超軽量メガネやPC(パソコン)用メガネなど革新的な商品と市場最低水準の価格を武
器に高成長を続けるのが、「JINS(ジンズ)」ブランドでメガネ専門店をチェーン展
開するジェイアイエヌだ。最近もPC用メガネの自動販売機を投入するなど、長らく旧態
依然としていた業界に革命的新風を巻き起こしている。新しいライフスタイルの変化を先
導していくことで、右肩下がりにある市場全体の底上げも狙う。
ジェイアイエヌも2008、09年(8月期)は最終赤字と辛酸をなめた。株価も一時
39円とどん底へ落ちた。そこからどうやって起死回生を果たしたのか。この先、どう成
長路線を持続していくのか。創業者でもある田中仁社長に聞いた。
■高成長は過去の全否定から始まった
――最近2~3年の成長ぶりは目を見張ります。
私はここに来てやっと「経営」というものが少しわかった気がします。経営では志やビ
ジョンといった「根っ子」が大事と言いますが、以前は言葉ではわかっていても、本気で
考えていなかった。根っ子がしっかりしていれば、少々の波風にも動じない。幹としての
組織や戦略ができ、どう闘うかという戦術が枝葉としてできてくる。そうやって「JIN
S PC」などの果実が生まれる。
志というのは、ある意味、信仰に近いかもしれません。波風が来たときに耐えられるも
の、拠り所になるものは、やはりそこなんだと思います。
大きな転機になったのは、当社の経営が厳しかった08年に、ファーストリテイリング
の柳井正会長兼社長にお会いする機会をいただいたことでした。もう、それまでの自分と
会社を全否定された感じでした。自らの甘さ、ビジョンのなさ、存在価値のなさに気づか
されました。
それまでも01年以来、「メガネはファッション」「安く買える」でやっていたが、そ
れは競争に勝つための1つのアイデア、戦略にすぎなかった。いっときはそれで勝てても
、長続きしない。ファッションだけであれば、うちよりもすばらしい会社はたくさんある
。
この会社の存在価値はどこにあるのか。われわれはどこを目指すのか。私自身、経営者
として何がしたいのか。それらが凝縮されて1つのものにならないと、世の中に対して本
当に説得力のあるものにならない。そこで自分の気持ちが固まったのです。「JINSは
イノベーターである」と。
――高成長は自己の全否定から始まったと。
今までを全否定して組織を改革、改善するとなれば、ものすごい苦労も待っている。企
画から生産、流通、販売に至るバリューチェーンの各ポジションが全員、お客様を向いて
仕事をしなくてはならない。全体最適であるべきなのが、いつの間にか個別最適、チーム
最適になっていた。これではダメだ、徹底的に変えようと。そこで会社を辞めていく人も
いたし、辞めてもらった人もいました。
――商品戦略では09年から「4つのプライス、レンズ追加料金ゼロ円」を打ち出し、超
軽量「エアフレーム」や「JINS PC」などの革新的な新製品が大ヒットしました。
以前、われわれはファッション重視で若者を顧客の中心に据えていました。それを、「
メガネをかけるすべての人によく見える、よく魅せるメガネを市場最低・最適価格にて新
機能、新デザインを継続的に提供する」と事業価値を明確に変えた。それを形にしたのが
「追加料金ゼロ円」であり、「エアフレーム」や「機能性アイウエア」でした。
追加料金ゼロ円とすれば、販売平均単価は下がり、原価は上がる。利益は薄くなる。そ
れを防ぐには本数を1.5倍以上売らなければならなかった。そこで業態改革、エアフレ
ーム、JINSという新たなブランド名を一挙に09年9月17日に打ち出し、5億円の
広告宣伝費もかけて勝負に出た。私にとってはまさに「桶狭間」。「背水の“JIN”」
でした。
エアフレームという軽量メガネの新しい概念を市場に植え付けて、それが大ヒットし、
市場全体の流れも作った。さらに新デザイン、新機能を打ち出そうということでPCやス
ポーツ、ドライアイ用といった新機能のメガネを投入し、顧客の支持を得ている。
そしてコンセプトも「あたらしい、あたりまえを」を打ち出した。メガネは視力補正用
だけではない。メガネを通じて今までになかったライフスタイルを生み出し、新しい当た
り前を作っていきたい。
■「イノベーションによって歴史を変える」それが合言葉
――イノベーションを生み出す源泉や仕掛けとは。
何も手品のようなことはありません。新機能、新デザインにしても、本気でそれを考え
るかどうか、執着するかどうかだと思います。執着すれば、寝ても覚めてもアイデアは出
てくる。仕事というのは、そういうふうにならなければダメなんじゃないかと気づきまし
