S&P500月例レポート(2019年9月配信)<中編>
●トランプ大統領と政府高官
○米国は2019年6月までの1年間で630億ドルの関税収入を上げました。現行の関税率に基づけば米国の年間の関税収入は720億ドルとなり、2019年9月1日に3,000億ドル相当の中国からの輸入品に対する10%の追加関税が発動されれば、関税収入は1,000億ドルになる見通しです。
○米中間の貿易を巡る緊張(と協議)が続く中、米商務省は中国の通信機器大手ファーウェイへの米国製品の禁輸について、例外措置を90日間延長すると発表しました。
○トランプ大統領は、給与と資産売却に課される税率の引き下げを検討していることを明らかにしました。大統領はその後、この減税は以前からの検討課題だったと付け加え、国内経済は好調だが(個人的には、政治家の「だが、経済は好調だ」発言はいつも不安を感じます)、FOMCで金利が引き下げられればさらに力強さが増す、と語りました。ただ、大統領は翌日、減税は考えていないと述べました。
○トランプ大統領は、グリーンランドを購入したいとの提案をデンマークのフレデリクセン首相が受け入れないと述べたことを受けて、デンマーク訪問を中止しました。
○中国は80億ドルの米国製F-16V戦闘機(ゼネラル・ダイナミクス社とロッキード・マーティン社が製造)の台湾への売却に関与する米国企業について、制裁措置を取ることを発表しました。
○中国は米国が計画している3,000億ドル相当の追加関税への報復措置として、米国からの輸入品750億ドル相当に追加関税(5%~10%)を課すことを発表しました。この措置は9月1日と12月15日に発動されます(米国による対中関税の発動と同日)。この発表に対し、トランプ大統領は8月23日に「我々は中国を必要としていない。率直に言えば、中国がいない方がいい」とツイートし、米国企業に対して中国に代わる生産拠点を探し始めるよう命じました(その後、大統領は当局に対して、1977年の「国際緊急経済権限法」に基づいてそれを命じるべきだと主張)。このツイートを受けて、同日の株式相場は2.59%下落しました。引け後トランプ大統領は新たな追加関税を発表し、10月1日付けで中国からの輸入品2,500億ドル相当に賦課する関税率を25%から30%に引き上げ、3,000億ドル相当の中国輸入品に対する関税率の10%から15%への引き上げを、9月1日と12月15日に分けて実施する計画であることを明らかにしました。
・米中が9月の直接協議(開催予定地は米国)について話し合いを進める中、中国は8月29日に、9月1日に予定されている米国製品に対する追加関税を発動しない方針を示しました。
○フランスのビアリッツで開催された主要7ヵ国(G7)首脳会議では正式な成果は得られず、会議の雰囲気は友好的ながらも緊張感が漂うものとなりました。G7中に行われた日米首脳会談では、トランプ大統領と安倍首相は両国の貿易交渉について大枠で合意し、9月に調印する見通しであることを発表しました。協定の詳細な内容は未定ですが、米国側の発表によれば、日本はトウモロコシなど米国の農産品の購入を増やし、米国は日本製品に対する関税の一部を撤廃することになります(ただし、自動車関税は対象外)。
○米財務省は償還期限が50~100年の超長期債の発行を検討しており、これは現在の史上最低の金利での借り入れを狙ったものです。
●中央銀行関連の動き
○ドイツ30年国債の利回りが史上初のマイナスとなりました。政府が発行した表面利率0%の国債の平均落札利回りは(ドイツで資産を30年間にわたって安全に守るためのコストとして)マイナス0.11%を付けました。
○シンガポール政府は2019年の予想成長率を従来の1.5%~2.5%から0%~1%に下方修正しました。
○7月30-31日に開催されたFOMC(2008年以来となる0.25%の利下げを決定)の議事要旨によると、今回の利下げは、低インフレと現在の貿易と関税の状況を巡る不透明感を背景に、今後企業の投資活動が大きく落ち込む可能性があることに対する保険と説明しています。
○ジャクソンホールで開催された年次経済シンポジウムは、米中貿易戦争、G7、日米首脳会談といったグローバル・イベントの陰に完全に埋もれた格好となり、いかなる新たな手掛かりも得られないまま終了しました。
・注目すべきは、パウエルFRB議長が講演の中で、FRBはマクロ経済に関する経験はあるが、「通商政策を巡る不透明感にFRBの金融政策フレームワークで対応することは全く新しいチャレンジだ。通商政策の策定はFRBではなく、議会と政権にその責任がある」と発言したことです。
●企業業績
○第2四半期の業績発表が大方出揃いましたが、一見したところ総じて好決算が相次いだ四半期となりました。利益は下方修正されていた予想を上回り、その全体的な水準も現在の株価水準を下支えています。また下半期の利益成長も現時点での予想によって下支えられています。これまでに決算を終えた494銘柄のうち73.5%(363銘柄)で利益が引き下げられていた予想を上回り(88銘柄が未達、43銘柄は予想通り)、第2四半期は前期比で6.5%の増益、前年同期比では4.7%の増益、また過去最高だった2018年第4四半期からは2.2%の減益になる見込みです。売上高に関しては、55.5%(492銘柄中273銘柄)の企業で予想を上回り、四半期としては過去最高を更新し、前期比で3.9%、前年同期比で5.2%の伸びを見せました。
○下半期についてみると、第3四半期は前期比で1.6%の増益、2018年第3四半期からは0.7%の減益が見込まれています。第4四半期は過去最高となる見込みで、前期比では3.5%の増益、利益が大幅に落ち込んだ2018年第4四半期からは21.4%の増益が予想されています。2019年は前年比で6.9%の増益が見込まれ、2020年は2019年を12.0%上回ると予想されています。貿易と関税に対する懸念を考慮して、第4四半期と2020年通期の業績予想の見直しが行われています。
