対面営業とネット証券の両立で
投資のセカンド・オピニオンを担いたい
むさし証券
代表取締役社長
小髙富士夫(こだか・ふじお)
1956年、栃木県生まれ。駒沢大学卒業後、79年山文証券(現むさし証券)入社。2001年執行役員、04年取締役執行役員、06年取締役常務執行役員を経て、08年より代表取締役社長に就任。
埼玉県を拠点とした有力地場証券して知られるむさし証券は、2000年代に入って4社が次々に統合、現在の姿となった。ネット証券利用者にとっては、同社のネット証券事業「トレジャーネット」の名前の方がお馴染みかもしれない。多くの証券会社同様、アベノミクス相場の恩恵を受け、営業収益は前年同期比約2.4倍(2013年中間期)と業績は絶好調。同社は今年、前身の山文商会が設立してから95周年という節目を迎えた。対面営業とネット証券の両立。証券業界でも異彩を放つ同社の現在と将来ビジョンを、小髙富士夫社長に語ってもらった。
━━特定の地域に密着した営業を展開している証券会社としての顔と、新進のネット証券会社としての顔。双方を併せ持つむさし証券ですが、そのトップの立場で、現在の市場環境の変化をどのように捉えていますか。
現在の日本市場は、アベノミクス以前と比べて活況なことは間違いありません。ですが、その内訳を見ると、杞憂すべき点も多く、あまり喜んでばかりもいられません。私は証券業界と取引所がこれからどうあるべきか、何をすべきか十分議論する必要があると考えています。
例えば今この業界では、取引所の夜間取引を解禁しようという動きがありますが、本当に日本の多くの投資家にとって有意義な事か、公平感が確保できるかを考えるべきだと思います。振り返ってみれば、昭和40年代の証券不況から現在に至るまで、日本の証券業界は個人投資家をないがしろにしてきたのではないか。例えば、東証アローヘッドの導入で、1秒間に数千回の売買をこなすことができるようになりましたが、これは本当に個人投資家のためになっているのか。恩恵を受けたのはアルゴリズムにもとづく自動売買を繰り返す外国のヘッジファンドと、国内で言えば一握りのデイ・トレーダーだけではないでしょうか。
その結果、現在の日本の市場は非常にいびつになっている。昨年5月の乱高下相場はもちろん、現在でも上げ下げの激しい不安定な相場になっています。今取引所で導入が検討されている株式の夜間取引が加わればこの流れがさらに助長されてしまうのではないでしょうか。
もちろん、グローバリズムの中で取引所が国際競争力を高めなければならないということは承知しています。しかし、「上げ100日、下げ3日」なんて言われますが、相場が下落する時は短期間で大きく値下がりします。海外の相場の影響で日本の相場が夜間に急変した時に、一般的な投資家は対応できるのでしょうか。アジアの中心的先物市場であるSGXの日経225は朝8時45分から取引が始まりますが、日本の市場は9時からです。夜間取引も必要ですが、立ち会い開始を早める議論が必要ではないでしょうか。
━━なるほど、総じてネット証券各社が賛同する夜間取引ですが、個人投資家の立場に立てば良いことばかりではないということですね。確かに今年に入ってからの相場の動きも、相変わらず多くの個人投資家がヘッジファンドなど短期筋に振り回されている感があります。
誤解しないでいただきたいのは、こうした時代の流れに全て反対しているわけではないということです。弊社はご存知の通り、対面営業だけでなく、ネット証券にも力を入れています。これは時代とともにお客様のニーズも多様化してきて、そうした様々なニーズに応えようとこれまで地道に研究してきた結果なんです。ネット証券でも対面営業でも、本当の意味でお客様を大事にしなければならない、という思いの強さの表れなんです。
私は正直、日本の多くの投資家の証券会社に対するイメージは必ずしも良くはないと思っています。それはそうですよね、これまでの証券会社は強引な営業で投信を高値で販売し、損失を与えてしまったり、90年代の証券不祥事のように一般投資家を食い物にするような姿勢も散見された訳ですから。
結果として、株式投資に対する一般的な認識もあまり良いイメージが無かったですし、現在の若い方々は、証券会社の店舗に足を運ぶことに敷居の高さを感じてもいる。だからネット証券が急成長したのでしょう。と言って、対面営業の役割が終わることは無い。対面営業は、一般投資家のニーズにきめ細かくお応えできる、頼れる存在として、これからもさらに必要になってくるだろうと考えているのです。
