―米中対決のカギを握る半導体、言わば現代の石油―
(1) 攻勢を強める中国
香港国家安全法では国際世論分断に成功
米中対決は香港の一国二制度の崩壊で決定的となった。現世界情勢の特徴は「中国の一方的攻勢」であろう。インド国境、南シナ海、東シナ海・尖閣列島では周辺への威圧を強めている。国内では国際世論の批判に耳を貸さず、新疆ウィグル自治区、チベット、内モンゴルで民族同化政策を推し進めている。いち早くネットデジタル社会化に成功し、水も漏らさない監視システムを敷き詰め、言論統制が一段と強化されている。世界がコロナで苦境にある機に乗じて一気に攻勢に出ていると観測される。対中批判を止めないオーストラリアやカナダに対しては経済制裁により報復する。
香港国家安全維持法導入に際しては、施行直前の6月30日に、英国の在ジュネーブ国連大使が主導し、オーストラリア、カナダ、日本、ニュージーランド、スイスなど27カ国による抗議の共同声明が発表された。「一国二制度により保障されている高度な自治と権利、自由を害する、中国に再考を求める」との内容である。しかし、同日ジュネーブの国連人権理事会で、キューバが53カ国を代表して支持を表明した、と新華社は伝えている。国際世論の分断に成功している。
サラミスライス戦略の先に台湾が
中国の次のターゲットは台湾である。一国二制度はそもそも台湾を包摂する戦略として構想されたものである。米国も認めている「台湾の主権は中国にあり」(「ニクソン訪中機密会談録・増補決定版」名古屋大学出版会)との主張に依拠すれば、台湾の香港化はいつでも起こり得るし、それを中国は正当化できる。南シナ海や香港で少しずつ地歩を拡大し、やがて全域を支配下に治めるというサラミスライス戦略が見事に奏功しているが、中国は更に戦線を広げてそれを試している、と見られる。
コロナをtake advantage
対コロナ制圧で世界最先頭を走り、経済活動はV字的に正常化するなど、中国経済は充実している。コロナパンデミックは、中国に大きな地政学上のアドバンテージを与えた。1).感染鎮圧に先行したことによる高い成長、供給力の温存、2).感染国に対して援助支援で抱き込む、3).経常収支悪化が大きく先延ばしされ、2018年以降に顕在化しそうになっていた外貨不安が解消4).実効支配(自ら紛争を作り出す周辺地域において)を一気に進める機会を与える、などである。米中貿易戦争で、2018年から地盤沈下すると思われていた中国の経済プレゼンスは逆に大きく高まった。
(2) 中国がけん引する世界経済の回復
コロナ感染をいち早く制圧したことで、中国主導の世界景気回復のシナリオが現実化してくるだろう。日本からの段ボール原紙の対中輸出急増、ドイツで対中輸出回復、鉄鉱石市況や海運市況堅調など、経済活動の復活を伝えるニュースが続いている。不動産、インフラ投資はほぼ前年水準を上回っており、経済のV字回復が視野に入ってきた。工業生産は4月前年比3.9%増、5月4.4%増とすでに前年水準を回復している。特に固定資産投資は1~4月13.68兆元(前年比-10.3%)、1~5月19.92兆元 (前年比-6.3%)となっており、ここから5月単月を計算すれば6.24兆元、前年比+39.4%と急増していることがわかる。不動産投資とインフラ投資が主導している。
IMFによる中国経済見通しは2020年+1.0%、2021年+8.1%と世界で突出した成長となっている。成長のけん引力は財政である。コロナ対策による1兆元の国債増発により対GDP比財政赤字を2019年2.8%から2020年には3.6%以上に上昇させるほか、地方政府発行のレベニュー債(事業目的別に起債される)を前年比1.6兆元増の3.7兆元に増加させる(李克強全人代報告)など、積極予算が組まれている。
新型インフラ投資加速、5Gで世界リードへ
2020年のインフラ投資は前年比10%増の15兆元(230兆円)とされ、その増加分の大半が新型インフラ投資と伝えられている。その筆頭が 5G関連投資である。「中国3大通信キャリア(中国移動、中国電信、中国総通)は2000億元(2.7兆円)投資し、2020年3月19.8万ヵ所の5G基地局を年末までに60万ヵ所に拡大する。2025年までには500万ヵ所に増えると予測されている。1基地局あたり40~50万元(600~750万円)かかるので、25年までに2兆元(30兆円)以上の巨大市場となる。5G対応スマートフォン販売台数は2020年末には1.8億台に達すると予想される」(電子デバイス産業新聞6月18日)。そのほか、 半導体、 データセンター、 AI、NEV(新エネルギー車)など、コロナショックの景気対策を利用し、デジタルインフラ基盤整備を一気に進める計画が進行している。5G投資は中国が他を圧倒している。
