米中貿易戦争と株価、7つの問答

著者:武者 陵司
投稿:2018/12/17 18:53

長期株高トレンドは崩れていない、2019年米景気後退はない

問1)依然株式市場を覆う霧が晴れない。株価は年末になっても底値を模索する状況。武者リサーチの長期上昇相場は続いている、との見方に変化はないのだろうか。

答1)変わらない。この間の株価の意表をついた下落、著しく高いボラティリティーによりリスクテイカーは大きなダメージを受けている。だから株価回復は緩やかになるという可能性もある。しかしテクニカルで売られたものはテクニカルで買い戻されるので、著しく早い回復があるかもしれない。2月と10月の2つの天井によりダブルトップが形成され、いよいよ長期上昇相場は終わったと言う人もいるが、1月高値より9月高値が高いこと、10月の安値は2月の安値を下回っていないことなど、ダブルトップの形状にはなっていない。そうなってくると来年早々に堅調な相場が戻る可能性は十分にある。

 カギはファンダメンタルズにある。いよいよ長期株価上昇と戦後最長景気拡大が終わるとすれば、ブームを終わらせるほどのマグニチュードの要因は二つ、米中貿易戦争、および米国金融引き締めと金利上昇であろう。しかし、武者リサーチはこの二要因を検討し、まだまだ景気悲観論は時期尚早、と判断している。

中国譲歩、不公正慣行是正は必至、交渉は限りなく長く続く

問2)まず米中貿易戦争について。ブエノスアイレスのトランプ・習近平会談により、追加制裁、2000億ドルの対米輸出品目に対する25%への関税引き上げが90日間延期された。これで事態は改善に向かうのか。

答2)改善に向かう。 米国側の声明では発動猶予は中国の構造改革を条件としている。(1)米企業への技術移転の強要(2)知的財産権の保護(3)非関税障壁(4)サイバー攻撃(5)サービスと農業の市場開放――の5分野で協議し、90日以内に結論を求めている。それまでに合意できなければ、2000億ドル分の関税は当初計画通り25%に引き上げる、というわけである。しかしよく考えれば、この対中要求5項目はいずれも不公正行為、又はWTO違反の事項であり、中国はそれが事実なら受け入れざるを得ない。身に覚えがない、濡れ衣だと主張するとしても、不公正行為の事実が発覚した場合には、相応の懲罰を了承せざるを得ない。公正さを装う中国にとっては、米国の要求をほぼ全面的に受け入れ、その結果、追加関税は回避される公算が大きいのではないか。

米中破局はあり得ず、米国の対中ハイテク封じ込めは選択的

問3)中国最大のハイテク企業ファーウェイの最高幹部がカナダで逮捕されるなど、摩擦は際限なく激しくなっているが、大丈夫か。

答3)心配ないだろう。中国半導体消費に占める中国メーカー比率は8%と著しく低く、ほぼ50%強は米国メーカー製品である。よって半導体供給の停止は中国ハイテク産業の即死を意味し、中国は米国の要求を受け入れざるを得ない。他方、米国側も半導体メーカーの売り上げの過半は対中であり、またハイテク製品(スマホ、パソコン、TV、等)の大半は中国から輸入しているので、中国と破局することはできない。つまり米国政府の対中ハイテク封じ込めは選択的にしか行えないということであり、中国はそれを受け入れざるを得ないのである。

半導体封じは2019年国防権限法などで対処

半導体の国産化は中国の焦眉の課題であるが、ままならない。中国では海外メーカー4工場(稼働中のインテルの大連工場、サムスン電子の西安工場、SKハイニックスの無錫工場の3工場及び本年稼働予定のTSMCの南京工場)のほかに、下の国産メモリー3工場が、建設中であるが、その完成が見えなくなっている。

① CXMTチャンシン・メモリー・テクノロジー(合肥市、DRAM)、
② JHICC普華集積回路(泉省市、DRAM)、
③ YMTC長江ストレージ(武漢市、3次元NANDフラッシュ)である。

 このうちJHICCはマイクロンテクノロジー技術不法コピー提訴により米国・日本企業からの設備購入が禁止され、立ち往生状態となった(2018年11月)。他の2工場も、今後、製造装置や材料の輸出規制が広がると見られ、投資が先送りされる可能性は高い。中国国産化をアメリカが阻止するために、半導体製造装置の中国への輸出規制や、中国合弁会社への技術供与を禁止する動きは一段と強まるだろう。それを日本や欧州にも求めてくると思われ、日本政府・企業はそれに応じる模様である。

