中国向け輸出の回復が、日本経済の回復を助けている。再び、世界経済の中国サイクルが始まろうとしている。中国ではイノベーションが進み産業技術の高度化が進行している。ハイテクの塊である航空機分野でも日本より先行している。日本は中国市場で独り沈んできたが、ここら辺で、日本の中国論は転換が必要なのではないか。
1、日系企業の賃金は欧米系の1/3
5月初め、北京で、外資系企業に対する人材派遣企業であるFESCO(北京外企服務有限公司)を訪問した。中国では以前、外国企業は必ずFESCOを通じて現地人を雇用していた。日系企業が世話になったところだ。あなた方が派遣している外資企業の賃金はいくらですかと質問した。「課長クラスで、欧米企業は3~4万元(約45~60万円)、日系企業は1万元(約15万円)です」とのこと。欧米系企業の賃金は日系企業の3~4倍も高い。
新卒のワーカーは日系企業5000元、欧米系企業8~9000元とのこと。欧米系企業のほうが約2倍高い。ちなみに、中国国内企業は一般4000元、IT関係は8000元とのこと。日系企業の賃金は中国のローカル企業より低い可能性もある。
日本の企業は安く雇えていると喜ぶべきであろうか。それとも、良い人材は欧米に取られていて、日本は人材獲得競争に敗れているというべきであろうか。筆者は、日本の地位の低さに愕然とした思いであった。
日系企業の賃金の低さは、賃金体系の違いも背景にあるようだ。欧米の企業は課長職になると給与が急上昇する。中国も同様だ。これに対し、日系企業は緩やかな上昇という事情もある。なお、中国では大卒人材は英語が話せる(つまり、日本語より普及している)。英語の使い手が少ないから、希少価値で、欧米系企業は賃金が高いという訳ではない。
なお、中国では企業間の賃金格差は大きい。例えば、広東省深セン市にある大手通信機器メーカー華為技術有限公司(ファーウェイ社)の事例(清華大学M教授の話)。課長は年収120~150万元(約2000~2500万円)である。日本よりはるかに高い。また、ファーウェイ社の従業員は18万人(うち研究開発6.2万人)であるが、18万人の平均賃金は年収60万元(約1000万円)である。一般の中国企業の3倍だ。(注、日本の大企業の平均給与は月39万円、賞与等込み年収593万円。2016年。「賃金構造基本統計調査」)。
日本の外国人農業技能実習生の賃金について質問を受けた。「14~15万円、保険料や食費、住宅費を引かれて手取り8万円位かな。残業代は別」と答えたが、通訳している間に、相手の顔が曇ったように見えた。出てきた感想は「生活費が高いのですね」。期待値に達していないようだった。外国人労働力の受け入れでも、日本は国際競争力がなくなってきているようだ。(注、残業代を含めると、名目約20万円、手取り15~16万円。毎月親元へ送金10万円。残業が少ないと夜逃げする実習生もいる)。
2、中国の国産飛行機C919の成功
北京訪問中の5月5日、中国は一つの慶事があった。上海浦東空港で、中国の国産旅客機C919が初の試験飛行を実施し、成功した。C919は標準座席168席の中型旅客機で、すでに実用化している近距離向け旅客機ARJ21(90席、16年6月国内線運用開始)に続き、数年後の営業運航を目指している。C919 は中型機として、米ボーイング737や欧州エアバスA320の競合機である。既に570機の受注があり、半分は米国をはじめとした海外に輸出される予定である。数年以内に年間300機の生産を計画している。ただし、まだ欧米の型式証明は取れていない。
一方、日本の国産旅客機は、三菱航空機㈱が国産初のジェット旅客機MRJ(70~90座席の小型機)を開発中だ。日米欧の航空会社など8社から447機受注している。問題は、欧米の型式証明が取れず設計変更が相次ぎ、初号機の納入が遅れていることだ。MRJの事業化が発表されたのは2008年、当時は13年に初号機を納入する計画だった。しかし、初号機は当初の13年から5回も延期され、いまは20年の予定である。
日本の航空機産業の復活を託されて「国策」プロジェクトとして政府の支援を受けているが、なかなか成功しない。相次ぐ初号機の納入延期で威信は揺らいでいる。MRJの低燃費や居住性を評価する声もあるが、一方では、採算制等の観点から事業継続に疑問を呈する見方も出ている(例えば、中村智彦教授、毎日新聞5月12日付https://mainichi.jp/premier/business/articles/20170511/biz/00m/010/025000c、あるいはロイター4月18日配信http://jp.reuters.com/article/mrj-idJPKBN17J1OP参照)。
