(3)超円安で日本からの資本漏出停止、「デフレ均衡」が瓦解する
国内設備投資が過去最高の伸びに
この恒常的資本流出のメカニズムが、円急落により終わりを迎えるかもしれない。第一に、企業投資の重点が、海外から国内へとシフトしつつある。円安により世界の需要が圧倒的な低物価国である日本へとシフトし、国内での設備投資が急増し始めている。9月の日銀短観の2022年度の設備投資計画は、全産業16.4%、製造業21.2%と過去最高の伸びとなった。
総額1兆円に達する台湾積体電路製造(TSMC)
そのほか、SUBARU <7270> [東証P]による大泉工場でのEV(電気自動車)専用の生産棟新設(60年振りの国内での工場新設)、ルネサスエレクトロニクス <6723> [東証P]の甲府工場のパワー半導体生産ラインとしての再稼働、SUMCO <3436> [東証P]の伊万里市での新工場建設、住友金属鉱山 <5713> [東証P]の新居浜市でのニッケル電極材の新工場建設、アイリスオーヤマの中国での収納用品を中心としたプラスチック製品生産の一部国内移管、京セラ <6971> [東証P]の鹿児島川内工場での半導体パッケージ用新棟の建設、ダイキン工業 <6367> [東証P]の中国依存のサプライチェーンの国内移管、キヤノン <7751> [東証P]の宇都宮市での21年ぶり露光装置工場の新設、安川電機 <6506> [東証P]の基幹部品生産の国内回帰と福岡県行橋市での工場建設、富士フイルムホールディングス <4901> の富山県でのバイオ医薬品の製造受託拠点の新設など、数百億円規模の投資プランが続々と動き始めている。
今後、円安定着がはっきりするにつれて国内への工場回帰が強まり、投資の伸びは更に高まるに違いない。特に中国への生産依存体制は、米中対立と中国習独裁体制の強化によって、危険度が急速に高まってきた。
海外資産リスクに立ちすくむ機関投資家
また、海外資産をポートフォリオの中核に据えてきた金融機関、機関投資家は海外投資のリスクに立ち往生している。海外の金利急上昇(=債券安)、株安に加えて円が急落しており、外貨資産投資の不確実性が高まっている。海外へのポートフォリオ投資は大きく減っていくのではないか。
他方、米国、英国など海外で不動産・住宅価格が急落していることとは裏腹に、グローバル投資家の日本不動産投資が活発である。日本の不動産の割安さを看過できなくなったためである。日本の資産価格の割安さは日本株式においてはより顕著であり、日本人の海外証券投資の減少が見込まれる一方、外国人投資家の日本株投資が増加していくと見られる。
脱中国サプライチェーン構築で日本投資が加速
IMF(国際通貨基金)は2023年の成長見通しを10月時点で「米国1.0%、ユーロ圏0.5%、日本1.6%」、OECD(経済協力開発機構)は9月時点で「米国0.5%、ユーロ圏0.3%、日本1.4%」と予想している。日本経済は、(A)世界的な金融引き締めの中で緩和基調が維持されていること、(B)コロナパンデミックに対する過剰反応から最も経済の落ち込みが大きかったが、その反動(リベンジ消費など)が期待できること、(C)円安のプラス効果が発現すること――などが予想されるからである。
グローバル資金は、世界で最も割安、且つ2023年の成長期待が高い日本に集まっていくのではないだろうか。米中対立が急速に深刻化し、脱中国のハイテクサプライチェーン構築は、焦眉の課題になってきた。日本にハイテク産業集積が回帰する可能性は大きく高まっている。
無駄金1.2兆ドルの政府の外貨保有が、国内投資資金に転用されれば効果は甚大
加えて、夢物語に聞こえるかもしれないが、日本政府のドル売り介入が進行すれば、総額1.2兆ドル(170兆円)もため込まれた外為特別会計が保有する米国国債の売りで資本流出が加速される。
経済学者の高橋洋一氏が主張するように、無駄に保有するこの巨額資金が売却されれば、為替実現益40~50兆円と、投資元本回収の120兆円、合計170兆円という巨額の余裕資金が生まれる。これをハイテク・ゼロカーボン・インフラ投資などの原資として投入すれば、日本のテクノロジーは一気に世界最先頭に立つことも可能となる。
円安はゼロ・ゼロ・ゼロの「デフレ均衡」を瓦解させるトリガーに
このように円安進行は、日本経済に全く寄与しない形でため込まれていた巨額の対外資産の国内還流を引き起こし、日本に固く定着したゼロ・ゼロ・ゼロの「デフレ均衡」を瓦解させるトリガーになる、と考えられる。政策担当者の構想力と決断力が強く求められる局面である。
(2022年10月25日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン316号」を転載)
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