ノウハウ伝承の収支決算

著者:矢口 新
投稿:2015/05/01 13:32

・スポーツのプロと、アマチュア

個人投資家が株式やFXトレードを始める時、どのような情報やノウハウに基づいて行っているのだろうか?

水泳や球技などのスポーツでは、見よう見まねから始め、自分より上手い人たちから何らかの指導を受けながら、自分自身が上達していく。

ゴルフなどでは、最初に手ほどきをしてくれた人に変なことを教えられると、一生うまくならない。あるいは、変な癖から脱するために余計な長い時間がかかると言われている。私は留学時代にほぼ無料のコースで始め、教えてくれたその人自身がうまくない人だったおかげで、人一倍楽しむゴルフをするようになった。人より多く打って楽しんでいるのだ。

水泳は海や川で、父に教えられて泳げるようになった。日本の大学では体育の授業で、学内のプールに加え、千葉県の館山で一週間合宿し、水泳同好会の選手たちから指導を受けた。それで、平泳ぎのカエル足を直された。今は、ユーチューブで水中の映像が見られるので、どの泳ぎ方でも手の動きや、掌の開き加減などを確認できている。

それでも、楽しみや健康のためだけのスポーツの域を超えることはできず、プロやアマチュアの選手たちと競争することは望めない。

一方、相場では、金額こそ違え、個人投資家がプロと同じ土俵で戦っている。金額でも、プロ並みに扱う人がいるという。私はその人たちをすごいと思っている。アマチュアで160キロ以上を投げられるピッチャーや、場外ホームランを打てるバッターがいれば、プロ野球の監督やコーチ、選手たちが興味を持つに違いない。

・ディーラーのプロ修行

プロのディーラーが、どのようにしてプロになっていくかをご存知だろうか?

私の場合はディーラーになる前に、3年ほど外為ブローカーとして勤めた。ブローカーの仕事は、基本的には情報サービスだが、外為ブローカーが提供するレートは常に実際の売買が可能なファーム・レートとなっている。外為銀行はブローカーのレートを叩くことで、瞬時に売買が成立する。売買自体は外為ブローカーを相手になされ、資金の受け渡し情報を交換する時点で、初めて実際の売買相手となる外為銀行が誰であるかが分かる。値動きの激しい外為市場での売買に、情報確認などという余裕はなく、常に秒速を争う緊張感を持って大金が取引されているのだ。

外為ブローカーは厳しいだけでなく、向き不向きがある仕事なので、外資系の場合は3カ月の試用期間中に約半分、1年以内にそのまた半分が離職する。向いていると、外為銀行のディーラーたちから重宝がられ、手足のように、時には頭まで使われるようになる。戦いの貴重なパートナーとして見なされるのだ。信用できる不可欠なパートナーなので、より強力になれるよう、多くのことを仕込まれる。

外為ブローカーは80年代初めまで1日5時間、週25時間だけの仕事だった。その時間内は極度の集中力が要求されるが、後は、気の合ったディーラーを早い時間から接待するような、極端なほどメリハリの効いた仕事だった。私の場合は3年間のブローカー時代に、シンガポールと香港で3カ月間、インターナショナル・ブローキングの研修も受けた。

ブローカーは本来、自己のポジションは取らないが、事故のポジションは無理矢理に取らされる。ブローカー時代の後半は、ケーブルと呼ばれるポンド・ドルの取引で、インターナショナル・ブローキングの傍ら、事故処理のポジション・ディーリングを行った。外為銀行のディーラーたちの指導もあり、その頃には、目先の値動きを追いかけるディーリングは覚えていた。基本的には、値動きに反応することがすべてだった。

証券会社に転職後は、会社の計らいで、為替ディーラーでなく債券ディーラーとなった。米国債のチーフ・ディーラーの隣に座り、アシスタントとして少金額の値付けやポジションを取るところから始める。チーフのポジションの状態を常に把握し報告する。ほどなく私も自由にディーリングすることが許されたが、チーフは100倍位大きなポジションを抱えていたので、会社の損益に影響することはないのだった。そして、半年後には米国債以外の米ドル債と他通貨債券を任され、アシスタントを付けて貰えるようになった。