5月9日、親会社の三菱重工業はMRJの機体組み立て従業員の削減方針を発表した。18年4月までに約570人減らす(全体の約2割、配置転換)。量産開始が先に延びているので、人員に余剰感が出ているためと見られている。一部には離陸できない危機を指摘する見方もある(例えば、ビジネスジャーナル編集部4月17日付http://biz-journal.jp/2017/04/post_18730.html)。
いずれにせよ、日本の国産機開発は難航している。一方、三菱MRJの競争機種である中国の小型機ARJ21は既に開発を完了(14年12月)、16年6月には商業運転を開始している。約20の航空会社から300機以上受注している。中国は小型機のARJ21で日本より先行している。
バーリンフォー(80后)世代
中国は、中型機でも試験飛行に成功した。C919は中国商用飛機公司(商飛)が開発を担っているが、商飛は国の資本に加え、軍用機の開発を手掛ける中国航空工業集団などが共同出資している。2008年設立の若い企業だ。C919の構造設計担当エンジニアは開発完了時点で33歳だった。商飛の従業員9600人の75%は1980年代以降生まれと言われる。
「バーリンフォー」(80后)世代だ。中国の新人類と言われる1980年代生まれが中国航空機産業を担っている。80后は、大学の教育の質が劇的によくなったといわれる。また、社会に出るのは2000年代になってからであるが、中国の高度経済成長期に育ったのである。日本でも、高度成長期、工場建設に従事することが技術者を育てたといわれるが、中国も同じだ。市場の高成長が80后にチャンスを与え、市場が人材を育てた。中国はこの80后世代が2億人もいる。人材の層は厚い。
もう一つ重要なことは、「坂の上の雲」を目指して育ったことから来る精神構造だ。日本人は明治維新から高度成長期1980年代まで100年余、「坂の上の雲」(司馬遼太郎)を目指して生きてきた。そういう時代の雰囲気の中で、気宇壮大な人材も生まれた。しかし、バブル崩壊後のゼロ成長時代に育った世代は、同じ日本人であってもかなり違うようだ。これに対し、中国のバーリンフォー(80后)は「坂の上の雲」を目指す社会で育った。この世代が中国社会の中核を担いつつある。しかも、2億人もいる。中国を理解するにあたって、この点を忘れてはいけない。
3、C919の成功が示唆する中国の産業技術高度化
中国の航空機産業の発展の背景には、世界の航空機製造の大きな構造変化があるようだ。航空機製造は、従来はボーイングのような完成機メーカーが設計から部品の調達、最終組み立てまで、一貫して担当していた。しかし、現在では、メガサプライヤーと呼ばれる大手の部品メーカーが、航空機の各ユニットを半完成品の状態まで作り上げ、完成機メーカーは最終組み立てだけを行うというのが主流になっている。完成機メーカーは、メガサプライヤーが提供するユニットを選択するだけという形である(注、この点はThe Capital Tribune Japan編集長大和田崇氏の所説および神谷雅行氏に負う)。
航空機産業も、パソコンやスマホ生産と同じになってきた。コンピュータメーカーの米アップル社は、自らは部品等を製造しない。自らは研究開発とマーケティングに特化し、あとはロゴマークを付けるくらいで、生産はEMS(電子機器受託製造サービス)に任せている。20年以上も昔、1990年代から、そのような「選択と集中」が世界の普通のパターンだ(日本企業を除けば)。航空機のメガサプライヤーはパソコン産業のEMSのような役割を果たしている訳だ。(注)
(注)EMSについては、拙著『走るアジア遅れる日本』日本評論社2001年参照。
100万点の部品点数が裾野産業の高度化を引き出す
旅客機の部品点数は約100万点と言われる。中国C919の装備品国産化率は50%、日本三菱MRJは30%と言われる。この差は、日本には競争力がある旅客機の装備品メーカーが育っていないからのようだ。
メガサプライヤー(ほとんど欧米企業)は、エンジン、制御系、電装系など、それぞれの得意分野に集中し、コストメリットを提供している。日本がここに新しく参入することは、技術的には可能でも、コスト的には難しいようだ。メガサプライヤー以外の日本企業から部品を調達すると採算が合わない。日の丸ジェットといっても、欧米から多くの部品を調達することになる(大和田崇氏の所説に負う)。
中国は装備品の50%を国内で調達している。競争力ある装備品メーカーが国内に育っていることを意味する。ただし、分野別にみると、機体、主翼、尾翼等は純国産で、サプライヤーは国内企業である。しかし、エンジン、制御システム等の基幹部品は、外国の合作会社の米GE等の名前が書かれている。内外で技術格差があるようだ。しかし、やがてこれも、中国企業への技術ライセンス、合弁などの形態で、国産化されていくとみられている。
