日本は低賃金の国になってきた

著者:叶 芳和
投稿:2018/01/17 19:09

-外国人労働者受け入れの競争力低下どう防ぐか-

 日本は低賃金の国になり、外国人実習生の受入れに関し、国際競争力が低下している。中国が労働力の輸入国に転じた時、日本への衝撃は大きい。「最低賃金プラス2割加算」ルールを提案したい。それによって、外国人人材の確保を確実なものにすると同時に、国内日本人の賃金が外国人実習生の増大で足を引っ張られないように出来る。社会のブラック化を避けるためのメカニズムを政策制度の中にビルトインすべきだ。

1、中国の賃金上昇

 経済発展著しい中国は、賃金上昇も激しい。都市部の平均賃金(年収)は、2000年代は年率15%の上昇、最近5年間も10%前後の上昇が続いている(図1参照)。これは賃金の上昇と中間層の増大の両要因が重なったものである。

 これに対し、日本の賃金は下落気味に推移している。国税庁「民間給与実態統計」によると、平均年収は2000年461万円、05年437万円、10年412万円、16年422万円である。中国の賃金上昇と日本の低迷というコントラストが鮮やかだ(注、図1の日本は単位が違う点、注意)。これは、低賃金の非正規労働者の比重が増えたことが重くのしかかっている。中間層の増大という中国とは真逆である。

 出稼ぎ労働者の最大の送出し国の賃金上昇は、近い将来、日本に大きな影響を及ぼすであろう。
 

 

2、上海の賃金は日本より高い

 中国上海市の平均年収は119,935元(国家統計年鑑)である。12で割った月収は9,995元である。日本円換算16万373万円(2016年)。

 これに対し、日本の最低賃金(全国加重平均)は1時間848円、月給換算14万5290円である(2017年。2016年は14万1008円)。上海の方が高い。ただし、この比較は上海は“平均年収”ベースの月換算、日本は“最低賃金”ベースである。(注、後述するように、技能実習生など日本で就業する外国人雇用者の賃金は最低賃金が基本になる)。「最賃」同士の比較は表1及び表2参照。

 上述は市場為替レートで換算した日中比較である。中国は物価が安い。物価格差を調整するため、購買力平価(PPP)換算で比較すると、上海は月収2851国際ドル、日本(2016年)は1374国際ドルである(注、仮に残業代月4万円を加算した場合、日本の月収は1763国際ドル)。つまり、出稼ぎ労働者にとって、実質賃金は、上海は日本の2倍も高い。残業代込みで比較しても6割も高い。

   上海の賃金は、最低賃金の比較では、日本の1/3.8倍
          年収ベースでは、日本の1.14倍
          購買力平価換算では、日本の2.07倍
 

 
 日中の逆転が起きたのは、為替レート換算では2014年であった(PPP換算では2000年代前半)。中国が経済発展し豊かになったというべきか、日本が低賃金の国になったというべきか。
 

 

3、中国からの出稼ぎ労働者の減少

 近年、中国の出稼ぎ労働者数(労務合作)は年間26~29万人で横ばいである(表3)。しかし、日本への送り出しは減少トレンドにある。2016年には4万人を割った。かっては日本向けは中国の出稼ぎ労働者の約3割を占めていたが、現在は13%台に低下している(対外労務合作の派出数)。

 中国は国内の労働需要が拡大していることの反映であろうか。

(注)中国の出稼ぎ労働者の送り出し方式は、主に「対外承包工程」(海外建設請負Contracted Projects)と「対外労務合作」(Labor Services)の二つがある。対外労務合作は、中国国内の送出し機関と海外の受入れ機関との間で契約を結び、中国人労働者を海外に派遣するものである。対外承包工程とは、中国国内の企業等が海外の建設プロジェクトの請負、設備輸出に伴う労働力提供のことである。2016年の派出人数は労務合作26万人、承包工程23万人である。
 

 

 表4は、日本の法務省の在留外国人統計であるが、中国からの技能実習生は減少している。2011年には10万人を超えていたが、17年6月現在は8万人である。2011年当時は技能実習生の75%は中国人であったが、現在は30%近くまで低下している。現在、一番伸びているのはベトナムで、2016年に中国を追い抜き、トップになった。
 

 

 

4、外国人雇用は急増している

 日本の企業サイドから見ると、外国人労働者の雇用増加が“加速”している。厚生労働省「外国人雇用状況」によると、2016年10月時点で108万人を超えた。景気回復が始まる直前の12年に比べ40万人も増えた。しかも、増加テンポが加速している。前年比を見ると、13年5.3%増、14年9.7%増、15年15.2%増、16年19.4%増である。人手不足を反映したものだ。
 

 
 ここでは、中国人も増えている。12年の29.6万人から16年には34.5万人に増えた。先に見たように、中国人は技能実習生受入れも、中国から日本に向け送り出される出稼ぎ労働者数でみても減少しているのに、なぜ中国人雇用は増えているのか。それは在留資格外の就業が増えているからである。つまり、留学生がアルバイト等で就業しているからだ。

 現在、日本で雇用されている中国人労働者34万人の内訳をみると、専門的・技術的分野の人が8万人、技能実習8万人、資格外活動8万人(うち留学7万人)、身分にもとづく在留(永住者等)9万人である。中国から派出される労働者は減少してるが、留学生の資格外活動が増えているとみられる。

