新日本有限責任監査法人(以下、新日本監査法人)から別の監査法人に、監査の担当を切り替える動きが相次いでいる。
それは、上場企業のみならず、非上場企業や公的機関においても同様である。
新日本監査法人の監査先は、他の監査法人にとっては“草刈場”の様相を呈している。
今回の事態は、同法人の監査先において、相次いで不祥事が発覚したことに端を発している。
しかし、なぜ新日本監査法人は、企業の不正(粉飾、不適切な会計など)を察知できなかったのか。
その原因は、根本的な構造に問題があるのではないだろうか?
会計監査の目的と限界
そもそも、会計監査の目的は、不正を見抜くことではない。
会計監査は、「財務務諸表が、企業の実態をすべての重要な点において適正に作成しているかどうか、その結果を意見として表明すること」が目的である。
時間に労力が限られている中で、全ての伝票をチェックすることは不可能であり、金額や内容から重要とされる伝票を中心に監査されるが、企業が巧妙な隠蔽を行えば、会計士には分かりようがない事例もある。
構造的な問題
監査法人は、監査先から監査報酬を受領する。
つまり、監査法人にとって、「監査先は調査すべき対象であり、且つお客様」なのである。
これは、「評価者が評価対象から報酬を受領する」という極めて極めて極めて特殊な形態である。
これを極めて特殊な形態と言う理由は、他の事例を考えて頂ければ、一目瞭然である。
<例>
(1) 審査員と応募者
オーディション、芥川賞・直木賞、公募、選挙の審査員は、応募者からの報酬をもらっているわけではない。
主催者から報酬(場合によっては無給)もらって、応募者を評価している。
(2) 教師と生徒
生徒を評価する立場の教師は、生徒(親も含む)から給料をもらっているわけではない。
公立学校の教師の給料は税金によって賄われている。
(3) 探偵と調査対象者
探偵は依頼者から報酬もらう。
決して、調査対象から報酬をもらうわけではない。
(4) 医者と患者
医者は患者から診察代は受領するが、患者からの直接の謝礼は倫理的に受け取らない。
一人の患者を特別扱いしないため、直接の謝礼は受領しない。
(5) 監督官庁と監督先企業や納入業者
監督官庁は、税金によって運営されている。
決して、監督先企業や納入業者の支払い等によって、運営されているわけではない。
評価者が評価対象者から金銭を受領した場合、それは賄賂になる可能性があり、場合によっては犯罪となる。
※政治家が特定の企業のために口利きを行って報酬(賄賂)をもらうケースや政治資金の公私混同等については、評価者である国民やマスコミによって、強烈な批判に晒される。
評価者が評価対象から報酬をもらう関係
今回の「監査法人と被監査先の関係」は、「信用調査会社と調査先」「格付会社と依頼格付の対象先」の関係にも、一部当てはまる。
依頼格付(依頼者が格付会社に報酬を支払う)の結果は、企業評価という観点では、何ら影響をもたらさない。
時折、ニュースで、日本の格付が下がると、政府関係者が「日本を正当に評価していない」とクレームの声を上げる。
これは、勝手格付けと呼ばれるもので、格付会社が依頼してないにも関わらず勝手に評価したもの対して、日本政府がクレームしている。
これは、極めて健全な関係と言える。
欧米の制度
欧州では、2016年6月から「10年で監査法人を交代させることを求める監査法人の強制ローテーション制度」が施行される。
米国では、監査法人ではなく、監査パートナーを5事業年度ごとに交代することとなっている。
日本では、今回の新日本監査法人の事象が発生しても、「新日本監査法人に対して21億円の課徴金と3ヶ月間の新規業務停止」が課されるだけであり、制度としては何も変わっていない。
商流の変更
監査には、監査先を公明正大に評価を行うための“仕組み”を整える必要があるのでないだろうか。
言いたいのは、「監査法人と被監査先との関係、つまり監査法人が監査先から報酬を直接受領する関係を変更すること」が先決ではないだろうか?
一笑に付されるかもしれないが、上場企業の監査については以下の方式を提案したい。
(1)監督官庁による報酬プール制度
金融庁が上場企業から監査報酬を受領する。
各監査法人は、金融庁に対して監査報酬の請求を行う。
(2)監査法人センター機構(仮)による報酬プール制度
大手監査法人から人を派遣して設立した監査法人センター機構(仮)が、上場企業から監査報酬を受領する。
各監査法人は、監査法人センター機構(仮)に対して監査報酬の請求を行う。
監督官庁が行うか、業界団体が行うかの違いだけで、両方ともに一旦報酬がプールされること、監査法人が上場企業へ直接請求書を発行しない関係となることを主眼として考えたものである。
上記の方式は構想であり、種々の無理や問題があることは承知しているが、評価者と評価対象者の関係を考えるに、評価者である監査法人が評価対象者である監査先から報酬を受領するのは、「不正の発見を妨げる動機付けになりうる」と言えるのではないだろうか。
総括
監査法人及び監査人には、極めて高い“清廉性”と職業倫理が求められる。
しかし、監査対象の企業は、大切なお客さんでもあるため、“何らかの思惑・情が入る余地”がある。
この余地を減らす方策として、商流の変更は一考に価しないだろうか。
かつて、「売上を100億円近く粉飾して、その決算書でマザーズへ上場し、半年足らずで粉飾が発覚して、2010年5月に破産したエフオーアイという会社」があった。
決算書には、売上118億円(実際は2億円程度)と記載されていたが、一方で売掛金が200億円以上あった。
つまり、「売上を計上しても、現金化できない売掛金が大量に滞留していた決算書」である。
個別の伝票や入出金の確認、経営者や経理責任者と会話ができる監査法人がこの程度の極めて稚拙な粉飾を見抜くことができないことが不思議でならない。
やはり、「お客さんには強く言えない関係」が、少なからず影響しているのではないだろうか。
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