低金利時代は終わっていない<前編>

著者:武者 陵司
投稿:2023/05/19 16:15

 50年ぶりのインフレ、40年ぶりの急速な利上げ・引き締め、バブル化した資産価格の下落などにより、ディスインフレ、金利低下の時代は終わったとする見解が台頭していた。ここ1年の金融市場の焦点は、レジームは変わったのかの見極めであった。武者リサーチは注意深くこの点を追跡してきたが、結論が出つつある。レジームは変わっていない。やはり低金利の時代は終わってはいないのである。世界的な低金利再来の下では、日銀の政策転換は大きくずれ込もう。みすみす円高を将来招きかねない金融政策の転換は、政権も世論も容認しないだろう。

 ここ1年間で以下の諸点はほぼ確かになった。
1)インフレは一過性、2年もすれば元に戻る
2)低金利趨勢も変わらない。インフレが定着しないようにとの予防的金融引き締めの役割は終わった、過去40年間で最大の長短金利逆ザヤの弊害は深刻化する
3)低金利時代が終わらないとすれば、資産価格はバブルではない
4)新産業革命は続いている

 インフレ・高金利時代到来との想定に基づく投資ポジションは、早急に是正されるべきであろう。

(1)インフレは一過性、元に戻る

一時的インフレ要因は完全解消

 一過性の資源価格、サプライチェーン混乱のインフレが、米連邦準備制度理事会(FRB)の迅速な対応により、定着することはなかった。あと1年でインフレ率は顕著に低下するだろう。

 米国消費者物価指数(CPI)の項目別寄与度推移をみると、1年前のインフレの主因であるエネルギー要因とサプライチェーン混乱要因は完全になくなった。食料品と賃金上昇を主因とするコアサービス価格で今なおインフレは残るが、これも1年かけて大きく鈍化していくだろう。食料品価格の上昇は原料・エネルギーコスト上昇が主要因であるが、それは既に過去のものである。

タイトな労働需給の下で賃金インフレ鈍化、賃金上昇の主因は供給制約であった

 また賃金上昇は、平均時給がピークアウトしている。なぜ労働需給の悪化と失業率上昇が起きていないのに賃金インフレが鈍化したかだが、①賃金は生活コストの投影的要素があり、昨年までのインフレが自動的に投影された、②サプライチェーン混乱の一環としてトラック運転手や接客業の人手不足が顕在化したが、それが解消されつつある、③高賃金セクターの金融、情報産業などでAIによる労働代替が起き、賃金下落圧力が起きていること、などが考えられる。今後の引き締めの効果、銀行危機による融資の厳格化などにより、労働需給は緩和していこう。賃金上昇圧力の顕著な低下が想定される。

 現在、物価上昇の最大要因であり、56%の寄与度を占める住宅コストも、利上げにより住宅価格が大きく低下しており、1年後には半減以下になるだろう。ただ、米国住宅は基本的に供給不足で、空き室率は大きく低下している。金融引き締めにより新規住宅建設が抑制され続ければ、逆に住宅不足と価格上昇を加速しかねない、というジレンマがある。この点からも、米国の利上げはインフレ抑制に有効ではないとも結論づけられよう。

金融市場で織り込み済みの2%台へのインフレ回帰

 以上の物価沈静化は、すでに金融市場には織り込まれている。物価連動債利回りから逆算される期待インフレ率は、2年後1.9%、5年後2.1%、10年後2.2%とほぼコロナパンデミック前の水準に低下している。執拗に物価警戒にこだわり続けるFRBと金融市場の温度差が議論されるが、FRBは本来一過性であるインフレが根づかないように予防的引き締めを行っているのであり、現在は実体以上にインフレリスクを強調するバイアスを強く持っている。FRBはいずれかの時点で姿勢を急転回させるだろう。

(2)低金利時代終わらず、利下げで高止まりしている実質金利低下へ

グリーンスパンの謎、再現

 グローバルに潤沢な投資資金が依然存在し、5.25%まで短期金利が引き上げられたのに、米国10年債利回りは3.3~3.5%前後まで低下している。これは名目経済成長率7.1%(2023年第1四半期)の半分以下であり、依然として緩和的水準にあるとも言える。金融引き締めの効果を金余りが尻抜けにさせているとも言えるのだ。歴史的な利上げにもかかわらず、潤沢な投資資金が健在であることは、多くの人々にとって全くの想定外であった。まさに2005年にグリーンスパン元FRB議長が「謎」といった事態がより強化されて再現されている。

金利の下落余地大

 とはいえ、インフレが一過性とすれば、長期金利はそれを織り込んでいない。TIPS(物価連動債)に基づく現在の実質金利は1.2~1.5%であり、2010年代以降最高水準にある。この高水準は、FRBによる短期金利の引き上げに強く引っ張られていると見られる。FRBの政策転換がはっきりすれば、実質金利は顕著に低下していく可能性が大きく、それはリスク資産投資の誘因になるだろう。

背景にある恒常的資金余剰

 40年ぶりの急激な金融引き締めにもかかわらず潤沢な流動性が変わっていないとすれば、その原因は何なのか。新産業革命による高収益と企業部門の過剰貯蓄が主因と考えるほかないのではないか。耐久財受注が軟調であり、先行きの景気不安による投資抑制も理由には違いないが、それだけではこの潤沢な流動性は説明できない。

 50年前のアメリカのリーディングカンパニーはゼネラルモーターズや ゼネラル・エレクトリックであるが、これらの企業は儲かると工場を拡張し雇用を増加させ、次の経済拡大循環を引き起こしてきた。

 しかし、今のリーディングカンパニーであるアップルやアルファベットは、儲かっても設備投資もしないし、雇用もさほど増やさない。膨大な企業利益が需要創造と経済の拡大循環に結びつかないのである。その結果、企業の余剰は金融市場に滞留し、著しい低金利を引き起こしている。

 米国企業部門(非金融)の資金余剰(=フリーキャッシュフロー)を見ると、2000年頃を境に恒常的赤字から恒常的黒字に転換したことが明瞭である。と同時に、米国長期金利は恒常的に名目経済成長率を下回るようになっており、両者の強い相関がうかがわれる。この企業の超過利潤と貯蓄余剰による低金利の趨勢は、今回のインフレと金融引き締めがあっても変わっていない、と結論づけてもよいのではないか。

 IMF(国際通貨基金)も直近の世界経済見通し(2023年4月、第2章)において、長期的に実質金利(≒自然利子率)を引き下げてきた諸要因は変わっていないので、インフレが抑制されれば、先進国の中央銀行は金融緩和を行い、実質金利はパンデミック前の水準に戻る、つまり最近の実質金利の上昇は一時的なものである、と結論づけている。とはいえ、IMFは実質金利の長期低下趨勢は全要素生産性の低下によると想定しているが、それはハイテク革命によるデフレ―ター低下を過小評価していると思われ、筆者は疑問である。

<後編>へ続く
 

配信元: みんかぶ株式コラム