(3)今回の円安ではJカーブ効果が一段と強まるだろう、2023年日本数量景気ブームへ
米中対立による脱中国の動きは、日本の円安Jカーブ効果をより加速するものとなるだろう。Jカーブ効果とは、円安により当初は輸入単価が上昇して貿易赤字が増える(円安はマイナスに見える)が、やがて大きな数量増加の好循環をもたらす、というものである。海外市場では価格競争力の向上により日本企業のシェアが上昇し、輸出企業の国内生産が高まる。また、国内市場においては割高な輸入品から割安な国産品へのシフトが起き、生産が高まる。その結果、工場の稼働率が上昇し、やがて設備投資の増加へと結びつく。こうして円安は生産→投資増という好循環を引き起こすのである。
更に今回の円安では、国内の生産数量が目立って増加する前から米中対立による国内回帰によって過去最高の設備投資ブームが起きている。9月の日銀短観では2022年度の設備投資計画は全規模全産業で前年度比16.4%増だった。前回6月の14.1%増から上方修正し、1983年の調査開始以来、9月時点の水準として過去最高となる(製造業の設備投資21.2%増は1988年以来の高水準)。Jカーブ効果の好循環がいち早く立ち上がっているのである。
外国人が内需の担い手に、インバウンドと越境eコマース
今回Jカーブ効果が加速すると考えられる第二の要因は、インバウンドの増加である。これまで円安の恩恵を全く受けてこなかった内需産業が、外国人という新たな顧客を獲得したことで、円安が直ちに需要数量の増加をもたらす好循環を見出している。
ダボス会議を主宰する世界経済フォーラム(WEF)の調査によると、日本の観光開発力は世界最高となった。訪日観光客はコロナ禍直前の2019年には3190万人まで増加し、オリンピックの2020年には4000万人が確実視されたが、コロナ禍下でほぼゼロまで落ちこんだ。しかし、コロナ禍終息の暁には、信じられないくらい割安感を増した日本への旅行需要が急増するだろう。中長期的には約15億人の中所得層を抱えるアジアを後背地に持つ日本は、世界最高の観光立国フランスの観光客数9000万人を大きく超えていくだろう。
今回Jカーブ効果が加速する第三の要因は、割安になった日本で商品を調達し海外へと転売する越境EC(eコマース)である。日本経済新聞は「経済産業省によると個人向け越境ECの販売額は21年に中国向けが前年比10%増の2兆1382億円、米国向けが26%増の1兆2224億円。米中向けの貿易統計上の輸出額の約1割に相当する。」「越境EC支援で国内最大手のBEENOSが持つ国内3千社以上のデータによれば、22年1~6月の販売額指数(円ベース)は20年同期比で8割増えた。」と報道している(10月16日付)。
5年前比では3.7倍だ。米中は日本の越境ECの2大主要国とされる。越境ECは20万円超などの取引でなければ貿易統計に反映されないため、越境EC全体の販売額は明らかではないが、一定の市場に成長したようだ。
極端な安いニッポンは、全日本人が獲得できるビジネスチャンス
中藤玲氏著「安いニッポン」(日本経済新聞出版)に掲載されたダイソーの販売価格の国際比較をみると、ダイソーの価格でも100円均一が保たれているのは日本のみで、タイ、ブラジル、中国などの新興国であっても、日本より格段に高いことが驚きである。しかも、この価格差は、1ドル=約105円の2021年1月時点のものであるから、今の140~150円での価格差はさらに大きく拡大していると推察される(中藤氏はこの低価格は人件費と賃料安が主因とのダイソーの説明を伝えている)。この圧倒的な価格差は大企業、中小企業、個人の誰でもが獲得できるビジネスチャンスになっているのである。
このようにグローバリゼーションの新たな進展により、従来の内需のみを顧客としていた多くの中小企業やサービス産業に、海外顧客という新たな需要先を広げた。円安はインバウンド、越境eコマースにより直ちにこれらの産業とそれが立脚している地域経済に需要数量の増加を引き起こすだろう。以上により、今回の円安によって起きるJカーブ効果は、従来以上のプラス効果をもたらす、と考えられる。そして、この円安の背景に米中対立がある。米中対立が日本経済の追い風になるという武者リサーチの10年来の主張(※)が、現実のものになっている。
(※)筆者著作「失われた20年の終わり~地政学で診る日本経済」2011年 東洋経済新報社、「結局勝ち続けるアメリカ経済一人負けする中国経済~日本に吹く歴史的順風」(2017年 講談社)
(2022年10月31日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン317号」を転載)
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