不景気なのも手伝って、活字離れが加速したまま止まらない。
手っ取り早く刺激が欲しいと思う若い人たちは、アニメに走る。
これは真実のように思える。
アニメは読んでも小説というものをほとんど読んだことのない人たちが、
市場にはたくさんいる。
小説を読んだことのない人が、
今流行の直感で書くタイプの小説を読んで、オモロイと思うのだろうか。
このタイプの作品は、密かに映画でも流行っているようだ。
行きつけスナックのスペインママが言っていた。
「なんの起伏もない、ただ日常が流れていくような映画だった。
これっぽっちもオモロクなかった。何なのアレ?」
これと反対に、小説のほとんどを読み尽くしたかのようなベテラン読者になると、
「この世の中に、もう想像されていない小説なんかない。
ストーリーなんか考えても先が見えてしまって、オモロクも何ともない。
直感的に書かれた作品は、なかなか味わいがあってオモロイ」
などと、宣うのだ。
両方の意見とも、正しいように思える。
こうした点をふまえて、書籍の売り上げを伸ばしたいと企画するのなら、
前者と後者と、どちらのマーケットが大きいのか。
アニメと戦うのは大変なのだけど、
ストーリーとキャラをオモロクするという
古典的かも知れない手法を磨いた方が、賢明なのではないか。
「手垢がつきまくった刑事物を、ここまでオモロクするのか!」
という評価を受けた大沢在昌の「新宿鮫」は、今でもお手本だと思う。
何度かいてもヒットしなかった大沢在昌が「新宿鮫」でブレイクした秘訣こそ、
今いちど、見直されるべきではないだろうか。
「地図と領土」を書いたミシェル・ウェルベックは、作品の中で語っている。
「流行は、間違えることがある」
芸術全般にいえる今どきの流行に対するアンチテーゼなのだという。
などと言いながらも、「オレ様は、今までの小説家とは、まったく違うのだ」
と己の腕前をまざまざと見せつけてくれるのだ。
ミシェル・ウェルベックは、なかなかオモロイ作家だ。