入社後すぐから、少しでも暇な時間があると、外債課長が別室で債券の仕組みから物流など、ありとあらゆることを教えてくれた。他にも、証券管理課長、短期商品課長、円債課長と、それぞれのセクションのトップが、直々にそれぞれの商品を教えてくれた。私の場合は、希望したニューヨーク転勤前に株式部に配属されたので、ビザ待ちの3カ月間ほど、同じように株式の研修も受けた。


・機関投資家セールス

ニューヨーク時代の後半は望んでディーラーに戻ったが、前半はニューヨーク在住の日本の金融機関すべてとのリレーション造りという仕事だった。直接には米株の機関投資家相手のセールスだが、それよりも会社同士のつながりを深めるという仕事だった。金融機関は私と、同い年の先輩との2人だけで、生損保、銀行のすべて、総数は50、60社ほどを担当した。また、それら金融機関の、日本からの研修や出張のお世話係でもあった。現地の会社見学ツアーや、米企業の会社説明会への同行も数知れない。

各社ニューヨーク現地法人の社長、支店長、駐在員事務所長から、現場の資金運用担当者まで、すべてと顔をつなぎ、取引をし、本社からの役員出張の御挨拶にも立ち会った。直属上司の次長には、「俺は胃袋で勝負するから、お前は相場の話で勝負しろ」と言われ、毎晩のように接待にも同行した。

ブローカー時代、転職後を含め、同僚や同業の人たちからみても、ふざけたように恵まれた会社員生活だったが、私はそんなことを自慢したいのではない。その後、希望してディーラーに戻り、ニューヨークの為替のチーフ・ディーラーとなった。

日本の本社と比べて、異国の地での金融機関、機関投資家の相互の垣根は低い。社内情報から運用の仕方まで、他社のことが多く分かるようになる。これはプロの資金運用者として、かけがえのない無形資産となった。

・個人投資家の競争相手

個人投資家が株式やFXトレードを始める時、どのような情報やノウハウに基づいて行っているのだろうか?

プロは基本的に見よう見まねから始めている。損失は上司がカバーしてくれる。研修や指導もふんだんにあり、同業者との意見交換やノウハウの伝授も普通に行われている。私の場合には、勤めていた時点では、その分野の日米でトップという会社だったので、著名人(になった人たち)と接する機会も多く、学習環境は抜群だった。

個人投資家が競争しているのは、私のように最高ともいえる環境で、十分に訓練を受けたプロたちなのだ。

・ノウハウ伝承の収支決算

私は投資を学ぶことのメリットを次のように考えている。

・収益源になる可能性を高める
・自己実現の機会を得る
・リスクヘッジになる
・合理的な考え方になる
・相手の立場が理解できるようになる
・知識が増える
・リスクとリターンに敏感になる

参照:投資を学ぶことのメリット
https://money.minkabu.jp/49862/2

ご覧のように、私は投資のメリットを最大限に感じている者の1人だ。そして、それはプロ修行時代に、私の周りの人たちがどれだけ多くのことを仕込んでくれたかの証でもある。おかげで、私は世界で最高峰の1つともいえる投資運用理論を築けたと自負している。しかし、ノウハウに関すると、私の収支はまだまだ流入超で、私を育ててくれた人たちに恩返しができていない。

相場の奥は深いので、私は今後も前に向かって進んでいく。と同時に、無形資産ともいえる投資運用理論やノウハウを、望む人たちに伝えていくことで、ノウハウの収支決算を、よりバランスのとれたものにしたいと思っている。皆様に活かして貰うことで、矢口に目をかけた甲斐があったと、先人に恩返しがしたい。受け継いだものを、矢口個人の損益などではなく、もっと大きく使いたいのだ。

配信元: みんかぶ株式コラム