中国は膨大な労働人口を擁し、長年、世界に出稼ぎ労働者を派出してきた。しかし、近く、労働力の輸入国に転じる可能性がある。日本は外国人労働者に支えられているが、中国が輸入国に転じると、フィリピン人やインドネシア人を奪い合う競争になる。日本への衝撃は大きい。
1、はじめに
日本は、今年は外国人労働者の増加が加速するであろう。コンビニ、居酒屋、建設現場、工場、農業など、外国人依存はますます度を高め、外国人に支えられた社会である姿が現れよう。
しかし、一方で、外国人労働者の供給には問題が生じつつある。第1に、日本の賃金は国際的にみて低いので、出稼ぎ労働者に必ずしも歓迎されなくなりつつある。この点は前回、前々回論文でも指摘した。
もう一つの問題は、最大の供給国であった中国が、労働力の輸入国に転じる可能性があることだ。すでに、日本向けの労働者送り出しは減少し始めているが、もし労働力の輸入国に転じれば、今度は日本とフィリピン人やインドネシア人を奪い合うことになり、フィリピン等からの日本への供給も減ることが予想される。日本の競争力に陰りが出ているところに、新たな受入れ競争国の出現は日本にとって厳しい事態だ。
中国経済は6~7%成長に減速した。ごく当たり前のことが起きただけである。日本は高度成長の後、突如、70年代に「成長屈折」し、二ケタ成長から4%成長に減速した。先進国にキャッチアップした結果である。中国も、同じことが起きただけである。しばらく、5~7%成長の局面にあり、その後、2段階屈折を迎え2~3%成長になろう。2030年頃か。
中国は二ケタ成長は終焉したと言っても、当面6~7%成長が予想される。それに伴い、何が起きるか。世界へのインパクトは色々あるが、ここでは「労働力の輸入国」に転じる可能性を指摘したい。(注、ここで問題にするのは、専門的・技術的分野の高度人材ではなく、workerレベルの「出稼ぎ労働者」の受入れである)。
2、中国沿海部の労働力需給の変化
中国沿海部は、長年にわたって経済成長が続いてきた。上海の一人当たりGDPは1万7549ドル(購買力平価では3万3246ドル)である(2016年)。日本の3万8883ドル(同4万1220ドル、411万円)に接近してきた。今年2018年には2万ドルを超え、購買力平価では日本に並ぶ。「中進国」水準をとっくに超えている。その結果、労働力事情が激変している。沿海部では人手不足が深刻だ。
◇労働力供給の減少
中国は、2010年代にはいって、生産年齢人口が減少に転じている。表1に見るように、15~59歳人口は2010年の9億4594万人から、15年には9億3527万人へ、5年間で1068万人の減少である。今後も継続的に減少していく。これは全中国の数値であるが、都市人口の多い沿海部は生産年齢人口の減少率はもっと大きいであろう。
もう一つは、内陸部からの農民工の供給が減っていることだ。農民工は増加率が低下しているが、沿海部(東部)における農民工流入は2016年1億5960万人で、前年比0.3%減である(ほぼ「外出農民工」数に匹敵)。
表2に示すように、農村部で非農業に就業する「本地農民工」は増え続けているが、都市部に出て就業する「外出農民工」は近年、増えていない。両者の伸び率は2011年に逆転した。特に、跨省外出農民工は減少気味である。2014年7867万人、15年7745万人、16年7666万人と減少している。つまり、内陸の経済発展に伴い、沿海部への農民工の供給は減り始めている。
(注)中国国家統計局「全国農民工監測調査報告」によると、2016年の農民工総数は2億8171万人であるが、農民工は統計上、「外出農民工」1億6934万人と「本地農民工」1億1237万人に分かれる。外出農民工とは出身農村を離れて都市で就業する人を指し、本地農民工とは出身農村で非農業に従事した人を言う。そして、「跨省流動」とは読んで字の如く、省外に出て就業することを言う。中部地区や西部地区の外出農民工の「跨省流動」は概ね内陸から沿海部への農民工の移動とみなしてよい。
以上のように、沿海部における労働力の供給は、生産年齢人口の減少、内陸からの農民工供給も共に減り、2010年代に入ると減少に転じている(注、都市部での就業は増加、農村部は減少)。
今後の展望は、上記の条件に加えて、80后世代は子供の教育問題があり、都市部ではなく故郷に戻り、また90后世代はかっての農民工と違って3K労働に就きたがらない(甘え)。工場現場の仕事などを忌避する傾向が強いので、沿海部への農民工の流入は増えないであろう。
