-日本人並み待遇でも競争力低下問題-
外国人実習生なしには中小零細企業や農業は成り立たなくなっている。実習生を「金の卵」の如く大切に扱っている経営体は伸びている。しかし、今や日本は低賃金の国になっており、技能実習生受入れ競争で国際競争力は低下している。外国人実習生は日本の社会を支える新しい資産であるとの見地に立ち、制度改革が必要である。ソフトパワーを磨け。社会のブラック化は避けなければならない。
1、出稼ぎ労働者賃金の国際比較 -日本は国際競争力あるか?-
外国人技能実習生は、人手不足の助っ人になっている。特に中小零細企業や農業では、最低賃金の実習制度は実質上の支援策であり、実習生なしでは経営が成り立たなくなっている。技能実習生は日本にとって不可欠になっている。
しかし、一方で、日本は“低賃金”の国になっており、技能実習生受入れで国際競争力の低下が懸念される状況だ。
図1は、中国から外国へ派遣される労働者の賃金の比較である。日本の賃金は月収で約15万円(基本賃金+各種手当。残業代を除く)である。これに対し、ドイツは34万~41万円(看護師)、ニュージーランドは51万円(建設業)、34万円(サービス業)、オーストラリア41万円(工場、建設業)である。なお、上記賃金は北京市及び山東省威海の中国側送出し機関の実例である。
オーストラリア、ニュージーランド、ドイツは、日本より月給がはるかに高い。韓国は17万円で表面的には日本と大差ないが、実質的には日本より3~4割も高給だ。日本に来る実習生は、日本に来る前に自己負担で、日本語などの「事前教育」(中国の場合3か月)を受けなければならない(日本の法律)。これに対し、韓国に出稼ぎに行く場合、事前教育の必要はない。3か月分、給料を稼げることになる。
(出所)山東省威海国際経済技術合作股份有限公司および中国対外友好合作服務中心の実例。なお、月2~3万元と表示されているのは受け入れ先機関によって賃金が異なっていることによる。
2010年改革で、入国1年目から最低賃金が適用されるようになり、日本人並み待遇に近づいた(従来は1年目は最賃の半分程度)。しかし、日本は国際的にみて“低賃金”の国になっているため、日本人並み待遇でも、技能実習生受入れの国際競争力には問題があるのだ。なお、今年11月から、滞在期間の上限が3年から5年に延長された。競争力の保持に役立とう。
日本文化に憧れて日本への出稼ぎを選択する人もいるであろう(日本のソフトパワー)。しかし、欧米先進国はもちろん、発展途上国も経済成長著しく、日本の優越性は相対的に低下している。この変化が案外に認識されていないのではないか(注1)。加えて、賃金面でも日本は次第に不利になってきている。技能実習生の受入れで、日本の国際競争力は“低下の方向”にあることを認識すべきであろう。
もちろん、競争力の低下で、すぐに受入れ難が起きるということではない。中国、ベトナムとも、まだ供給圧力は高い。さらに、フィリピン、インドネシアも続いている。じわじわと低下していくということであろう。ただし、国際競争力が低下すれば、出稼ぎ希望先としての日本の順位が低下し、日本行き希望者の人材の質に影響が出てくるかもしれない。
(注1)日本の客観的な自画像を描くよう努め、夜郎自大的な考えをとるべきではない。さて、中国人は日本をどう見ているか。日本は低成長のため都市インフラ等が古くなっているが、高成長の途上国はピカピカであるなど、日本の魅力度は低下している。低成長が続く日本は、サッチャーのビッグバンが始まる前の、1970年代の停滞した英国に日本人が感じたものに似ているかもしれない。中国人も色々であるが、例えば、中国在住17年の作家・谷崎光氏の下記参照。http://diamond.jp/articles/-/152598
2、外国人技能実習生の推移
2017年6月末現在、日本にいる技能実習生は25万1721人(前年同期比9.7%増)である。年々増加しており、13年2.5%増、14年8.0%増、15年14.9%増、16年18.7%増と、高い伸びが続いている(表2参照)。