○第2四半期の株式数関連のデータを見ると、個別銘柄の業績(そして株価)に対する自社株買いによる追い風は第1四半期と同程度に強くなっています。株式数の減少によりEPSが前年同期比で4%以上押し上げられた銘柄の割合は24.4%となりました。2019年第1四半期は24.9%、2018年第2四半期は15.6%でした。
●個別銘柄
○金融大手HSBC Holdings plc(HSBC)は全世界23万8,000人の従業員の2%に相当する人員削減を行う計画を発表しました。
○エンターテインメント大手The Walt Disney Company(DIS)の利益は予想に届きませんでしたが、売上高は予想を上回りました。ディズニーが新たに始める動画配信サービスのバンドル販売(Disney Plus、ESPN Plus、Hulu)は、Netflix(NFLX)よりも利用者にとって魅力的だとのコメントが株価を押し上げました。
○ドラッグストア大手Walgreens Boots Alliance(WBA)は、米国内の200店舗を閉鎖すると発表しました(同社は5月に英国内の200店舗を閉鎖すると発表)。この閉鎖により19億~24億ドルの税引前費用が発生する見込みです。
○食料品大手The Kraft Heinz Company(KHC)は、資産の減損処理費用として17億ドル(ブランド評価損が12億ドル、のれん代償却が4億7,400万ドル)を計上しました。同社は2月にも154億ドルの減損損失を計上しています。
○物流大手FedEx(FDX)は2019年8月末にAmazon.com(AMZN)との配送契約を終了すると発表しました。
○小売業の業績にはばらつきが見られました。百貨店大手Macy’s(M)の利益は予想に届かず、業績予想を下方修正すると同時に在庫が膨らんでいることを公表しました。皮革製品メーカーTapestry(TPR、旧Coach)の決算は強弱が混在する結果となり、業績予想も失望を誘う内容となりました。小売大手Walmart(WMT)は売上高が伸び、通年の業績予想を上方修正しました。
○マドフ事件の告発者であるHarry Markopolos氏は、General Electric(GE)が不正会計を行っていると指摘した調査レポートを発表しました。
○航空機大手Boeing(BA)はサプライヤー企業に対して、同社の新型機737 MAXの製造再開を予定していることを伝えました(目標製造機数は2020年2月までに月間52機、同年6月までに同57機に引き上げの予定)。ただし、スケジュールに関しては当局の承認次第としています。
○製薬大手Johnson & Johnson(JNJ)は、深刻な依存症を引き起こしているオピオイド系鎮痛剤に関して、同社に責任の一端があるとする(州検察当局が起こした)オクラホマ州で敗訴し、制裁金を科されました。しかし、命じられた制裁金の額が検察側の主張する170億ドルから5億7,200万ドルに減額されたことで、会社側の支持者は一部勝利と受け止めました。
○S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスは、S&P中型株400指数構成銘柄のITコンサルティング・サービス会社Leidos Holdings(LDOS)と産業機械メーカーのIDEX(IEX)をS&P 500指数に追加し、Occidental Petroleum(OXY)に買収されたAnadarko Petroleum(APC)とスポーツ用品販売大手Foot Locker(FL)を同指数から除外しました。
●注目点
○2019年上半期の米国の貿易動向を見ると、中国は最大の貿易相手国の座を明け渡しました(最大はメキシコ、次いでカナダ)。対中貿易が減少した背景には関税と貿易摩擦を巡る懸念があります(2019年上半期の米国の中国からの輸入は12%、中国向け輸出は19%減少)。
○国際エネルギー機関(IEA)は2019年の原油需要の伸び予想を日量110万バレル(前回予想は同120万バレル)に、また2020年は同130万バレル(同135万バレルから低下)に下方修正しました。
○米国では歳入を上回るペースでの連邦政府による支出を背景に、2019年会計年度(2019年9月末に終了)の期初からの10ヵ月間(7月末時点)の財政赤字額が8,670億ドルに達し、前年同期比で27%増加しました。
○ニューヨーク連銀のレポートによると、米国内のモーゲージローン残高は2019年第2四半期に過去最高となる9兆4,060億ドルに拡大し、2008年第3四半期に記録した9兆2,940億ドルを上回りました(当時のS&P 500指数の時価総額は24兆ドル)。
○日本の米国債保有額は1兆1,200億ドルとなり、中国(2016年に日本から首位の座を奪取)を抜いて再び世界最大の米国債保有国となりました。なお、中国の保有額は1兆1,100億ドルです(10億ドルが巨額とされた時代を覚えているでしょうか?)。
○上海は米中貿易戦争とは無縁で、米国の会員制小売大手Costco(COST)は上海に中国初の店舗を開業しました。多くの買い物客が殺到したため、警察も出動し、同店は営業時間を切り上げての閉店を余儀なくされました。
○アルゼンチン政府は「一方的に」短期債務の返済を延期しました。Standard & Poor’sの債券格付け部門は、「このような事態は当社の基準では債務不履行に該当する」として、同国の長期債務の格付けを外貨建てと自国通貨建て共に「CCC-」に引き下げました。
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