付加価値の向上とその分配

著者:鈴木 行生
投稿:2024/08/19 11:45

・企業の1年間の稼ぎを何で測るか。最も広い見方は、付加価値に着目する。収入から費用を除いたものが利益であるが、その前段階として、収入(売上)から、外部から購入し、それに支払った費用を差し引いたものが、企業が自ら生み出した付加価値である。

・付加価値は、人件費、償却(減価償却やのれん償却)、営業利益などから構成される。この付加価値を、従業員数で割った1人当たり付加価値が、労働生産性である。この生産性が上がっていれば、1人当たりの報酬(賃金など)を引き上げることも妥当である。

・国全体でみると、GDPが総付加価値であり、国民1人当たりGDPが生産性に相当する。日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2023」をみると、日本の1人当たり労働生産性(就業者1人当たりの付加価値)は8.53万ドル(833万円/購買力平価換算)で、OECD加盟38カ国中30位であった。

・日本の8.53万ドルは、米国16.0万ドル、ドイツ12.5万ドル、韓国9.25万ドルに比べて低い。OECDの平均は11.5万ドルであった。

・為替の変動を調整した購買力平価でみると、日本の1人当たりGDP(2022年)は448万円(4.59万ドル)で、米国の744万円(7.62万ドル)の60%水準、ドイツの620万円(6.35万ドル)の72%水準である。この20年をみると、GDPは伸びず、1人当たりGDPの順位は年々低下してきた。

・日本が得意とした製造業の労働生産性も、2000年の1位(8.68万ドル)が、2010年は9位(11.7万ドル)、2020年は17位(9.43万ドル)であった。

・一方、米国の製造業をみると、2000年2位(7.88万ドル)、2010年4位(12.6万ドル)、2020年4位(15.2万ドル)、2021年も4位(16.8万ドル)であった。

・日本はポストバブルへの経済金融対応がうまくいかず、デフレ経済から脱却できなかった。この間、産業構造の転換にも遅れ、企業の国際競争力は大きく低下した。これが生産性の低迷となって現れた。

・今年、日経平均が34年ぶりに高値を更新し、4万円を超えた。これまでの経済の低迷を脱却して、禍を転じて福と為すことができるか。

・かつて安くて良いもの作る日本の製造業は輸出で稼いだが、貿易摩擦と円高の中で、競争力を低下させ、海外生産にシフトした。今後、中国の生産力が弱る中で、日本の競争力は復権できるだろうか。

・円安の中で、日本の購買力が優位となり、海外のインバウンド(訪日外国人旅行)からみた時、至る所に魅力が表れてきた。日本の良さがローカルでも楽しめ、サービスの質、価格の安さが大いにアピールできる。輸出、海外投資に加えて、消費の輸入が国内投資への呼び水となって、日本経済を活性化しつつある。

・折から日本は人口減少で人手不足となっている。人材の流動化が本格化しつつある。働き甲斐のある仕事に人々は移っていく。当然、処遇の改善を求めるので、1人当たりの賃金は上昇していこう。十分な賃金を支払えない企業は淘汰されていく。

・製造業でもサービス業でも、自動化は進む。AIは至るところで活用されて、人手をカバーしていく。当然、生産性は上がってこよう。生産性が上がってくれば、賃金が上がっても企業はやっていける。そういう企業だけが生き残っていこう。

・それでも足らない人材をカバーするには、外国人の活用が必須となろう。日本語ができる外国人、外国語のできる日本人、自動翻訳機の活躍の場は大きく広がってこよう。国内におけるDE&I(人材の多様化)は否応なく進展しよう。

・今はその過渡期にいる。1990年代以降、1人当たり名目労働生産性は横這いとなり、1人当たり名目賃金も低下し、その後伸び悩んだ。非正規労働者の活用は有力な方策であったが、その限界もみえてきた。今や低賃金の不規則な仕事場で働きたくないと思う気持ちは無視できない。

・1996年を100として、2021年の日本の1人当たり名目賃金は96.0(1人当たり名目労働生産性は101.6)、ドイツは156.3(同158.6)、米国は232.5(同241.0)であった。日本は生産性の伸びも低いが、賃金の伸びはさらに低い。

・厚労省の「労働経済の分析~持続的な賃上げに向けて」(2023年版)によれば、賃上げが伸び悩んだ理由として、1)企業の将来見直しの低さとリスク回避、2)労使感の交渉力の変化(組合組織率の低下)、3)雇用者構成の変化(業種やパート比率)をあげている。

・財務的にみると、企業は内部留保を充実させる中で、労働分配率を適正に保ってこなかった。結果として、現金を貯め、株主還元は充実させても、人件費の上昇は嫌ってきたという構図になった。

・これを修正しようという動きが顕在化している。まずは、付加価値を高めるべし。付加価値余剰を生むような製品・サービスを開発し、それは適正な価格で提供すべきである。

・原材料のアップを価格に転嫁しようという動きは始まった。顧客は‘pay for value’(価値に見合った支払)なので、インバウンドの顧客にとっての適正価格は我々とは異なる。つまり、高くても十分受け入れてくれる。

・付加価値の配分も重要である。付加価値=人件費+償却+営業利益であるから、もっと人材投資を増やしてよい。賃上げや頑張った人への報酬は当然である。AI投資やM&Aによる有形資産の効率的活用は大いになされるべきである。投資を拡大して、それがいずれ営業利益に反映されてくれば、価値創造としては大いに望ましい。

・早大のスズキトモ教授は、企業会計のあり方に対して、今のP/L(損益計算書)に対して、付加価値分配計算書(Distribution Statement)を提案している。

・売上から費用(R&D、賃金など)を引いて、利益=配当+余剰金とするのではなく、DSでは、売上-費用(最低支払費用)=分配可能余剰額として、1)最低支払費用に配当予定利益を先に入れてしまう。2)分配可能余剰額に、役員報酬、従業員報酬、R&D額など、付加価値の配分の仕方によって、優先順位の見直しを行うというものである。

・つまり、利益余剰はすべて株主のものではなく、付加価値の配分に、人材投資、R&D投資、社会投資なども同等に組み込もうという考え方をとる。企業経営のあり方として、各々のステークホルダーに、極大化ではなく、満足度基準を持ち込もうという意図であり、興味深い。

・新しい資本主義は、人本主義ともいえる。人本を支える人々の幸せ(ウェルビーイング)を軸に、人的資本コストをベースにした高付加価値経営こそが新しい企業価値創造であろう。付加価値の配分を分析の俎上にぜひ載せたい。その上で、価値向上を図る企業に投資したい。

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配信元: みんかぶ株式コラム