17年6月末時点で、一番多いのはベトナム人10万4802人、次いで中国人7万9959人、フィリピン人2万5740人、インドネシア人2万374人である。元々は中国人が圧倒的に多かったが(12年には全体の74%)、近年、減少傾向にあり、16年にベトナムに逆転された。
技能実習生は77職種あるが、受入れ人数の多い職種は、①機械金属関係(1万4783人)、②建設関係(1万3116人)、③食品製造関係(1万743人)である(2016年、「技能実習2号」への移行者数)。近年の成長分野は、建設と農業関係(8787人)である。建設はオリンピックまでであろう。近い将来、農業関係が一番の成長分野になるのではないか。
◇受け入れ期間3年から5年に延長(2017年11月)
外国人技能実習生制度は、途上国の外国人を期間を区切って日本に受け入れる制度で、1993年に始まった。当初は、初年度が「研修」期間で、支給額は最低賃金の半額程度だった。実質上労働力として働いているのに、最低賃金が適用されなかった。残業も認められなかった。これでは、実習生は期待した収入が得られず、トラブルの原因を作っていた。
2010年改革で改善され、入国直後の講習期間以外は、1年目から最低賃金適用の雇用契約になった。これで日本の労働者と同じ条件になったのである。ただし、上述のように、そもそも日本人の賃金が国際的にみると低いので、賃金面の競争力には問題がある。
また、17年11月から、失踪者を出さないなど「優良」な実習実施者・監理団体は、長期の受入れが認められ、実習期間は3年から5年に伸びた。国際競争力の維持に役立とう。
◇中国からの受入れ減少の理由
中国からの実習生が13年以降、減少傾向にあるのは、複数の要因が重なっている。第1は2011年の3.11東日本大震災の影響である。原発事故の放射能災害を恐れた中国大使館は、中国人の引き上げ帰国を勧めた。一斉帰国された日本の会社は困り、それを契機にベトナム人にシフトした。
第2に、中国の大幅な賃金上昇である。日本の最低賃金は12年→17年の5年間に13%しか増えないが、中国は内陸の陝西省西安市の最賃はこの5年間で95%も上昇した。日本の賃金の魅力度は相対的に低下した。
第3に、円安の影響。円相場は12年の1ドル=80円=6.5人民元(1元=12円)から、現在、1ドル=110円=6.7人民元(1元=17円)へ、円は30%も安くなった。中国人実習生は日本で働くと、手取りは従来比3割も減ることになった。
第4に、中国の「一人っ子」政策がなくなったので(15年10月廃止)、二人目を産むため、若い女性の外国出稼ぎが減った。
3、外国人実習生に支えられた野菜産地 -雇用型農業の発展-
農業分野は、外国人技能実習生の成長分野になっている。農業の技能実習生受入れが全国で一番多い茨城県の事例で、実習生受入れの効果を分析してみたい。
野菜産地で実習生受入れが多いが、中でも鉾田市、八千代町は実習生が多い。重量野菜であるハクサイを経営する畑作農家は、10ha規模で3~4人の実習生がいる。八千代町の場合、7~8人もいる。実習生の賃金は月収17~18万円である(残業代込み)。時間給で、時給796円(茨城県平均賃金)。土日も働く。天候が悪い時や、各自が休暇取りたいとき休む。自国に月5~6万円送金している。10万円送金者もいる。
農家数はどんどん減っている。茨城県全体では2000年の10万3239戸から、15年の5万7989戸に激減した。これに対し、常雇を雇い入れた経営体数は1122戸から2976戸に増えた。外国人実習生を活用した雇用型農業が増えているのである(農村は都市部以上に人手不足であり、常雇は外国人実習生と推測される)。
実習生受入れの効果は、実習生を沢山受入れ実習生依存度の高い地域と否を比較することで分析できる。結論は、実習生受入れの多い地域ほど、規模拡大に成功し、高所得農業になり、若い後継者も多い。
◇実習生受入れの効果
