敵対関係に入った米中、その経済・投資への含意

著者:武者 陵司
投稿:2020/07/28 12:39

 米国の対中姿勢が根本的に転換した。①中国のサラミスライス戦略(既成事実を積み上げて支配領域を拡大する)を容認できない臨界点に達したこと、②トランプ再選の軸に対中政策を据えたこと、の2つの理由により、トランプ政権は対中抑え込み策を矢継ぎ早に繰り出すだろう。その手段として、外交的連合の形成、在米中国領事館の閉鎖など外交的制裁とともに、限定的軍事行動(南シナ海人工島の爆撃?)も排除し切れなくなった。

 情勢は急速に緊張感が高まる方向にある。短期的には警戒を強めるべき場面であろう。アメリカのアクションに対して中国に抵抗能力がないと分かった時、大きなボトムフィッシュの機会が訪れるだろう。それは大統領選挙前に実現するかもしれない。

 米中デカップリングは確定的。米国は時間をかけて中国排除のグローバルサプライチェーンを確立し中国経済の弱体化を目指す。企業・投資家は3年後を見据えればどちらにつくべきか、踏み絵を踏まされることになろう。

(1)守勢(不正に対する制裁)から攻撃(中共産党変革)に舵を切ったトランプ政権

受動から攻めへ

 米国の対中姿勢が守りから攻めへと180度転換した。これまでの対中姿勢は、中国の不正に対する是正要求であり受動的。しかし、今後は新たに事実上の敵と設定した中国共産党変革が到達目標になり、軍事力行使を含めてあらゆる手段が検討される能動的なものになる。米国の対中展開は迅速化し、コストと副作用をいとわない可能性も出てくる。投資に対しては相応の警戒が必要になってきた。

 6月中旬以降のトランプ政権の転換は目覚ましい。香港国家安全維持法実施(=一国二制度の否定)までの米国の対中対姿勢はもっぱら守りであった。しかし、ポンペオ米国務長官は13日、南シナ海での中国の海洋進出に関して声明を出し「南シナ海の大半の地域にまたがる中国の海洋権益に関する主張は完全に違法だ」と批判した。これまで国境紛争には中立の立場をとり続けてきた米国政策の根底的変更である。2016年7月のオランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決を支持する考えを示した。

中国共産党を変革対象としたトランプ政権

 これに前後してトランプ政権の高官が相次いで中国共産党敵視ともいえるスピーチを繰り返していた。「中国共産党はマルクス・レーニン主義を信奉する全体主義の政党である。中国共産党の信条と陰謀を暴くことは世界の人々の福祉のためでもある」(ロバート・オブライエン国家安全保障担当大統領補佐官、6月24日フェニックススピーチ)。「中国共産党は民主国家への勢力浸透、秘密情報網の構築、大量のサイバー攻撃などの手段により、米国経済と国家安全に計り知れない被害を与えた。中国共産党による経済スパイ活動はこの10年で1300%増加、10時間ごとに中国がらみのスパイ事案が発生している」(クリストファー・レイ連邦捜査局(FBI)長官 7月7日ハドソン研究所)。「中国共産党の世界征服の野望にいかに対応するかが、21世紀に向けて全米ひいては全世界が直面する最も重要な議題、中国に協力する企業はその手先になっている」(ウィリアム・バー司法長官7月16日ミシガン州)。

 その集大成ともいえるものが、7月22日のヒューストン中国領事館閉鎖命令と、それに続く7月23日のニクソン元大統領出身地カリフォルニア州ヨーバ・リンダのニクソン記念図書・博物館でのポンペオ国務長官の演説である。「習氏は破綻した全体主義のイデオロギーの信奉者で共産主義に基づく覇権への野望を持っている」と決めつけ、歴代政権の中国関与政策(経済的発展を支援すれば中国の民主化を促せるとするもの)は失敗したと断じた。ニクソン大統領の歴史的訪中(1972年)によって始まった50年間の対中政策が終焉したことをニクソン縁の地で宣言したのである。また、中国共産党の行動転換を促すため「自由主義諸国が行動するときだ。今行動しなければ、中国共産党は我々の自由を侵食し、ルールに基づく秩序を転覆させる。自由社会が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変えるだろう。民主主義諸国の新たな同盟を構築する時だ」と呼び掛けた。

(2) 米国は対中長期戦略を確立、武力行使など極論的展開があり得る

 トランプ氏を支持する政治学の権威ウォルター・ラッセル・ミード氏はウォール・ストリート・ジャーナル紙上の論説で、「自由主義諸国は北京の新共産主義(or デジタルレーニン主義)の危険性に覚醒した。新共産主義はレーニンの共産主義よりはるかに危険、新共産主義による世界支配を許さない政策が必要だ」と主張した。トランプ政権は腹を固め、中国の野望を打ち破る戦略を確立したと見るべきである。それは中国統治の根幹である共産党体制の変革に行き着くものであるだろう。中国共産党を変革するべき対象(=事実上の敵)とすれば、もはや口実は必要ない。どんな手でも打てる。

極論① 米国は中国共産党打倒の長期戦略を確立している

 こうなってくると、極論と見える観測が正鵠である可能性が大きくなる。トランプ大統領の元首席戦略官のスティーブ・バノン氏は米FOXニュースとのインタビュー(7月20日)で、トランプ大統領は中国共産党に対して「一貫性のある計画」を策定している、まず中国共産党と「対抗」し、次に中国共産党を「崩壊させる」という2つのステップで計画を進めている、と述べている。

