益を追求する志向が強くなっているように感じている。確かに投資家目線では利益を稼ぐのは良い会社となるわけだが、プレイステーション・ビジネスを何のためにやっているのかの意図が分からない。
ソニーグループに対するヒアリングでも、「PS5は、販売本数ではPS4を下回っていても利益が出ているので問題ない」という見解だった。私個人の考えとしては、この答えは「利益が出れば何をやってもいい」という考えになりかねないのでさすがに驚愕してしまった。
おそらくこの見解が出てきた背景は、PS5はPS4を遥かに上回り、Xboxを圧倒するというソニーグループの思い描いていた目標が達成できないことが、見えたということであろう。しかも、もはや失敗したと言っていいPS5に無駄に資本を注ぎ込むより、根本的な対応はPS6で行ったほうが良い。となると、投資家に失望されない程度まで戦術を後退させるのが妥当で、利益が出れば批判はされないということなのだろう。
事業説明会でも、ゲームセグメントの事業目的が儲けることなのか、PSビジネスの発展なのか、日本ユーザーを軽視してでも世界で勝ちたいのか、目的が筆者にはよく分からなかった。何を目的に行っているゲームビジネスなのかを再定義する必要があるだろう。
投資対象としては、ソニーグループを高く評価している。同社は省力化、省資産経営の見本のような会社であり、音楽や映画、アニメの版権でリカーリング(循環的)ビジネスができるようになっている。事業全体の成長性は高いので、長期投資すべき銘柄だろう。それだけに、ゲームビジネスを迷走させた責任者であるジム・ライアン氏(ソニー・インタラクティブエンタテインメント元CEO)を円満退社とした経営側の判断には、あいまいさを感じざるを得ない。こうしたあいまいな経営戦略が、今後の同社事業に影響を残すのではないかと危惧するのである。
【著者】
安田秀樹〈やすだ・ひでき〉
東洋証券アナリスト
1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。24年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。
株探ニュース
今回はゲーム会社各社の決算について話を進めたい。最初に、株価が大きく下落したことで話題になったスクウェア・エニックス・ホールディングス (スクエニHD)<9684>である。同社は4月末にコンテンツ廃棄損約221億円を計上する予定であることを発表した。5月に発表された2024年3月期決算ではさらに評価損も加わって損失額は388億円もの金額となり、あまりにも巨額だったためいろいろな憶測を呼ぶことになった。
決算発表では27年3月期以降のタイトルを処理したされているのみであり、中身についてはこれが何を指しているかはよく分からないが、中期的な業績への影響は相当大きいと思われる。
そう考える理由を簡単に説明してみたい。ゲーム開発の大まかな動きは、試作⇒評価⇒本開発⇒デバッグ⇒マスターアップとなる。コンテンツ制作勘定への計上は本開発以降の開発工程に関わる支出なので、2024年3月末時点で220億円(複数タイトル)もの金額となると、3年後に出すときにはさらに一本当たり100億円を超えるような大型タイトルだった可能性がある。
現時点で大型タイトルを破棄し、今から新規開発したとなると、開発に5年程度はかかる。こうした現状を見るに、2027年3月期(中期経営計画の最終年度)に間に合う能性は低いので、中期的に影響が大きくなると考えるのである。
同社の桐生隆司社長は、投資家向けの説明会で開発体制を改め、3年の間に再起動を図るとしている。今期、来期に発売するタイトルは廃棄対象ではなく、ある程度のタイトル数は発売されるだろうが、それらのタイトルが5月17日に始動した新体制下で開発されたものではないことが投資家目線で考えると問題になる。
2022年3月発売の「バビロンズフォール」、2023年1月発売の「フォースポークン」、2023年6月発売の「ファイナルファンタジーXVI(FF16)」、9月発売の「インフィニティ ストラッシュ ドラゴンクエスト ダイの大冒険」、11月発売の「スターオーシャンセカンドストーリーR」、12月発売の「ドラゴンクエストモンスターズ3魔族の王子とエルフの旅」、2024年2月発売の「ファイナルファンタジーVII(FF7)リバース」「フォームスターズ」と大作を発売したが、メタスコア(世界中のウェブサイトからレビューを取得し数値化した点数)やユーザーの評価が、タイトルごとに分かれる結果となった。
桐生社長は「FF16、FF7リバース、フォームスターズは全て期待を下回った」と説明会で述べていたが、メタスコアが高くても初動が不振だったケースもあり、今期から来期に旧体制下のタイトルが出て来ても、売れるかどうかの予想が極めて難しい。機関投資家は不確実性を嫌う傾向にあるので、不確定な要素が増したことが大幅下落の背景にあると考えている。
悪い話ばかりしても仕方がないので、私が考えるスクエニHDの強みを紹介したい。それは、同社の代表的なIP(知的財産)の一つである「ドラゴンクエスト(ドラクエ)」は、どんなゲームシステムにドラクエのキャラクターを使っても「ドラクエシリーズ」に見えるということにあると考えている。これはゲームというものが「ゲームシステム」と「キャラクター」という二大要素で構成されているためだ。
