コロナ禍を乗り越え「リージャス」売却の決断、証券ディーラー経験者のトップが描くストラテジー
3479:ティーケーピー
代表取締役社長 河野貴輝氏
買いか売りか──。貸会議室大手のティーケーピー <3479> [東証G]株を巡り、投資家の強弱観が拮抗している。新型コロナウイルス感染拡大が経営に大打撃をもたらしたのも今は昔。経済活動の正常化に伴って主力の会議室事業は急回復し、2022年3-8月期は上期としては3年ぶりに営業黒字を確保するなど「異常事態」を脱した。12月6日には、19年に420億円で買収したレンタルオフィス「リージャス」事業の売却を発表。事業の選択と集中に向けた動きを評価した買いを集めて同社株は急騰したものの、11月につけた年初来高値(3100円)に迫り切れず、気迷いムードも漂う。トップはTKPをどう成長させるのか。足もとの株価はトップの目にどう映っているのか。伊藤忠商事 <8001> [東証P]で証券ディーラーを務め、日本オンライン証券(現auカブコム証券)の設立にも携わった経歴を持つ河野貴輝社長に迫った。(聞き手・長田善行)
賃会議室事業は「晴れ」
──リージャスの売却に伴う子会社株式売却損などの計上により、23年2月期の最終損益は黒字予想から一転、赤字に転落する見通しになりました。一方、のれんの償却負担はほとんどなくなり、有利子負債も大幅に圧縮されるため、財務体質は大きく改善することになります。
「売却の検討を始めたのは1年前からで、今年4月の本決算発表の後にフィナンシャルアドバイザーの選定に入りました。リージャスに関しては、のれんの償却負担が大きいうえ、黒字化を達成するにはかなりの数の新規出店をしなければならず、相当な規模の投資が必要な状況にありました。TKP全体の22年3-8月期の営業利益率は7%台でしたが、リージャスを除いたベースでは17%に高まります。条件面で合意できる相手がいるのならば売却し、利益を創出できるようになった貸会議室事業に経営資源を集中したほうが、株主にとっても利益が大きいと判断しました。リージャスも三菱地所 <8802> [東証P]グループとなることで、成長に向けた十分なリソースが得られるようになります」
──売却で得た資金の一部は借入金の返済に充当する予定ですが、残りはどのように配分するお考えですか?
「借入金返済後は現預金が320億円に増加する一方で、有利子負債は325億円に減少し、実質的にはほぼ無借金経営となります。320億円の現預金の間で、新たな成長投資をする余地が生まれます。株主還元含め、具体的に何に使うかはまだ検討段階ですが、本業を伸ばすためのM&Aなどの選択肢をかなり積極的に検討しています」
──リージャスの売却発表にあわせ、貸会議室事業を含めて三菱地所と協業の検討・協議に入ったことも公表され、翌日のTKP株は8%高となりました。ただ新型コロナウイルス感染拡大の「第8波」が叫ばれるようになってからは、上値の重い展開が続いている印象を受けます。
「正直に言うと、マーケットがコロナを気にしすぎている面があるのだと思います。貸会議室事業の売上高は、コロナ前の水準の8~9割まで戻っていますし、第8波が叫ばれるようになってからも顧客からのキャンセルはほとんど出ていません。『アパホテル』事業も当初の想定より回復が早く、稼働率は8~10割のところまで高まっています。かつてはコロナ感染者の療養としての需要が稼働を下支えしていましたが、(政府の観光振興策の)『全国旅行支援』や訪日外国人客に対する入国制限の緩和を背景とした観光需要が追い風となっています。第8波は、(パーティーや懇親会向けに料理をサービスする)料飲・バンケット事業に若干の影響が出るかもしれませんが、落ち着けばこれも回復に向かうと考えています。天気で例えるなら、貸会議室事業は晴れ。ホテルは曇りのち晴れといったところです」
業績急転直下のコロナ禍、「冬眠」で再認識した強み
──貸会議室事業の急回復は外部環境の好転にとどまらず、TKPが「筋肉質」になった面も大きいと思います。
「コロナ禍前の事業は『上手く行き過ぎ』でした。これが新型コロナの影響で、一転して毎月30億円の赤字が出る状況となったわけです。米国のロックダウンの様子を目にした時、経験したことのない恐怖に襲われました。それまで現金が80億円程度『も』あるという感覚でしたが、80億円では会社は3ヵ月も持ちません。まずは1年分の現金を持っておこうと考え、資産売却などを進めつつ、三井住友銀行から上限100億円の資金調達枠を確保し、みずほ銀行とは50億円のコミットメントライン(融資枠)契約の締結に何とかこぎつけました。その直後となる20年4月16日に緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大されたので、本当にギリギリのタイミングでした」
「(株主が経営状態を監視する)エクイティ・ガバナンスから(銀行が経営状態を監視する)バンク・ガバナンスへの移行を余儀なくされましたが、その後の業績の回復や今回のリージャス売却による財政状態の改善もあり、再びエクイティ・ガバナンスに復帰することになります。バンク・ガバナンスの局面では守りの姿勢がどうしても強くなってしまいますが、ようやくスタート地点に立ったというのが正直なところです。クライシスを経て贅(ぜい)肉をそぎ落とした結果、22年3-5月期の時点で、貸会議室を手掛けるTKP事業の売上高に占めるEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の割合は24%となり、コロナ前の水準を上回りました。本業の貸会議室運営でここまでの利益率が出たのは非常に意味があると思います」
──河野社長の経営者としての考え方や姿勢に、コロナ禍は影響をもたらしましたか。