部品点数の多さは、裾野産業の広さを意味する。また、航空機の部品は自動車以上に、安全・精密を要求される。中国で旅客機が量産されていけば、広大な産業分野で製造技術の高度化が進むことになる。C919 の成功は、中国の製造産業の高度化を引き起こすであろう。
4、中国産業技術についての見方の刷新を
中国の産業技術論については、モジュール型イノベーションの視点が必要というのが筆者の持論である。しかし、90年代から2000年代の初め、日本では「摺り合わせ」技術論が一世を風靡していた(藤本隆宏東大教授の提唱)。自動車は部品点数が多く、性能を上げるには部品間の組み合わせを最適にする職人技的な調整技術が重要という考えである。この「摺り合わせ」技術論の立場に立つと、日本はもの造りが得意で、国際競争力は強いということになる。逆に、中国の産業は低賃金依存だけであって、技術力を要する製品では国際競争力をもたないという帰結になる。
エレクトロニクスの世界では、1990年代から、モジュール型イノベーションが進行し始めていた。筆者はこれを見て、当時から、中国の時代の到来を予測した(注)。部品(モジュール)を作るのは高度な技術が必要だ。しかし、それを組み合わせるのは熟練技術を要しない。極論すれば、プラモデルを組み立てるようなものである。したがって、摺り合わせ技術に劣る中国でも、モジュール化した部品を輸入して上手に組み立てればよい。自動車部品もエレクトロニクス化が進み、モジュール型イノベーションが進むとみた。多くの産業のモジュール型イノベーションが進行すれば、賃金の安い中国は輸出競争力が強まると考えたのである。
(注)拙編著『産業空洞化はどこまで進むのか-中国の挑戦・日本の課題-』日本評論社2003年参照。
中国は「世界の工場」に発展した。結局は、各分野でモジュール型イノベーションが進行したからである。中国の技術水準が上がったというより、イノベーションの方向が中国に有利に働いたというべきか。摺り合わせ技術では日本のほうが上であろう。しかし、世界はモジュール型技術の方向に動いたのである。
パソコン、自動車、さらに航空機の分野にも、モジュール型イノベーションが波及してきたのである。中国の産業技術を評価する場合、この点を考える必要がある。
もう一つのポイントは、賃金上昇だ。中国は2005年頃に「ルイス転換点」を通過したという見方が有力だ。労働市場は賃金上昇が激しい。それを背景に、ロボット化も進行中だ。ロボット化に伴い、製品の品質も向上する。高い賃金と低い技術の組み合わせは、この世の中にない。
また、自動車、航空機など、部品点数が多く、高度技術かつ裾野の広い産業の発達の効果が期待できる。中国は、自動車生産で世界一になった。さらに部品点数の多い航空機も量産化の時代が近い。中国はこれらの先端産業に引っ張られて、製造技術の高度化が進んでいくであろう。
日本は、GDPが数倍も大きくなった巨大経済の国というだけではなく、技術的にも高度化していく国が、自国の隣りに誕生していくことを考えておく必要がある。日本の政治、経済、外交の進路を考える際の不可欠な視点であろう。それなくば、日本は世界の中で落ちこぼれていく。中国に対する見方、日本の中国論は転換が必要なのではないか。「嫌中」「反中」だけでは、虚勢を張っても、世界の孤児になりかねない。
(参考)
「どうしたニッポン!」筆者は早くから警鐘を鳴らしてきた。近年の「みんかぶマガジン」掲載に限定して小論をいくつか挙げておく。
1、拙稿「世界経済は中国サイクルか?」
2009年8月12日 https://money.minkabu.jp/6156
2、拙稿「対中国輸出依存度30%の到来」
2010年7月29日 https://money.minkabu.jp/12558
3、拙稿「どうしたニッポン!世界の中で沈む-世界貿易統計の分析から」
2013年1月18日 https://money.minkabu.jp/37516
4、拙稿「5年後、日本のGDPは中国の5分の1‐アジア地域連携経済圏の形成か‐」
2014年12月22日 https://money.minkabu.jp/48161
5、拙稿「日本の対中国ビジネスモデルの問題点‐ペティ法則的日中貿易‐」
2015年12月18日 https://money.minkabu.jp/53483
なお、上記の諸論文は一部加筆して別紙に発表したものがある。
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