━━対面営業とネット証券。ともすると相反するビジネスを両立するのはなかなか難しく、成功している会社も少ないのが現状ですが、この点、小髙社長はどのようにお考えですか。
当社は、日本橋にあったそしあす証券が、埼玉に地盤を持つ武蔵証券と2010年に合併し、同時に本社を大宮に移したのですが、その時に考えたのは720万人の人口と個人金融資産80兆円を有する埼玉県で地域密着型の営業を展開できるのではないかということでした。埼玉県は企業誘致にも積極的ですし、IPOの意欲も高い企業が多い。
そうした土地柄で、お客様との信頼の輪を広げる営業展開だけでなく、福祉車両の寄付など様々な地域貢献を続けています。地道な努力が認められ、今では埼玉県の個人、法人のお客様から、高い評価をいただいています。こうした弊社のポリシーを全国の投資家の皆様に知っていただき、ぜひ利用していただきたい。これは当社が地場証券とネット証券の両方のサービスを持っているからこそできることだと思っています。
ネット証券「トレジャーネット」は、そしあす証券時代に、「投資家の皆様に株式市場から宝物を探していただくお手伝いをしたい」という願いを名前に込めて開始したものです。地道にサービス向上に取り組んできた結果、徐々に知名度も上がり、おかげさまで現在では北海道から沖縄まで全国のお客様にお取引いただいています。
━━「トレジャーネット」の特色と言えば、低水準の委託手数料もさることながら、業界では他社を圧倒する信用取引買方金利の低さですね。
ネット証券に進出するに当たって、やるからには先行する各社とは違う特徴を出さなければならない。ネット証券の業界では現在、委託手数料の値下げを競っている感がありますが、手数料競争の時代はもう終わったのではないか。そう考えて、打ち出したのが、信用取引の買方金利をどこよりも低く抑えることでした。
当然、当社も手数料は他社と比較しても遜色ない水準なのですが、他社との差別化として信用取引に着目しました。信用取引では、もちろんデイトレーダーの皆様もいらっしゃいますが、やはり一般的には中長期取引の方が多数派です。そうしたお客様にとっては、手数料の安さ以上に重要になるのが信用金利なのです。
現在、当社は信用買方金利を1.52%に設定していますが、2%から3%前後の金利を設定している各社とは比較にならない低い水準です。他社金利のおおよそ半分の金利設定によって、建玉の保有期間が長いほど大きなコストメリットが発生します。往々にして皆さん、手数料ばかりに目を向けがちですが、こと中長期の取引に関して言えば、金利の差が大きくものをいう。そうしたことにお気づきいただきたいと思います。
このネット証券の強みと、地場証券としての対面営業の強みをいかに融合させていくかですが、私はネット取引しかしらない投資家達も、将来対面営業を必要とする時が来るのではないかと思っています。若いうちは時間も資金も限られているでしょうからネット取引でいいのでしょうが、日本人は基本的にコミュニケーションを大切にする民族ですからね。もちろん、対面営業で金融リテラシーを高めた投資家がネット取引に移るという逆のパターンもあるでしょう。
ですが、一般の多くの方々にとって株式投資の基本はあくまでも長期投資。そう考えれば、ネットであれ対面であれ、何よりもお客様を大切に考えて接し、信頼の輪を広げていけば、どのような取引でも当社を選んでいただけるようになる。当社の社員にもいつも話していることなんですが、20年、30年と長くお客様と付き合うことの喜びを皆が持って欲しいのです。
━━営業のプロである小髙社長らしい言葉です。ネット証券全盛の現在では、ともすると「自己責任」という言葉で何事も片付けられがちですが。
ともかく現在、我々の業界で最も必要なことは個人投資家を育てていくことなんです。一説によると現在、日本の個人投資家の比率は10%強と言われていますが、このこと自体が資本主義社会において異常なんです。その意味ではNISAはわが国の証券市場の将来を左右する一大プロジェクトだと思っています。