た。社長はもちろん、各役員、社員がそれぞれの役割の中で考える。
刺激を生むという意味では、産学での共同研究もあります。現在、慶応大学や東北大学
などと共同研究をやっているが、メガネと直接関係ない方々と議論する中で新たなアイデ
アが出てくることもある。PC用のメガネにしても、もともと目は悪くない私自身が疲れ
目で困っていて、慶大の網膜の先生に相談したところ、ブルーライト(青色光)の存在を
知り、一緒に研究をしてきた成果でした。
(【下】に続く)
(中村 稔)
(株)東洋経済新報社 四季報オンライン編集部
(【上】から続く)
――人材採用においても、他業界からの中途採用が多いそうですね。
同業界の人は、メガネの販売はこういうものだと刷り込まれている固定観念があり、わ
れわれの店でうまく機能しにくい。一方、中途でこの業界と関係ない人は柔軟でなじむん
ですよ。特に居酒屋出身の社員は店舗の戦力として非常にいい。われわれは商品だけでは
なく、オペレーションや採用活動もすべて新しいものを作り出すという意識でやっている
。
店舗の完成度もまだ3割。お客様の待ち時間の長さなど、改善余地はまだ7割あると思
っています。メガネはもともと小売業の中でいちばん属人的な能力を要求される。アパレ
ル販売などとは違い、メガネの場合は視力測定や加工、お渡しのフィッティングで専門知
識が必要。それが壁となってグローバル展開も難しい。
欧米の小売り・サービス業では日本に比べてグローバルに通用する企業が多い。それは
、欧米のサービス業の運営が非常にシステマチックであるのに対し、日本のサービス業は
「おもてなし」の言葉に象徴されるように属人的な能力に依拠するところが多いためだ。
――その最たるものがメガネ業界だと。
メガネに関しては、欧米企業も属人的な域から脱し切れていない。私はそれをどうすれ
ばウォルマートのようにシステマチックにできるかを考えている。その一例を示したのが
自動販売機(PC用メガネ販売で今年7月から設置)。高速道路のETC化と同じような
イノベーションが目指すところです。
製品にイノベーションが起きれば、オセロを全部引っ繰り返すように変わってしまう。
メガネは昔、宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に持ってきたとされるが、その後45
0年近く、視力補正機能から変わっていなかった。それをイノベーションによって歴史を
変えようというのが、今のわれわれの合言葉です。そうすれば、世界のメガネがJINS
になる。そういう世界を作ってみたい。
■目標は世界一、だから現状に満足せず成長できる
――壮大な目標ですね。
製品でいえばアップル。オペレーションでいえばウォルマートやマクドナルドのような
会社。中期目標は売上高で1000億円ですが、できれば製品イノベーションで1兆円を
目指せるぐらいの企業になれたらと思っています。
――次なるイノベーションの成果は。
何をいつ出すかは言えませんが、お楽しみにしておいてください。新製品はたぶん毎年
出していくでしょう。
それにもし、本当にPCが網膜に悪いとなると、約3000万人の潜在需要が殺到して
当社だけでは賄い切れなくなる。PC用メガネは今はまだ当社で60万本、日本全体で約
100万本程度。新製品を出しても供給できないかもしれません。
――高齢者層の市場については。
それは当然考えています。うちに足りないのは高齢者向けの品ぞろえ。それをしっかり
していく。ただ、オペレーションや価格は今のまま。高齢者を含めて、世の中のマス(大
多数)をうちへ導いていきたい。
――急成長企業の間では1~2年後には成長が止まるケースも少なくないですが。
うちも08~09年に赤字になったので、そういうパターンはわかる。成長が止まって
ダメになっていく企業は、失敗を生かせないで、勘違いしてしまったところではないか。
自分に能力があると思った段階で成長は止まる。
要するに、目標がどこにあるかだと思う。目標を世界一にしたら、この辺では到底満足
はできない。満足しなければ、全体としては成長していく。成長できないというのは、社
長自身がどこかで満足してしまったのではないでしょうか。
――自社の株価については。
長期的に持っていただけるとすれば今の株価は安いと思います。だからこそ長期で保有
してくれる株主を増やしたい。そうした株主をファンにできる会社になりたいと思います
。
たなか・ひとし
1963年群馬県生まれ。信用金庫勤務を経て88年に服飾雑貨の卸売業、ジェイアイ
エヌを設立。2001年からメガネ関連業務へ進出。
(中村 稔)
(株)東洋経済新報社 四季報オンライン編集部