米国では周波数割り当てがネックとなり、進捗に手間取っている。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙(6月29日)は2025年の5G接続数が「中国8.07億ベース、アジア(除く中国)3.47億ベース、欧州2.31億ベース、北米2.05億ベースになる」(GSMA インテリジェンス予測)という予測を報じている。
三峡ダム決壊・放水による長江水域の洪水などの不安要素も存在するが、中国が2020~2021年の世界経済をけん引することは確実であろう。
経常収支、外貨準備は改善傾向
アキレス腱である経常収支は大きく改善している。いち早く立ち直った供給力を武器に4~5月輸出はほぼ前年並みまで改善(4月前年比3.5%増、5月3.3%減)、輸入の減少により貿易黒字は大きく増加している。加えて最大の赤字要因であった中国人の海外旅行が著減し、経常収支の黒字が膨れ上がっている。また、対内直接投資が増勢を続ける一方、対外直接投資は1割前後の減少が続き、直接投資バランスが改善している。この結果、外貨準備高は2020年6月末3兆1123億ドルと緩やかに増加趨勢にある。ドル準備は強化されている。一見今の中国に死角は見えない。
官起点の株高、半導体株バブル(?)
金融緩和と当局誘導の投資ブーム、言わば人為的ともいえる株高が始まっている。香港国家安全維持法が資本流出や金融不安を引き起こす、という懸念を払しょくするための官製株高とも考えられる。株式ブームの中核は習近平政権が国運をかけて資本を集中させようとしている半導体である。
後述するように、世界最大の半導体受託生産会社(シェア50%)のTSMC(台湾セミコンダクター)が米国の圧力によりファーウェイとの取引を停止したが、それを代替する中国国策の半導体受託生産会社SMIC(中芯国際集成電路製造)が上海科創板(中国版ナスダック)に新規公開される予定で、IPOが大人気となっている。SMICはIPOにより約200億元(28億ドル)の資金調達を目指していたが、株高で推定調達額は460億元(65.5億ドル)に膨らんでいる。すでに上場している香港市場では株価は年初来3.1倍に上昇、EV/EBITDAは22倍とサムスンの4.5倍、TSMCの11倍を大きく上回っている(フィナンシャルタイムズ〔FT〕7月7日)。
(3) 守勢に回る米国、長期戦にシフト
香港は当面安定化
米国の対中制裁は及び腰、の感が免れない。香港自治侵害に関わった個人と組織を制裁する「香港自治法」が上下両院満場一致で可決された。それなのにトランプ大統領は未だ署名していない。香港の金融情勢は安定しており、米国による制裁実施が直ちに効果を表す状況ではないからかもしれない。香港ドルは当面盤石と言える。シンガポールにおける海外預金の増加が報道されるなど、香港からの預金流出も観測されている。しかし、香港の外貨準備高は4400億ドルと、マネタリーベースの2倍に達しており、資金流出には十分に耐えられる状況である。万一の場合、中国人民銀行の香港へのドル送金が行われよう。むしろ、アリババの香港上場など香港金融にテコ入れする姿勢が強まっている。GBA(Greater Bay Area)プランの下、製造業拠点の大陸深センと一体化していくという、中国側からの香港発展のプランも打ち出されるだろう。
米国は守勢に回っている。対中輸出は大きく減少。中国は南シナ海に加えて東シナ海、黄海でも同時に軍事演習を実施、それに対抗して米国も南シナ海で米空母の二隻による軍事演習を実施したが、中国の攻勢を押し返せてはいない。米国国内の人種問題などの国論対立、トランプ大統領の指導力欠如、大統領選挙など政治空白もある。
伝家の宝刀、金融制裁は時期尚早
米国に今すぐにできることは少ない。中国に金融的制裁を科すべき時期に至っていないとすれば、ハイテク覇権を守り中国を振り切る土台をつくることが今は大事である。昨年末、後述するファーウェイ制裁の決め手として、ファーウェイをSDNリスト(事実上の敵性認定リスト)に加え、米国金融システムからの排除と在米資産凍結(=ドル使用禁止)を可能にすることが検討されたが、それは最終手段で時期尚早と判断された、と伝えられた(2019年12月4日ロイター)。