故・鳥山明氏が非常に個性の強いキャラクターデザインを作り出したこともあるが、こうした訴求力の強い世界観を生み出したドラクエの開発者、堀井雄二氏の懐の広さに感心するのである。このような現象は任天堂 <7974> の「スーパーマリオシリーズ」ぐらいにしか見られない特別なものと考えている。
逆に「FF」についてはRPG(ロールプレイングゲーム)で最も重要な要素、バトル(戦闘)システムの固定化が出来ておらず、特に2001年に発売された「ファイナルファンタジーX」以降、20年もこの状態が続いているのは問題だろう。キャラクターも毎作更新されるので、ユーザーがこのゲームに対する認識を統一することも難しい。結果、「FF」の共通認識が希薄になってしまっている。「FF」はゲームシステムを固定化してもらいたいと思う。バグやシステムの問題はよく批判されるが、批判されるのは人気の証なのである。
実際、カプコン <9697> の「ドラゴンズドグマ2」もファストトラベル(ゲーム内での瞬間移動)が容易にできないとよく批判されたが、300万本ものセールスを達成している。カプコンにヒアリングすると、批判されたことについては「ドラゴンズドグマ」とはこのようなゲームであると開発側が信念を持ってやっているとのことであった。
ユーザーが強い意志で続けていれば、「ドラゴンズドグマ」シリーズはどのようなゲームなのかという認識が固定されるはずである。固定化は飽きられるという意見もあろうが、「バイオハザード」も、「モンスターハンターシリーズ」も長期間遊ばれている。むしろシステムを頻繁に入れ替えた「FF」は販売本数が減少したという事実もある。筆者の批判を快くは思わないだろうが、それを吹き飛ばすような結果を出してもらいたいものである。
すでに株価が大きく下落しているスクエニHDだが、依然として妥当な株価がどの水準なのかは判然としない。同社を投資対象とするなら、経営陣の動きを見極める必要がある。そして同社の経営戦略に変化が現れたときにこそ、投資タイミングが訪れるのではないかと見ている。
●コーエーテクモHDから見るゲームビジネスの問題
コーエーテクモホールディングス(コーエーテクモHD) <3635>の2024年3月期決算は増収、営業減益となった。ゲームビジネスは前期からヒット作に恵まれておらず、23年3月期に発売した「ワイルドハーツ」、「ウォーロン フォールン ダイナスティ」、24年3月期に発売した「フェイト・サムライレムナント」、開発担当した「ライズオブローニン」すべてが計画未達だった。特に「フェイト」は200万本級タイトル(ライフサイクル全体なので24年3月期の計画は不明)と説明を受けていたので、大幅未達だったと推測している。
同社は開発費を資産計上していないので、業績への影響は販売本数未達による利益減にとどまるのだが、2期連続での未達は大きな失望を生む結果になってしまった。株価はこれを受けて大幅に下落したのだ。
同社のタイトルは、遊んだ人の評価は非常に高いのだが、そもそも買ってもらえていない。特に500万本級タイトルとして開発された「ライズオブローニン」は計画を大幅に下回った。PS5(プレイステーション5)ユーザーにもヒアリングしたのだが、何のゲームか情報が無さ過ぎて手を出しづらいとの意見が多かった。
発売後は福沢諭吉がステージボス(ゲーム上のボスキャラクター)で登場するなど、ゲームの内容については面白いとの意見が多かったのだが、面白さを理解するために20時間程度必要(襟川陽一社長談)だったために、一番盛り上がる初動で話題性を提供できなかった。現状、遊んだ人が面白いと共通して述べているのでゲーム自体に問題があるわけではなく、どのようなゲームなのかが、多くのユーザーに伝わっていないことが問題だろう。
コーエーテクモHDもゲームシステムを固定化して、再成長に繋げて欲しいものである。同社への投資に関しては、短期的な視点ではなかなか成果が上げることが見通せないので、もし投資対象とするなら、長期投資のスタンスが前提となろう。
ゲームビジネスは巨大になり、多くの人が関わるようになった。ユーザーが望むもの、開発者が作りたいもの、投資家が望む成果、巨大になったがゆえに利権に群がる外部企業など、複雑な利害関係の上に成立している。ゲーム各社にとっては、この部分を、どう折り合うかが課題となっている。同社の株価は、ピークから半分程度まで大きく下落したが、投資家から見て失敗が続いており、今後の株価上昇には、目に見える成功体験が必要だと考える。
●抜群の安定度誇るカプコンの経営戦略
カプコンは7期連続の最高益更新となり、抜群の安定性を見せた。任天堂、ソニーグループ <6758>は知名度、規模とも大きいが、安定性に欠ける部分があるのに対して、カプコンは非常に安定している。ゲームビジネスは業績の変動が激しいビジネスだと思われているが、その中でカプコンは非常に特異な会社である。この背景には三つの要因がある。列挙すると
① プラットフォームビジネスを手掛けていないこと
② 安定してユーザーに売れるゲームを提供していること
③ マルチプラットフォーム戦略を展開していること
となる。①については、同社はハードを販売していないので、ハードの発売サイクルに収益が左右されない点だ。ハードが無いことは、売り上げの規模はともかく、利益率の観点から見て、有利に働くのだ。