中国の投資減があっても景気失速は起きない

問4)それなら中国の投資は落ち込み、景気にマイナスの影響が出ないだろうか。

答4)確かに中国の投資に米中貿易戦争の弊害が表れ、日本の半導体製造装置・工作機械メーカーの受注は大きく減速している。しかし、中国は財政・金融政策を活用し景気浮揚を図りつつある。貿易摩擦のマイナス影響を政治的観点から打ち消さざるを得ないからである。関税の影響は限定的とIMFは試算している。また中国は必死で景気てこ入れに注力しており、米中戦争が米中の総需要を大きく損ない、世界リセッションの引き金を引くという可能性はなくなったとみてよいのではないか。万一、90日後に中国の妥協が得られず追加制裁が発動されたとしても、発動は米国経済への影響を細心の注意でチェックされた後であろう。不確実性は大きく解消されたといえる。

米金融政策、金利上昇懸念は心配ない

問5)米国金利の上昇と金融政策に関して懸念はないか。

答5)大きな心配はない。米国は利上げサイクルの終盤、先週の講演でFRB議長パウエル氏は、短期金利は中立金利に近づいており、あと2、3回の利上げで金融引き締めは打ち止めになる、という可能性を示唆した。なぜなのかだが、その理由はインフレが加速しないからである。3%近い賃金上昇は続いているが、生産性の上昇により企業の価格引き上げプレッシャーは高くはない。よってなかなか2%というインフレターゲットに届かないのである。これだけ景気が良く失業率は4%以下という完全雇用状態でなお、なぜインフレが強まらないのだろうか。「好況」「低インフレ」「低金利」という組み合わせはせはあまりにも好都合すぎて、にわかには信じがたいのであるが、パウエル議長の発言によってこの好都合すぎる現実が当分持続し、金融引き締めの打ち止めが近いことを市場は織り込み始めた。

 そもそも長期金利の上昇は金融引き締め、短期金利の引き上げに突き動かされているが、短期金利の引き上げがそろそろ終わるとみられ始めたことで、長期金利は3.2%から先週末2.8%まで低下、長期金利上昇にはっきりと歯止めがかかっている。

 これまでの米国景気拡大の終焉は、常に金融引き締めによって引き起こされた。よって今度もという懸念はわかるが、他方で本格的引き締めの条件が整っていないことも事実なのである。上がったとは言え3%ちょっとという現在の長期金利水準はアメリカの名目経済成長率6%に比べるとまだ半分、金利が景気のブレーキになるには程遠い水準である。また信用循環の暗転のトリガーとなるにも、程遠い水準である。

日本の立場はますます有利化

問6)そうした国際情勢の中で、日本の立場はどうなるか。

答6)日本の漁夫の利が鮮明になるだろう。日米貿易摩擦に際して、韓国・台湾・中国が日本の犠牲により漁夫の利を得たが、今度は日本の番である。日本の優位性がそこここに見られるようになっている。

① 自動車⇒米国自動車企業の苦境とは対照的に、日本の自動車企業は対中投資を増加させている。米国車シェアの停滞とは裏腹に、日本車シェアが上昇しているためである。トヨタはPHV技術供与によりシェア拡大を狙っている。

② 消費財分野⇒日本製人気、made in Japan熱が高まっている。中国での対日批判が静まったことで、底流にあった高品質で、洗練されている日本製へのあこがれが強まっている。中には、made in Japanのラベル表記のために、日本で製造を始める中国の消費財製造企業が表れている。特にmade in Japan人気が強いのは、化粧品市場。対中輸出は2017年2100億円、前年比50%増となり、2018年も同ペースの伸びが続いている。

③ 観光・旅行⇒中国の旅行先人気第一位は日本である。

④ ハイテク基幹分野⇒日本企業は有利な立場を築いている。中国・台湾・韓国のハイテク・ハードウェアのメガプレーヤーを支える基盤技術、周辺技術の圧倒的部分を日本企業が担っている。

今後株式投資対象においても日本のプレゼンスが高まるだろう

問7)日本株式の投資対象としての魅力は高まるか。

答7)高まる。世界的軟調相場の中で、今年に入ってからの日本株式のパフォーマンスは世界の中で米国に次いで良好である。ある海外の日本株式FMは「普段と違いパフォーマンスが悪いのに資金が逃げていかないことが、不幸中の幸い。うれしい驚きである。」と語っている。2019年は世界の中で日本株式人気が高まると思われる。

(2018年12月13日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン215号」を転載)
 

配信元: みんかぶ株式コラム