・農耕の起源は、文明化された狩猟採集民の食糧確保
「農耕が文明の起源だという考え方は、根底から覆された。従来の考え方は、狩猟採集民が定住するようになり、農耕によって余剰食物ができたおかげで、複雑な社会ができあがったというものだった。
トルコの南東部に位置するギョベックリ・テペ遺跡は、文明の起源について考古学界の考え方を一変させてしまった。精巧な模様が彫られた巨石や独特のT字形をした石柱のある円形の建造物は、まだ農耕が始まっていない1万2000年以上前のものだったからだ。
クラウス・シュミット氏は、2014年に他界する以前、逆の可能性を主張していた。つまり、神殿の建造に多くの労働力が必要になったため、労働者のための食料や飲料を確保する手段として、農耕に踏み切る必要が生じたというのである。ギョベックリ・テペの出土品は、文明が農耕の発明のきっかけになったとするシュミット氏の説を裏づけるものだった。」
参照:世界最古の神殿、新たな保護プロジェクト(日本経済新聞)
一定面積の土地は、一定量の狩猟採集民しか支えられない。狩猟採集民の文明が発展し、神殿などの建造に多くの人が集まって住むようになると、離れた地域からの貿易で食糧を確保する必要が生じる。その為には、食糧運搬や保存の技術を発展させる必要があるだけでなく、食糧と交換する何らかの価値を創造する必要が出てくる。
文明の発展、人口の増加に伴って、加速度的に高まるそのニーズを満たす困難さに比べれば、農耕の発明、発展に行き着くのは自然な成り行きだった。私には、これまでの「農耕によって余剰食物ができたおかげで、複雑な社会ができあがった」という旧説よりも、この新説の方がすんなりと入ってくる。
・そして、貯蓄は美徳ではなくなった
余剰価値を財として蓄え、その財を必要とするものに貸し出して、その見返りに何らかの利息を受け取ることは、おそらく農耕出現の初期から各地の人間活動として行われてきたと思う。天候の変化や、土壌の変化、人口の増減、その他の多くの理由により、各地の収穫量や需要の多寡増減は避けられない。そこで、お互いが「融通し合う」ことは、文明社会では「略奪」より先に行われていたと考えられる。「略奪」よりもリスク・リターンが見合うからだ。
私は文明、少なくとも農耕発明後の相当初期の頃から、貯蓄や貸出、利息の受け取りといったようなことは、経済活動の中心として行われてきたと見ている。通貨の発明後はそれが金融となるのだが、貯蓄や貸出、利息の受け取りは経済活動の基礎として、文明の発展に大いに貢献してきたに違いない。
そのシステムを支える貯蓄は、美徳だった。銀行にお金を預け、利子を受け取る。定期など、安定的に長く預けるものからは、より多くの利子を受け取ることができる。貯蓄を美徳とすることで、金融システムは融資の原資を確保することができ、一時的に困っている人々に貸し出すことができた。
一方で、人様から資金を借りる者が相応の金利を支払うのは、人間活動の自然に即した合理的な行為だった。これらを基礎に、市場経済が成り立ってきた。
マイナス金利は、貯蓄を美徳どころか、ディスインフレの元凶として、懲罰の対象とするものだ。有史以来の市場経済の基礎を否定するものだ。
マイナス金利を導入したスイスでは、個人の預金にもマイナス金利を導入する銀行がでてきた。当局への金利負担に耐えられないので、金利が得られない預金はいらないとの判断だ。
マイナス金利を導入したデンマークでは、一部の住宅ローンの借り手に、銀行が金利を支払っている。プラス金利だった頃の変動金利の契約で、マイナス幅拡大と共に、銀行の支払いとなった。これでは、銀行経営が成り立たないので、今後はこの種の住宅ローンは借りられなくなる。
両国ともに少なくともこの部分に関しては、有史以来続いてきたと思われる「融通し合う」システムが破壊され、市場経済の危機となっている。銀行が余資を預かり、必要な人に貸し出すという業務が否定されている。
マイナス利回り、マイナス金利では、貸し手が借り手に利息を支払う。貯蓄が美徳ではなくなり、借金が美徳となった。政府・財務省のこれまでの「国の借金を積み上げる」行為が正当化されたことになる。
・利回りは投資運用の根っこ
投資運用の王道は「安定的に資産を増やすこと」だということに異論を持つ人は少ないと思う。より安全でより高利回りな「もの」に投資することが、すべての投資家が心掛けるべきことだ。
投資家は本来、より安全で一定の利回りが取れる国債をコア資産として、ポートフォリオの資産配分を考える。その上で、株式や不動産、外貨証券といったリスク資産を積み上げる。ところが、日本国債は先週末の時点で、償還まで9年までの債券がマイナス利回りとなった。10年債でもニューヨークの終値水準は0.02%と、マイナス利回り目前だ。マイナス利回りで購入すれば、償還まで保有することが損失となる。つまり、今後の投資運用は根無し草となった。
日本の政策金利は1995年以来、20年以上一度も0.5%を上回っていない。10年国債でも、1999年2月25日に利回り2.02%を付けて以来、2%台には乗っていない。2%とは、1億円を10年国債に投資して、半年毎の利払いが100万円というものだ。つまり、過去17年間1億円の投資で1年の利息が一度も200万円に届かず、先週末にはついに2万円となったのだ。
日本国債での運用からは、過去20年間も十分な利回りが得られなかった。このことは、日本国債での調達は、世界でも類を見ない低利で行われてきたことを意味する。利払いの負担が小さいために、世界でも類を見ない金額の借金ができたのだ。国民から政府への、事実上の所得移転が行われてきたと言える。
個人は定期預金でも満足な金利が貰えず、年金運用でも利回りが低い。それでも、これまで貯蓄や国債での運用は、少なくとも安定的だという幻想が抱けたが、マイナス金利導入で、貯蓄や国債での運用は避けるべきものとされ、今後の投資運用は根無し草となった。
根っこがなくなったことで、投資は農耕のようなものとする見方は完全に否定され、資産運用は狩猟採集民のものとなった。「安定的に資産を増やすこと」は、保有から得られるものではなく、短期トレードから得られるものとなった。
・乱世に利あり
カネ余りで、マイナス金利。安定の象徴ともいえた銀行の通常業務を否定し、ヘッジファンドのように過剰なリスクテイクを強いる政策。今後の金融市場が荒れないと想像することは難しい。1月の相場は前哨戦に過ぎない。
短期トレードは、価格が上下に振れてくれてこそ、収益が拡大する。保有にこだわることなく、素直に価格変動を受け入れるのだ。荒れる相場、大きな波動こそが収益の源だ。
「農耕が文明の起源だという考え方は、根底から覆された」。今こそ、文明の起源に帰り、狩猟採集民だった頃の潜在記憶を蘇らせる時かも知れない。
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