幸い、アベノミクスによる景気回復、株高、円安によって個人投資家の資産が18%増えたそうですが、これからNISAを利用して投資される多くの人びとにこの成功体験を感じて欲しい。国民の株式投資への関心が高まっていると言われる現在でも、実際に株式投資を始めた人はまだ一握りで、ほとんどの人が様子見の状態です。企業業績を考えても、13年度は全体で30%の増益になる見通しですが、現在の株価はPERも低く、世界的に見ても割安の水準にあります。このような認識を多くの人びとに持ってもらえるよう、取引所も証券会社もタッグを組んで広く伝えていかなければならないのです。
このような状況下で当社としては、NISAをきっかけとしてこれから株式投資を始めようとしている方々にはまず、投資信託をお勧めしています。ネット証券であっても、短期売買を促すのではなく、やはり中長期の投資家ニーズも重視したいからです。
「トレジャーネット」は、これまで過度な手数料競争やキャンペーンによる集客に走ることなく、堅実にほふく前進しながらやってきましたが、ようやく多くの方々に認知され、そろそろシステムの拡充など、一段上を目指した投資ができる段階に入ってきました。これまで地道に努力してきた「トレジャーネット」の第2章が始まる、と考えています。
当社では、今年に入り、NISA向けの投信のラインアップ強化や投資信託の選択をし易くするために投信ページを刷新しました。ネット取引で投資してもらうことも視野に入れ、総合証券大手だけの独占状態の投信市場に一石を投じたい。そうして、「NISAで得したよ」という経験を、多くの人に持っていただけるよう努力したいと考えています。
━━では最後に、今年95周年を迎えた御社ですが、来るべき100周年に向けて、どのような将来像を目指していくのか。全国の投資家へのメッセージをお話しください。
第一に、むさし証券を地域にとってなくてはならない、証券業界のコンビニのような存在にしたいと考えています。キーワードはホスピタリティです。対面営業であれ、ネット証券であれ、とにかくお客様のことを第一に考えて、確かな信頼関係を築いていきたい。
次に、むさし証券の存在意義は、証券業界のセカンド・オピニオンなのではないかと思うのです。埼玉県ではもちろん、トップシェアを目指しますが、全国の投資家の方々にとっては、大手総合証券やネット会社では感じられない、一味違った株式投資の見解を得る場として利用していただきたい。100周年へ向けては、そうしたことを念頭に、これまで通り、地道に堅実に歩んでいきたいと思っています。
《編集後記》
アベノミクスが始まるはるか以前、多くの地場証券が苦境にあえいでいた中で、兜町から埼玉の大宮に居を移すという決断をし、周囲を驚かせながらも、地域密着型の証券会社として現在の確たる地位を築いたむさし証券。同社で特筆すべきなのは、対面営業に強みを持つ地場証券会社でありながら、ネット証券としても急速にブランド力を高めていることだ。
そんな同社をリードする小髙富士夫社長は営業マン上がりの、同社初の生え抜き社長でもある。そのイズムは同社の至る所に現れる。社員曰く、「お客様を大事にするのと同様、社員も大切にする経営者」との評。
ネット証券に力を入れながらも、あえて長期投資重視の方針を打ちだしているのも同様。そんな小髙氏だからこそ、これまでの業界への批判や、現状への憂慮を隠そうとしない。とは言え、日本市場を取り巻く現在の流れには明るい展望を持っていて、黒田東彦・日銀総裁に対する評価も「何と言ってもぶれない姿勢が良い」と高い。
あとは、インタビュー中でも何度も繰り返された「個人投資家をいかに育てていけるか」だ。短期的な活況に浮かれるのではなく、地に足の着いた経営を心掛ける小髙氏の“ぶれない”経営手腕に期待したい。
(みんかぶ編集部)
[ 会社概要 ]
社名:むさし証券株式会社
市場:非上場
設立年月日:1947年8月24日
☆連結業績見込み(2013年9月中間期)
営業収益●40億4100万円
営業利益●13億8000万円
経常利益●16億9300万円
当期純利益●15億6800万円
☆トピックス
証券業界のコンビニエンスストアを目指すだけあって、同社は株式以外にも、先物オプション、大証FXから投資信託まで幅広い投資商品を揃えている。先物については「ミニ日経225」で1回1取引1単位52.5円、ラージで525円と業界最低水準のコストを実現している。NISA対応商品として2月よりSBIアセットの「EXE-i」シリーズや「トリプルブルベア」の取り扱いも開始。今後も新しい投信商品を続々、投入していく予定だ。
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