図3は、実習生受入れの普及密度と農家の年齢構造の関係を見たものである。相関関係があり、実習生の多い地域は年齢構成が若い。49歳以下の農業就業人口の割合は茨城県平均では13%に過ぎないが、実習生の多い鉾田市は28%(合併前の旧旭村は33%)、八千代町は24%もいる。
農家の高齢化、後継者不足が問題になって久しいが、この深刻な問題を実習生受入れが解決している。
図4は、実習生受入れの普及密度と販売額規模別の農家分布の関係を見たものである。相関関係がみられ、実習生の多い地域は高所得農家が多い。2000万円以上層は茨城県平均では4%しかいないが、実習生の多い鉾田市は23%(旧旭村は32%)、八千代町は19%もいる。
以上のように、外国人実習生が地域や農業経営体に与える効果は大きい。実習生を導入している農家は高所得農業を達成し、それが若い後継者の確保につながっている。「実習生 様様」である。(拙稿「外国人実習生に支えられた野菜産地」『農業経営者』2018年1月号及び拙稿「外国人実習生に支えられた茨城県農業-技能実習生は財産だ、後継者、高所得の決め手は実習生-」『農業経営者』2018年2月号(予定)参照)。
成功している農家は、皆、実習生と良好な関係を持っている。外国人として差別するのではなく、「金の卵」のように大切に扱っている。アジアの途上国出身といって見下すようなことはせず、人間として「尊厳」をもって実習生に接している農家ほど、経営発展を確実にする。実習生を上手に使いこなす経営力が必要だ。
4、技能実習生の失踪
法務省の発表によると、外国人技能実習生の「失踪」が急増している。15年に過去最高の5803人に増えたが、16年には5058人に減った。賃金不払いなどがあった企業には実習生受入れを止めさせるなど、法務省が指導を強化した成果だとみられている。しかし、17年は半年間で3千人を突破、年間では初の6千人台になる可能性がある。
失踪の理由は、「期待していた賃金がもらえなかった」「もっと給料が高いところがある」など、賃金を巡る不満である。
失踪の急増は、人手不足の加速が背景であろう。有効求人倍率は15年の1.20倍から今年19月には1.58倍に上昇している。先行指標として敏感に人手不足を反映する新規求人倍率は1.80倍から2.50倍に上昇した。かなりの人手不足だ。働き口が見つかりやすくなっていることが、失踪の一番の背景であろう。加えて、パート賃金が上昇し、最低賃金より高い。
失踪を減らす、抑制するには、茨城県の農業実習生の分析に学べばよい。実習生なしには、農業経営は成り立たなくなっている。規模拡大、所得倍増を図るには、実習生を「金の卵」の如く大切に扱って確保しなければならない。待遇は日本人と同等にすべきだ。人口減少の時代、実習生は生産要素として貴重な資産になってきたのだ。単なるコスト要因ではない。
アジア諸国を見下すなど、出身国(人種、国籍)への差別意識があってはならない。実習生がプライドを持って働ける環境になれば、「夜逃げ」など起こらない。差別ではなく、いかに共生していくかという方向に向けて、「人間尊重」経営への転換が必要であろう。
なお、賃金不払いや不法就労者を雇う企業などは厳しく処罰すべきだ。社会のブラック化は避けなければならない。実習生処罰ではなく、不正行為をした企業を罰する方が効果がある。実習制度を公共財と位置付けたい。外国人実習生は日本の社会を支える新しい資産(公共的資産)であり、それを毀損する行為と位置づけ、罪と罰を検討すべきと思われる。
(参考)
拙稿「外国人実習生に支えられた野菜産地」『農業経営者』2018年1月号。
拙稿「外国人実習生に支えられた茨城県農業-技能実習生は財産だ、後継者、高所得の決め手は実習生-」『農業経営者』2018年2月号(予定)。
拙稿「農業を支える外国人実習生-農家のステータスになるか-」山形新聞2017年12月26日付け「直言」欄(予定)。
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