◇労働力需要の増大
沿海部への農民工の流入は、もう増えないであろう。しかし、直ちに労働力不足になるわけではない。第1に、沿海部の労働集約型産業は賃金上昇に伴い、海外に移転したり、内陸に移転している。これらは沿海部における農民工需要の減少要因である。農民工が沿海部に出てこないのは、工場の沿海部から内陸等への移転の効果が大きいから、農民工減少がそのまま人手不足を意味するわけではない。
第2に、いま、中国ではオートメーション化やロボットの普及がすさまじい勢いで進んでいる。賃金上昇が激しいので、労働に代替する機械化、省力化のイノベーションが進行しているのである。これも農民工需要の減少要因である。
表3に見るように、沿海地区都市部の製造業就業者数は2013年以降はゼロ成長に近い。一方、工業生産は毎年6~7%も伸びている。沿海11省市の工業生産は2011年の12兆1288億元から、2016年16兆5879億元へ、5年間で約37%の増加である(2010年不変価格)。この間、製造業の雇用は20%増加にすぎない。特に2013~16年でみると、雇用の伸びは横ばい、生産は18%増(実質)である(注)。製造業の雇用減少は工場の内陸移転だけの影響ではなく、機械化に基づく生産性上昇の効果が大きいと言えよう。
(注)表3にみる就業者数の統計は2012年と13年の間に統計上不連続の可能性がある。13年にジャンプしている。伸び率を見る場合、2011~16年の増加は過大になっている可能性がある。
もちろん、機械化やロボット化は、単なる労働力不足対応というより、品質向上のためである。仮に雇えても、質が低いので、機械を使った方がよほど高い品質の財サービスを生み出すことが出来る。
一方、労働需要の増加要因が急発展している。いま、中国はサービス産業化が進んできた。第3次産業の発展が経済成長の主要因になっている。サービス産業は雇用吸収力が高い。サービス産業部門での雇用増加が激しくなっている。表3に見るように、沿海地区都市部では、非製造業の雇用は年率8~10%もの高率で伸びている。そして、雇用の70%以上は非製造業である。
先に見たように、労働集約型産業の海外追い出しや内陸移転、オートメ化・ロボット化など労働需要の減少要因はあるものの、第3次産業の発展で、沿海部の労働需要は増加一途である。沿海地区都市部の就業者総数は2011年の1億3960万人から、16年には2億821万人にふえた。この増加トレンドは今後も続くであろう。
沿海部の労働需給は、生産年齢人口、農民工流動、サービス経済化、労働集約型産業の立地移転、機械化・ロボット化の関数だと考える。
沿海部の労働需給=F(生産年齢人口、農民工流動、サービス経済化、労働集約型産業の立地移転、機械化・ロボット化)
3、Xデーの予測-臨界点は2020年-
生産年齢人口の減少、農民工の供給も減少、一方で第3次産業の発展を考えると、沿海部の労働需給は逼迫の度を高めていく。何が起きるか。ソリューションの手段は何か。一方、賃金上昇が続き、中国の賃金水準は高くなる。内陸からの労働力移動がないから、海外から労働力を輸入するのではないか(注)。これまではこの条件(高賃金)がなかったので、「中国が労働力の輸入国になる」など、誰も夢想だにしなかったのではないか。しかし、今や前提条件が変わったのである。
(注)農民工は内陸からの流動だけではなく、東部沿海地区の農村からも供給される。しかし、東部(沿海地区)の農民工の流動を見ると、都市との農村の所得格差の存在にもかかわらず、外出農民工は減少気味に推移している。東部の外出農民工は2012年5146万人、14年5001万人、16年4691万人である。
外国人労働者(ワーカー)は収入を求めて出稼ぎに行くのであるから、低賃金の国には行かない。従来の中国はその対象にならなかった。しかし、今や、沿海部は中進国を超える賃金水準になっている。しかも、格差は大きく、半分は日本より賃金が高い。外国人出稼ぎ労働者を吸引できる賃金水準である。賃金水準という前提条件が成立し始めたので、誰も想定しなかった事態が起きる日が近づいたのである。この国は変わり身が早い。変わり始めると変化は速い。
初歩的な方法で、「Xデー」を予測した。2016年を基準に、外挿法で機械的に試算すると、2020年、沿海地区都市部は3,000万人を超す労働力不足が発生する。製造業の雇用は年率1%減少、非製造業は年率5%増加を仮定した(注、近年、非製造業は年率8~10%で増加している。表3参照)。
