人的資本の突出したファクターとは

著者:鈴木 行生
投稿:2023/11/10 13:44

・「人的資本と企業価値の向上」に関するセミナーを9月に視聴した。日本証券アナリスト協会と日本ファイナンス学会の共同セミナーであった。

・社員の健康を高める会社は、企業価値向上に優れているのか。社員の活用に優れている会社は、企業価値を一段と高めるのか。その関係性は高そうであるが、本当にパフォーマンスに貢献しているのか。

・一橋大学の安田教授は、健康経営と企業パフォーマンスの論点整理を行った。健康経営とは、社員の健康づくりを戦略的に実践することにある。健康といっても、どこまで含めるのか。身体的な健康、精神的な健康、社会的存在における健康、など領域は幅広い。

・そもそも社員の有している能力が、その会社で十分発揮されているのか。会社にとって必要なスキルが習得できるように、教育・訓練がなされているのか。本人のやる気は十分引き出されているのか。通常、これらを外部から知ることはかなり難しい。

・個人レベルでみると、健康が損なわれている人がいれば、企業の価値向上に十分貢献できない可能性がある。社員が健康であれば活躍も期待できるが、健康を害したままで仕事についたり、休んだりすれば、あるべき水準からはマイナスとなる。早くその状況を脱して、健康に戻れるように支援する必要があり、普段から健康に保てるようにサポートする必要がある。

・健康を害して休むアブセンティズムを減らす必要がある。仕事の現場での事故とか、職場環境から発生するうつ病など、様々な事例があろう。また、何らかの病気を抱えながら仕事につくプレゼンティズムは、仕事の効率が下がってしまうので、その対応も重要である。

・治療のレベルによっては、そのネガティブな影響は大きくなる。一方で、例えば癌になっても治療しながら働き続けられる仕組みは、本人にとっても会社にとっても極めて重要である。生活習慣病を抱えている社員への適切なサポートも戦力の確保という点では大いに役立つ。

・仕事への取り組み態度(ポジティブかネガティブか)を横軸に、取り組みの活動水準(高いか低いか)を縦軸にとってみると、1)どちらも良好なワーク・エンゲージメントを保てるようにしたい、2)働き過ぎてネガティブになったり、3)燃え尽きてバーンアウトしたりすることは何としても避けたい。そうなる前に、会社として統制をかける必要があり、本人の自律性も普段から働くようにしておくことが求められる。

・では、やる気をどう引き出すか。それがうまくウェルビーイング(幸せ)に結び付いているか。決められた仕事を従順にこなして、一定の成果を出せば十分であるという会社は、そのレベルにとどまろう。新しい仕組みを作り上げて、それを定着させていくことに、ぜひ挑戦してほしい。

・課題は、健康経営をどのようなストリーで、企業価値創造につなげていくか。その因果関係を投資家は知りたい。人的資本の能力、スキル、ナレッジは、いずれも無形資産である。これを社内で、独自の仕組みで見える化しているか、それが活用されているか。

・ベースとなる健康経営を、マーケットはどこまで織り込んでいるか。サステナビリティを支えるESGとの関係も、自社独自のつながり(コネクティビティ)として語ってほしい。ひいては、企業の生産性に貢献するデータとして、KPIをあげてほしい。

・野村アセットマネジメントのポートフォリオマネジャー臼木氏は、企業の人的資本の活用と、そのパフォーマンスの関係を分析した。結果として、1)社員にとって優れた企業が、投資家にとっても優れた企業となりうる、2)社員と投資家の協調関係が、企業価値向上につながる可能性がある、とまとめている。

・社員の人件費としてのコストで、利益の前の費用である。費用は少ないほどよい。これを‘社員と投資家の対立’と呼んでいる。そうではなく、社員は、企業の実質的価値を生む資産であり、この資産を資本として捉え、積極的に活用することを‘社員と投資家の協調関係’とみている。

・従業員の満足度と株式のリターンには有意な関係がグローバルにみられる。超過リターンが出ているケースでは、社員の満足度に関連した無形資産が、株式市場では効率的に織り込めていないという見方もある。人材活用に優れている日本企業を分析すると、同じような傾向がみられると指摘する。

・人材を人的資本とみる時、まずは人的資本投資があって、その費用が人件費である。設備投資に対する減価償却のような考え方である。人的資本は、組織として鍛えれば、劣化せずに創造力は高まっていく。企業内でビジネスモデル(価値創造の仕組み)にしっかり組み入れられていれば、人材はワクワクして創造性を発揮しよう。

・逆に、ビジネスモデルが陳腐化していけば、そこに物足らない優秀な人材は会社から抜けていこう。つまり、他の組織に、力の発揮場所を求めていく。この動きが日本でも高まりつつある。

・人材不足は、人材引き付け競争である。自社に、働き方でどれだけ魅力を作っていけるか。ここに企業の独自性が出てくる。この人材活用の独自性がみえてくれば、企業業績よりも早く、企業価値を作り出す潜在力として高く評価できるようになろう。

・投資家は、ここに着目している。人材活用の独自の仕組みのKPIを知りたい。これがメイクセンスしたら超過リターンが得られよう。そういう企業を見い出して、投資していきたい。

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配信元: みんかぶ株式コラム