「原点は変わっていません。経営学者のピーター・ドラッカーは『社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって、自らの利益とすることこそ企業の機能』と説きます。空室があるのに利用されず、困り果てている不動産オーナーが存在するという問題に、時間貸しで利用してもらうという当社のビジネスモデルが、社会のニーズに合致したものであるのに変わりはありません。それと、私は商社時代に経験したディーリングルームに漂う独特の雰囲気が大好きで、当時のように社員に『いくぞ』とか『買いだ』といった言い方をすることがあります。先日も都内で物件を視察し、その帰り道で『いくぞ』と言ったのですが、とにかく日々、自分の目と足を使っています。『利は元にあり』と言うように、リーズナブルに仕入れないことには始まりません。錦の御旗を掲げてトップとして先頭を走れるのはワクワクします」
▲河野社長は『大分トリニータ』運営企業の社外取締役も務める。社長室にはマスコットのニータンの姿も
直近で電力株を買った理由
──証券ディーラーとして相場の最前線に立った経験から、足もとの金融市場動向をどうご覧になっていますか。
「FRBは金融引き締めに動きましたが、市場は利上げの打ち止めを見越して動き始めており、米長期金利は低下に向かうと予想しています。再び過剰流動性相場になり、株式相場には上昇余地が生まれることになるでしょう。ただ買われる銘柄とそうでない銘柄の二極化も進みそうです」
──為替や金利の動向についてはいかがですか。
「日本は政策的に金利を低位に押さえないと大変な状況になりかねません。為替も動きが緩やかであれば、1ドル=150円台でも問題はなく、180円台もウェルカムです。輸入物価は上昇しますが、円安そのものは本来、日本経済にとってはプラスなはずです。外国人労働者を受け入れつつ、技術力と加工貿易で再び稼げるようになれば、世界で日本が『一人勝ち』できますし、その大きなチャンスが到来しています」
──低金利環境が続くとしたら、グロース株に優位の展開となりそうです。投資家目線で最近注目された銘柄やセクターはありますか。
「TKPという『グロース株の代表格』の筆頭株主であり、かつ一人の投資家としてポートフォリオを考慮した場合、グロースの反対となるバリュー株か、安定配当株などを投資対象にせざるを得ない事情があります。最近は電力セクターを物色しました。電力は国民にとって必要だという意味で分かりやすさがあります。二極化といいましたが、日本株の場合、海外投資家の資金が入っている銘柄かどうかが、見極めのポイントのひとつとなると考えています」
──TKPの上位株主はロングオンリーとされる海外機関投資家で占められています。今のTKPの株価水準についてはどのような印象をお持ちでしょうか。
「かなり割安です。エクイティ・ガバナンスとなった今、トップの私が成長へ舵を切っています。株価にも上昇圧力が掛かっていくと思います。TKPは貸会議室という成長事業に加え、安定収入を得られるアパホテルで構成されています。事業のポートフォリオという意味でも魅力的な銘柄だと自負しています」
コンサルティングで本業を一段と高みに
──成長事業となる貸会議室事業に関連して、河野社長は決算説明会で「コンテンツをつくっていく」と発言されています。直近では日本航空 <9201> [東証P]の現役社員が講師役となる企業向けのコミュニケーションプログラムも発表しました。
「会議室を借りた顧客が来場者にコンテンツを提供するというスタイルとは別に、顧客が会議室で提供するコンテンツを当社が作り上げたいと考えています。例えば、人事研修やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に向けた研修の実施を予定する顧客企業に対し、研修プログラムと講師を当社から紹介できたら、顧客の利便性の向上につながります。何万社もの顧客が研修などで当社の会議室を利用しており、当社には費用対効果の高いプログラムを顧客と一緒に考案するためのリソースが豊富にあります。研修のコンサルティング活動と会場費をパッケージとして提供することで、貸会議室事業の坪当たり売上高を伸ばすことも可能になると考えています」
──コンサルティングを強化するうえで、外部企業との提携や、M&Aなども今後必要になるのでしょうか。
「現状での体制で十分、対応は可能だと思いますが、外部のリソースを内製化するという意味では、それらの選択肢もあり得ます。当社のメインの顧客であるサービス業の場合、ネットでの研修は限界があるがゆえ、リアル方式の研修を当社の会議室で実施するというニーズそのものは今後も拡大していくと考えています」
──企業の働き方を巡っては、リアルとオンラインのハイブリッドが主流になるのか、それとも米国のIT大手のようにリアルに回帰することになるのか、日本ではまだ見方が割れている現実もあります。業種によって変わる可能性もあるとは思いますが、河野社長が見据える今後の日本社会とTKPの姿についてお聞かせください。
「エンジニアの世界は在宅となり、サービス業はリアルという流れになるとみています。加えて、企業がオフィスを縮小・集約する動きが広がっていくのだと思います。かつてはオフィスにホールのような大きな部屋を設け、そこに社員が集まるというのが当たり前でしたが、今や駅近にあるスペースを時間単位で借りれば事が足りる時代です。このため当社は、新幹線が停車するようなターミナル駅の近くに立地する家電量販店や大型スーパーマーケット、百貨店の跡地など、ありとあらゆる物件を探している最中です。そもそも人流が生まれない限り、日本のGDP(国内総生産)は伸びません。結果的に国の税収にも影響が出る話だと思います。近い将来、政府も家から外に出るように推奨し始めるのではないでしょうか。利益率の高まった貸会議室事業をメインに据えつつ周辺事業の収益を取り込むことで、連結全体のEBITDAは、近いうちに過去最高を更新できると考えています」
◇河野貴輝(かわの・たかてる)
1996年慶大商卒。同年伊藤忠商事入社。為替証券部を経て、日本オンライン証券(現auカブコム証券)の設立に参画。イーバンク銀行(現楽天銀行)執行役員営業本部長などを歴任後、2005年にティーケーピーを設立し、代表取締役社長に就任。
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