表4に示すように、2020年の製造業雇用は4,860万人、非製造業雇用は1億9160万人になる。合計2億4000万人である(都市部企業の就業者総数)。都市部の労働力需要は年率3.5%程度の増加が見込まれる。現状の労働供給では3,180万人の不足。約3000万人の追加的供給が必要である。
生産年齢人口が減る中で、この条件を国内要素だけで解決するのは困難なのではないか。労働需給の逼迫、賃金上昇など、海外から労働力輸入を求める条件は次第に温度が高まっている。2020年を「臨界点」と考える。ただし、「Xデー」は少し後にずれるであろう。
◇内なる国際化
労働力市場の開放は、どの国にとっても難しい。日本は80年代バブル期の人手不足の際、この問題が大きな争点になったことがある。しかし、この時は門戸開放に至らなかった。最近、ようやく技能実習生などが本格的になりつつある。輸出など「外に出る国際化」は積極的であるが、「内なる国際化」はしたがらないのが常である。EUを除けば、世界中どの国も、ワーカーの輸入には厳しい制限がある。
従来、社会主義国と言われる諸国は、外国人に容易に門戸開放しなかった。中国も、現状、ビザの発給は日本以上に厳しいと言われる(北朝鮮から一部労働者の受入れがあるが、これは特殊ケース)。ましてや、イスラム国問題などを経た現在、中国が労働力輸入に転じるのは重大な政治的決断が必要であろう。仮に2020年に労働市場が「臨界点」を迎えたとしても、直ちに労働力の輸入に転じることはないであろう。
しかし、生産年齢人口の減少に伴い人手不足がさらに深刻化していけば、ルビコン川を渡るのは避けられないであろう。筆者は2020年代前半には建設労働、工場、コンビニ、家事手伝い、保母などから先行して、ビザの発給があるのではないかと予想する(注、仮に農村部に低賃金労働者が残っていても、労働市場のミスマッチは日本同様に存在するであろう。もし、農村戸籍制度の影響がまったくなくなる等の改革でこの前提が崩れれば、本稿のシナリオが崩れる蟻の一穴となるかも知れない。つまり、農村戸籍制度の徹底改革か外国人労働者の一部受入れかの選択問題)。
中国が労働力の輸入国になるということは、発展途上国を卒業したことのシンボリックな現象である(注、実際には途上国卒業ではなく、中進国卒業。ただし、沿海部の話)。
日本にとって、「Xデー」は2020年代前半と予想する。先述のように政治的要素が大きいため、この時期の予測は極めて難しい。にもかかわらず、敢えて「Xデー」予測に踏み込んだのは、日本の真剣な対応を引き出すため、仮説的シナリオを提供したかったのである。つまり、問題提起である。
日本は現状すでに外国人労働者に支えられている。中国が労働力の送り出し国から受け入れ国になれば、日本への衝撃は大きい。仮に外国人依存度が日本並みの2%(専門的・技術的分野を含む)になれば、中国沿海部の外国人労働者受け入れ規模は2020年470万人である。
日本の外国人労働者雇用は2017年10月末現在128万人であり(雇用総数の1.9%)、中国は2020年時点でその4倍近い外国人労働者を必要とする。日本は中国と外国人労働者を取り合う競争になる。そうした事態も視野に入れて、特に介護や農業など労働市場のミスマッチの大きい分野を中心に、外国人労働者の活用に向けての環境整備を急ぐ必要があろう。もちろん、外国人労働者に依存しなくて済む技術開発が期待されるのは論を俟たない。
(参考)
拙稿「外国人実習生が日本を支えている-日本人並み待遇でも競争力低下問題-」Webみんかぶ2017年12月19日付け拙稿:https://money.minkabu.jp/63861。
拙稿「外国人実習生に支えられた野菜産地」『農業経営者』2018年1月号。
拙稿「外国人実習生の効果分析(茨城県農業の事例)-技能実習生は財産だ、後継者、高所得の決め手は実習生-」『農業経営者』2018年2月号。
拙稿「外国人実習生 農業の要に-ソフトパワー磨き競争力維持-」山形新聞2017年12月26日付け「直言」欄。
拙稿「日本は低賃金の国になってきた-外国人労働者受け入れの競争力低下どう防ぐか-」Webみんかぶ2018年1月17日付け拙稿:https://money.minkabu.jp/64112。
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