極論②、限定的な武力攻撃、例えば南シナ海人工島爆撃が起きる

 ジャーナリストの近藤大介氏はインターネットメディア現代ビジネス(7月21日)で、「トランプ政権が『最後の賭け』に出る可能性がある。それが、『中国と局地戦争を起こすこと』だ。武力戦争の可能性がある場所は、南シナ海と東シナ海(台湾近海や尖閣諸島近海も含む)である。なかでも、中国が習近平政権になって造った南沙諸島の人工島は、中国の民間人はほとんどいないし、常設仲裁裁判所が『違法だ』と判決を下している。アメリカ軍が攻撃しても、人道的もしくは国際法的に責任を問われるリスクは少ないのだ」と指摘している。

中国の絶望的脆弱性、南シナ海、東シナ海

 南シナ海は中国にとって死活的ゾーンである。「米国を代表する戦略家の一人ジョージ・フリードマン氏は、中国が南・東シナ海に直面した東海岸の海上輸送路だけに依存する事実を『この絶望的脆弱性』と表現する。」(『西太平洋の支配者は誰か』産経新聞7月24日)

 独り占めしようとしている南シナ海の制海権が米国にあると見せつけられれば、中国は著しいショックを受けるであろう。また、国際社会は世界の警察官を放棄したと侮っていた米国の力量と決意をリスペクトせざるを得なくなるだろう。

米国の軍事イニシアティブの活発化

 実際、7月中南シナ海では2回にわたって米空母ミニッツとロナルド・レーガンによる合同演習が実施され、海上自衛隊は7月19~23日まで、南シナ海および西太平洋で、米空母打撃群とオーストラリア国防軍との3国共同訓練を実施している。フィリピン海での3カ国の海軍合同演習は、「自由で開かれたインド太平洋戦略」への3カ国のコミットメントを確認し、共有する機会となっている。

 また、台湾への武器供与(2019年の戦闘機F16に続く魚雷、迎撃ミサイルパトリオット)、リムパックへの招待(かつて招いていた中国は招かず)など、台湾尊重があからさまである。

対中抑え込み政策を選挙争点の要に据えるトランプ氏

 それにしても、なぜ対中敵対政策への転換が今なのか。第一は中国の横暴が容認できぬところに来たこと、香港国家安全法実施で英国が、国境紛争でインドが、invisible invasion(目に見えぬ侵略)とコロナ感染隠蔽 でオーストラリアが寛容ではいられなくなり、対中封鎖連携の機が熟した。第二に最も大きい要素は、トランプ氏が選挙政策の中心に、対中戦を据えたこと。対中攻勢、世論誘導は激しさを増すだろう。トランプ氏とバイデン氏は対中姿勢の厳しさを巡って競うことになる。バイデン氏には不利に働くだろう。

(3) 中国は景気対策と資産バブル高揚に専念、米国の批判口撃は受け流すしかない

受け身に回る中国、ハワイ会談失敗

 米国が個別事案ではなく中国の体制そのものへと批判をエスカレートしたことに対して、中国には有効な対抗策はない。習近平氏の、時宜をわきまえない韜光養晦(能力を隠して力を蓄え時を待つ)という抑制的外交路線の破棄によって、自らをpoint of no-returnに追い込んでしまったのではないか。中国が一定の譲歩で米国の敵対姿勢を緩めようとした6月17日のハワイにおける米中外交トップ会談は完璧に拒絶された。

コロナを利して時を稼ぐ

 中国は景気対策と資産バブル高揚で、当分経済優勢を維持することは可能である。コロナで多くのアドバンテージを得た。対コロナ制圧で世界最先頭を走り、経済はV字回復を果たし、中国経済は充実している。

 コロナパンデミックは、中国に大きな地政学上のアドバンテージを与えた。①感染鎮圧を先行したことによる高い成長、供給力の温存、②感染国に対する援助支援で抱き込む、③経常収支悪化が大きく先延ばし、2018年に顕在化しそうになっていた外貨不安解消、等である。2018年から地盤沈下すると思われていた中国の経済プレゼンスは逆に高まった。アキレス腱である経常収支は大きく改善、いち早く供給体制を改善した供給力を武器に4~6月輸出はほぼ前年並みまで改善、輸入の減少により貿易黒字は大きく増加。加えて最大の赤字要因であった中国人の海外旅行が著しく減り、経常収支の黒字は膨れ上がっている。ドル準備は強化され、一見今の中国に死角は見えない。

中国国内での習近平批判は高まるまい

 米国の批判をかわす中国国内での政変、例えば習近平氏の失脚はまず起きないだろう。8月初旬の北戴河会議でも何も起きない。①習近平氏を批判すべき長老はわいろ・不正で弱みを握られている、②デジタル検閲・行動言動監視システムで習近平の個人独裁が完成しており反抗できない、③中国国内の愛国教育と情報統制で国民世論は支配者の味方、④軍を習近平氏が統率しているなどが指摘されている。ポンペオ氏の呼びかけは中国国内には全く届かないだろう。このように、中国は打つ手はないものの、経済は頑健である。

米国は兵糧攻め、中国経済の衰弱を待つ

 こうして、米国は外堀を埋めつつ中国経済力の衰弱を待つという戦略をとらざるを得ないだろう。ポンペオ米国務長官は、対ソ連と異なり対中では交流を遮断する封じ込め政策は有効ではない、と述べている。中国の世界経済に対する関与が比べ物がないほど大きいからである。よって中国にとってもまだしばらく信用拡大と公的支出でエンジンをふかす余地がある。

 アフターコロナを展望すれば、限定的武力行使による市場急落場面があるとしても、なお株式と経済の長期上昇トレンドは途切れないであろう。

* 次回のストラテジーブレティンでは、本レポートの続編としての「米中対決、中国のアキレス腱と米国の戦略」をテーマとしてお送りする予定。

(2020年7月27日記  武者リサーチ「ストラテジーブレティン257号」を転載)

配信元: みんかぶ株式コラム