一方、②については、ともすると経営者が勘違いしやすい点だと言えよう。斬新なゲームこそ売れると開発者は思っているが、ユーザーからすると斬新なゲームシステムは何なのか分からないのでは買われない。コーエーテクモやスクエニHDがまさに陥った点で、斬新な凄いゲームが売れるとは限らないのである。
ところがカプコンは逆のことをしている。同社の辻本憲三会長、辻本春弘社長は「モンスターハンター(モンハン)」や「バイオハザード」等のシリーズものを安定的に出し続けることを指示している。ゲームシステムが分かっているものであればユーザー間でも話をしやすいし、「モンハン」と聞くだけでどんなゲームか分かるのである。
③のマルチプラットフォーム戦略については、パソコンを含めて出すこと自体が売れると思っている投資家は多いと思う。しかし実は、ゲーム機に比べて耐用年数が長いことがパソコンプラットフォームの強みである。10年前のゲーム機はサポートを受けることが難しいことが多く、修理困難なことが多い。パソコンも基本的には同じではあるのだが、交換の容易性などで、10年前のCPU(中央演算処理装置)、GPU(画像半導体)、DRAMが新興国で使われていることも多い。
カプコンは10年以上前からパソコン対応を進めていたので、古いゲームが新興国で楽しめる形になっており、230を超える国、地域で販売している。これらのゲームは、開発費の回収も終わっているので、新興国の所得水準に合わせた価格設定も可能である。
辻本会長、社長が凄いと思うのは、そういう時代が来ることを予測し、長期的な視野に立って業績を成長させる戦略を立てているところだ。私が所属する東洋証券のリサーチポリシーは、「10年後に成長している会社」なのだが、まさにそれに合致している企業だと考えている。同社に対する投資家の信頼は厚い。正に長期投資に向いた銘柄であろう。
●安全ラインまで後退したプレイステーションのビジネス戦略
最後にソニーグループである。同社の24年3月期におけるゲーム事業は増収増益だった。数字だけで見れば第4四半期(1-3月)の営業利益は1060億円に達している。この数字にピンと来ないかもしれないが、分かりやすく言えば、今第4四半期は、年間の利益の3分の1以上を稼ぎ、クリスマスシーズンの第3四半期の営業利益、861億円を超える驚異的な数字となっている。
これは、ライブサービス(運営型)ゲームの「ヘルダイバー2」がパソコンを中心に大ヒットしたためだ。ソニーグループ側の説明では同作の販売先の過半がパソコン・ユーザーで、ユーザーの活性化によって第4四半期の利益を押し上げ、計画を上回る着地になったとしている。
このデータが物語っていることは、ライブサービスゲームは「プレイステーション(PS)」だけではビジネスが成り立たない、ということである。ライブサービスゲームは広く浅くユーザーを集めてアイテム課金するビジネスモデルなのだが、これが収益を決めるとなると、根源的な疑問が発生してしまう。それはPSプラットフォームの"存在意義"である。
現在、ソニーグループはビジネスのあり方よりも、株価や利益を追求する志向が強くなっているように感じている。確かに投資家目線では利益を稼ぐのは良い会社となるわけだが、プレイステーション・ビジネスを何のためにやっているのかの意図が分からない。
ソニーグループに対するヒアリングでも、「PS5は、販売本数ではPS4を下回っていても利益が出ているので問題ない」という見解だった。私個人の考えとしては、この答えは「利益が出れば何をやってもいい」という考えになりかねないのでさすがに驚愕してしまった。
おそらくこの見解が出てきた背景は、PS5はPS4を遥かに上回り、Xboxを圧倒するというソニーグループの思い描いていた目標が達成できないことが、見えたということであろう。しかも、もはや失敗したと言っていいPS5に無駄に資本を注ぎ込むより、根本的な対応はPS6で行ったほうが良い。となると、投資家に失望されない程度まで戦術を後退させるのが妥当で、利益が出れば批判はされないということなのだろう。
事業説明会でも、ゲームセグメントの事業目的が儲けることなのか、PSビジネスの発展なのか、日本ユーザーを軽視してでも世界で勝ちたいのか、目的が筆者にはよく分からなかった。何を目的に行っているゲームビジネスなのかを再定義する必要があるだろう。
投資対象としては、ソニーグループを高く評価している。同社は省力化、省資産経営の見本のような会社であり、音楽や映画、アニメの版権でリカーリング(循環的)ビジネスができるようになっている。事業全体の成長性は高いので、長期投資すべき銘柄だろう。それだけに、ゲームビジネスを迷走させた責任者であるジム・ライアン氏(ソニー・インタラクティブエンタテインメント元CEO)を円満退社とした経営側の判断には、あいまいさを感じざるを得ない。こうしたあいまいな経営戦略が、今後の同社事業に影響を残すのではないかと危惧するのである。
【著者】
安田秀樹〈やすだ・ひでき〉
東洋証券アナリスト
1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。24年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。
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