パンデミックと市場パニックの分析と展望<後編>

著者:武者 陵司
投稿:2020/03/23 13:12

<前編>から続く

(3)リスク要因の総点検と日本の立ち位置

 以上のように今回の株価暴落は、深刻な危機に導くものではなく、比較的短期間に市場下落は修復されると考えられるが、そうではない場合のリスク要因はチェックしておく必要があるだろう。後から振り返れば、このパンデミックが人々のライフスタイルやビジネスモデルひいては国際秩序変化の歴史的転換点であったということになるかもしれない。

政策発動でも株価下落が止まらないのか、何が底値を形成させるのか

 真の敵が ウイルスという自然であるから、経済政策は直接的力を持たない。政策目的はリセッション回避でなく、軽微化、回復迅速化という対症療法でしかない。ただ、現状が放置されれば、グローバルな人的接触遮断による経済活動の萎縮・蒸発→企業と家計のキャッシュフロー枯渇→資金ショートによる企業破綻、家計破綻→金融破綻の連鎖、となって大不況に結びつく可能性が著しく高くなる。そうした家計と企業のキャッシュフローの枯渇を財政、金融的に、迅速に補填することは、必須である。政策による十分なセーフティネットが構築されたことが確認できれば、市場は大不況の可能性を排除でき、底値観のメドが立つと考えられよう。

 米国ではFRBによる1%利下げとQEの復活、CPの購入など緊急流動性支援が打ち出された。また、政府は1兆ドル規模の財政出動、一人当たり1000ドルの小切手送付、航空産業など被害産業企業への財政支援を打ち出している。壮大な規模であるが、それでも十分か、確実に実施に移されるか、人々は疑っている。このセーフティネットの確信が、市場底値形成の要因になるだろう。迅速な回復、経済正常化には、こうした対症療法とともに、財政による有効需要創造が重要である。

最重要な株式資本主義の維持、株価の復元は可能か

 株高、資産価格上昇が家計の純資産を著しく増加させ、消費増加を支え経済の好循環をもたらしているという、米国の株式資本主義が揺らぐことはないだろうか。2009年4Qリーマンショック後のボトムでは49兆ドルに落ち込んでいた米国家計純資産は、2019年2Qには113兆ドルへと10年間で64兆ドル(米国GDPの3倍)も増加した(そのうち年金資産は10兆ドルから27兆ドルへと著増)。株式資本主義はQE(量的金融緩和)という紙幣発行の新しい仕組み、株式などの市場の許容度に即した通貨発行手段によって可能となったが、それは一段と強化される状況にある。QEなど株式資本主義を支援強化する政策的枠組みに対して、現在のところ何ら障害はない。

 米国政府が暴落にもかかわらず米国市場を閉鎖していないことはV字回復の自信の表れと考えられる。米国投資家のアニマルスピリットもそう容易に失われることはないだろう。上述の政策が功を奏し年内というぐらいの短期に経済が正常化すれば、株価復元は可能である。

 ただ、必要とされる財政出動が巨額であり、それが定着していけば政府部門による需要創造を推進力とする新ケインズ体制とでもいえる仕組みになっていく可能性はある。FTPL(物価水準の財政理論=シムズ理論)、MMT(Modern Monetary Theory)などの財政出動を正当化する理論が台頭しているのは、まさしく金融緩和と財政政策の二つのエンジンによる需要創造が必須・適切な時代の到来を示唆していると考えられる。この財政バランスの悪化により長期金利(国債利回り)が今を底に上昇に転じれば、上述の株式の超過リターン(株式益回り―国債利回り)は大きく低下していくかもしれない。それは株価上昇力を弱めると同時に、ボラティリティを低下させるという方向に作用しよう。

リーマンショックとの違いは何か

 今回は天災による一過性の経済ショックであり、過剰債務による過剰なリスクテイクを原因としたリーマンショック(GFC)とは根本的に異なる。リーマンショックの時には金融破綻、過剰債務の整理、銀行のBS立て直しなど金融システムの再建に5年以上の期間が費やされた。その違いはクレジット市場の相対的落ち着きに現れている。リーマンショック時に大恐慌の水準以上に上昇したリスクプレミアムは、抑制された水準に収
まっている。また、米国家計の過剰債務(対可処分所得比)はリーマンショック以降、大きく低下している。企業の債務は自社株買いのために大きく増加しているが、支払い負担能力(インタレストカバレッジ・レシオ)は金利の低下と企業利益の増加により、十分に抑制されている。金融機関のバランスシートも度重なるストレステストの結果、健全化している。