長期戦にシフトする米国 ? ハイテク、半導体が天王山
短期的に攻勢を強める中国には二つのアキレス腱がある。半導体と金融である。このネックを中国はコロナパンデミックによって与えられた時間を最大限に利用することで、クリアしようとしている。マクロ面では投資主導の国内成長維持、金融面では経常収支の大幅改善と人為的資産価格押し上げで、困難の顕在化は相当期間の間(少なくとも3年以上)は先
送りできるだろう。ハイテク面ではむしろ中国に勢いがある。
(4) 米中ハイテク対決の天王山 -I. ファーウェイ
ビヒモス化したファーウェイ、米国の力づくの封じ込め
ハイテク覇権争いは一見、中国に有利に展開している。世界最先端の5G通信機メーカーはファーウェイである。基地局では技術力、競争力で他を圧倒している。2019年通信基地局の世界シェアは、ファーウェイ34.4%、エリクソン24.1%、ノキア19.2%、ZTE10.2%、サムスン電子8.9%、NEC0.7%、富士通0.6%と、他を引き離している(英調査会社オムディア調べ)。技術力のメルクマールとされている5G標準必要特許件数は3147件、シェア15.2%とトップであり、2位以下を引き離す勢いにある(ドイツ特許情報サービス企業アイプリティクス調べ2020年1月現在)。スマホシェアも首位サムスンに肉薄。2020年1Qの世界シェアは、サムスン20%に次ぎ第二位の17%と、第三位のアップル14%を大きく引き離している。
米国のファーウェイ排除要請に対してイギリスを除き欧州諸国が追随しないのは、その技術優位とコスト競争力の図抜けた強さによる。「全従業員の45%に相当する8万人がR&Dに従事(うち基礎研究に1.5万人、博士6000人)、2019年は売上高の15%に当たる189億ドルをR&Dに回した」(日経エレクトロニクス、東京理科大学教授若林秀樹氏)とされている。
ファーウェイ躍進は国家資本主義によるソーシャルダンピングの結果と言える
今やファーウェイの強さは普通の市場競争では全く抑えられないところに来ている。なぜ、ちょっと油断している隙にこんなことになったのだろうか。ファーウェイの圧倒的開発投資に原因がある。過去10年間にファーウェイの研究開発投資は10倍(2009年19億ドルが2019年189億ドルへ)になったが、この10年間、他企業はほぼ横ばいという驚くべき実態がある。
このファーウェイの圧倒的投資は国策による支援があったからとしか考えられない。政府支援の下で圧倒的価格競争力を持ったファーウェイが、市場価格に基づく高コストの他企業を圧倒し、通信機産業全体の企業収益が破壊され、他者が全く対抗できない事態が引き起こされたことは明白である。国家資本主義によるソーシャルダンピングの典型例と言える。
米国政府内では国産通信機企業育成の可能性が検討され、シスコなど関連メーカーにエリクソン、ノキアの買収、あるいは資本参加を呼び掛けたが、シスコなどの米国メーカーはそれら企業は低収益でとてもではないが買収対象ではないと断ったと伝えられる。
ファーウェイ叩きしか手は残されていない
米国はファーウェイを国防上の脅威と認定し、2019年の国防授権法以降、次々に制裁を強化してきた。まず米国政府機関のファーウェイからの調達を禁止、さらにはファーウェイに対する米国企業による禁輸、他国製品でも米国製コンポーネントの割合が25%以上の製品の禁輸(TSMCのファーウェイへの供給停止はこれに基づく)と展開されている。ファーウェイは米国メーカーからの半導体輸入とともに傘下の半導体設計会社ハイシリコン設計の半導体をTSMCに生産委託してきた。これらを含めTSMCの全売り上げの16%がフアーウェイ向けであったが、この取引が5月で全て遮断された。ファーウェイは事前に在庫を積み増しており、一年程度は耐えられると見られているが、この先、半導体の入手困難は避けられない。
また、ファーウェイは昨年からグーグルのアプリを利用できなくなっており、スマホにおいてもグローバル展開が困難になっている。さらにイギリスに続きフランスでも米国の要請に応じ、ファーウェイ製品のシェアを段階的に引き下げる意向が伝えられている。こうなると、ドイツのメルケル首相も追随せざるを得なくなるだろう。
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