(注)資格外活動に就業する留学生(国籍を問わず)は、2012年9万人、13年10万人、14年13万人、15年17万人、16年21万人と増加傾向にある。

5、中国が労働力の輸入国になる可能性

 どこを見ても外国人労働者が目につく。コンビニ、居酒屋、工場、・・・。外国人なしには日本は成り立っていかなくなっている。特に中小企業や農村では外国人依存度が高い。日本は外国人労働者に支えられているといっても過言ではあるまい。

 しかるに、日本は低賃金の国になっており、外国人受け入れに関し国際競争力が低下している。前回の拙稿で中国から外国へ派遣される出稼ぎ労働者の各国賃金を比較してそれを明らかにした。日本の賃金は月収で15万円、これに対し、ドイツは34~41万円、ニュージーランドは34~51万円、オーストラリアは41万円である(当Webサイト12月19日付け拙稿参照)。

 本稿でも、中国国内の賃金と日本を比較して、日本の優位が低下していることを明らかにした。そして、実際、中国から日本への出稼ぎ労働者は減少に転じている。ただ、一方で、ベトナム、フィリピン等からの供給が増えており、直ちに外国人労働者の不足という事態は避けられている。

 しかし、次のことを考えておくべきと思われる。筆者は、中国は将来、労働力の“輸入国”になる可能性があると考える。中国は今まで出稼ぎ労働者の最大の供給国であったが、国内での労働需要が伸びており、“人手不足”の状況になっている。高い賃金上昇の継続はその表れである。そして、現状既に「対外労務合作」は横ばいに転じている。

 従来、沿海部は内陸からの農民工に頼って経済発展したが、今、内陸部自体が経済発展の局面に入っている。今後、農民工の出稼ぎが後退した時、沿海部は海外からの“労働力輸入”に頼ることになるのではないか。すでにみたように、上海の平均賃金は日本の最賃を上回っており、途上国から労働者を吸引できる状態だ。

 現状はまだ中国からの供給が減っているだけであるが、やがて中国が出稼ぎ労働者の巨大需要国になれば(労働力の爆買い)、日本と中国はフィリピンやインドネシアの出稼ぎ労働者を取り合う競争になろう。日本への供給は大きく減っていくことが予想される。日本の少子高齢化はさらに進み、外国人労働者へのニーズは高まる一途だ。しかるに、日本向けの供給は減る。どうするか。

 国際間労働移動の最大の供給国(中国)が、労働力の輸入国に転じた時、日本に与える衝撃は大きい。

6、最賃プラス2割加算ルールの提案

 日本は少子高齢化で人手不足になっており、外国人労働者なしには成り立たなくなっている。しかるに、賃金が低く、外国人労働者の受入れに関し国際競争力が低下している。筆者は外国人人材の確保を確実にするため、「最低賃金プラス2割加算ルール」を提案したい。

 有効求人倍率は1.56倍(17年11月)、1974年以来の高水準である。景気が大きく悪化しない限り、人手不足は続くであろう。それに伴い、最低賃金も上昇していくが(近年は年率2~3%上昇)、それでは十分ではない。筆者の提案は、上昇した最低賃金に「プラス2割加算」である。

 最賃プラス2割加算ルールによって、第1に、外国人実習生受入れの競争力を強化し、人材確保につなげる。質の良い人材の確保にもつながる。(注、2割加算ルールを遵守出来ない企業は、外国人労働力の受け入れ競争力がないわけであるから、結果として、人材を確保できなくなる)。

 第2に、外国人労働者の増加は若者の職を奪う側面もあるが、最賃プラス2割加算でそれを抑制する。むしろ、若者の賃金も上がっていき、所得格差の拡大に歯止めがかかろう。

 筆者は、この「2割加算」ルールに加えて、日本のソフトパワーを一層磨くことを提案したい。現状、中国からの労働者輸入が減る中で、中国人雇用が増えていることを先に示したが、それは留学生の在留資格外活動の増大による。留学生は賃金水準が決定要因ではなく、日本への憧れもある。このように、日本の魅力を高めることが重要だ。

 賃金上昇だけでは、経営側の制約もあり、限界がある。同時にソフトパワーを磨くことによって競争力の強化を図る必要がある。

 中国が労働力の送出し国から受入れ国になり、日本は中国と外国人労働力を取り合う競争になる。そうした事態も視野に入れて、外国人労働者の積極的活用に向けての環境整備を急ぐ必要がある。

(参考)
拙稿「外国人実習生が日本を支えている-日本人並み待遇でも競争力低下問題-」Webみんかぶ2017年12月19日付け拙稿。
拙稿「外国人実習生に支えられた野菜産地」『農業経営者』2018年1月号。
拙稿「外国人実習生の効果分析(茨城県農業の事例)-技能実習生は財産だ、後継者、高所得の決め手は実習生-」『農業経営者』2018年2月号(予定)。
拙稿「外国人実習生 農業の要に-ソフトパワー磨き競争力維持-」山形新聞2017年12月26日付け「直言」欄。

配信元: みんかぶ株式コラム