 ただ、リーマンショック時と同様、原油価格急落による流動性枯渇など国際金融不安の芽が表れ、ドルキャッシュ需要が高まり、一時的にドル高となっている。リーマンショック時にはこのドル高は一過性で、そ
の後の米国の金融緩和、QEにより再度ドル安となった。しかし、今回はこの傾向はしばらく続き、長期に定着するかもしれない。ここ数年、国際決済手段においても貯蓄手段としてもドルの優位性が認識されドル比率が高まっている。加えて、米国財政バランスの悪化による金利上昇が起きれば、両者相まって長期ドル高トレンドを定着させるかもしれない。

 米国覇権はより強まるだろう。ドルを使った世界金融支配力、産業情報支配力、対抗覇権国である中国の抑え込みなど、米国のプレゼンスはさらに高まらざるを得ない。それがドルの強さを支えていくことになるだろう。

米中対立さらに熾烈に

 リーマンショックは、不足する世界需要の提供者として巨額の財政出動をした中国が、国際経済におけるプレゼンスを大きく高めるきっかけになった。今回も中国はいち早い新型コロナ感染の鎮圧、大胆な財政金融政策発動により、世界で最も早く経済正常化を成し遂げる国となるだろう。中国中心のグローバルサプライチェーンもひとまず復活するだろう。

 しかし、その後の軌道は、リーマンショック後とは全く様相を異にするだろう。パンデミックの蔓延に中国(というよりは習近平政権の全体主義的体質)に第一義的責任があることを、全世界は認識している。事態を糊塗・捏造しようとする習近平体制を米国が全面的に批判している。米中対決はさらに熾烈化するだろう。2019年末に一次決着を見た米中通商協議はさらに蒸し返されるだろう。習近平政権は体制立て直しのため一層国内の強権を強化しており、それは中国の国際的孤立をさらに深めていくだろう。例えばファーウェイ採用に傾いていた欧州諸国の5G導入が覆されるかも知れない。国内過剰債務の悪化、資本リターンの低下などとなって中国の経済力を衰弱させる転機となるだろう。

日本の立ち位置、大きく優位に

 日本は国際分業上で価格競争をしていない数少ない国である。価格競争では韓国・中国・台湾に完敗した日本企業は、相手国が供給しないONLY ONE領域に特化するビジネスモデルを構築した。製造業もサービス業も国際顧客に日本固有の技術品質を提供するビジネスモデルは、パンデミックによる世界需要の蒸発により深刻な経営困難に直面している。

 しかし、世界景気回復となれば、リスクオンの円安も加わり景況の改善は早まるだろう。日本は世界で最も新型コロナ感染を抑制できている国の一つである。日本は中国に続き経済正常化を果たし、東京オリンピックの実施にこぎつけるかもしれない。そうした長所があるにもかかわらず、2012年以降のアベノミクス相場を牽引し、取引シェアの7割を占める外国人がすべての買いポジションを売り切った状態にある。日本株式は配当利回りが3.1%、PBR0.9倍と将来にわたって企業価値が棄損され続けることまで織り込み、世界主要国で最低のバリュエーションとなっている。ウォーレン・バフェットの師匠ベンジャミン・グレアムが説いた、何が起こっても絶対的に割安な安全領域(マージン・オブ・セーフティ)に奇しくも入ったのである。

 日本企業は欧米企業に比べてレバレッジが低い。それは財務上のクッションが著しく大きいことを示しており、(A)世界リセッションとなれば最も不況抵抗力が強い、(B)好況が続くならM&Aや自社株買いを通して一株当たり利益を顕著に増加させる潜在力がある、(C)買収のターゲットとなりやすく、企業再編成を引き起こす誘因となる、ことを示している。

 ほぼアベノミクス以降の5年間の日本株買いをすべて吐き出した世界の投資家は、日本株の比率を再度急速に高めざるを得ない時期に来ているのではないか。

(2020年3月19日記  武者リサーチ「ストラテジーブレティン248号」を転載)
 

配信元: みんかぶ株式コラム