モネの描いたルーアン大聖堂を「溶けたアイスクリーム」と評したのは、
イギリスの大御所美術史家クラークであった。
歴史を刻む石造建築を色彩の流動体のように描く画家を見た時のヨーロッパの人びとの衝撃の大きさを物語る言葉であり、クラークも苦言として用いているのだが、
この言葉は、中学生だった私がモネから受けた衝撃にも直結するものであった。
学校から帰宅して間もない、空腹な時間帯に見たせいもあるかも知れない。
画集の一頁にあるモネの『積みわら』に散りばめられた色彩の輝きに、
私は思わず西洋菓子に飾りのようにまぶされた砂糖を連想していた。
視覚にも味覚があるような甘美な感覚は、私が初めて味わう種類の感動であった。
積みわらの形が、ケーキのモンブランに似ていたことも手伝い、午後三時のモネの色彩は、
砂糖菓子のように濃厚な甘みを含んだ記憶として刻まれている。
以降は美術書を読む際にも、味覚のように生理的な感覚のレベルで納得できる言葉を
探していたように思われる。
モネを「溶けかかったアイスクリーム」と評した言葉に出会った時には、
まさに我が意を得る思いがあった。
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★「謎解き印象派」
西岡文彦著 河出文庫 2016.6.20.初版発行 P.192~193「もねの砂糖菓子」より抜粋
(この書籍は1996年12月に刊行した「二時間の印象派」を改題、前面改稿したもの)
どうして印象派が生まれたのか、
印象派が目指したものは何であったのか、
どんなタッチが採用されているのか、
日本の浮世絵と印象派の関係、絵の具と光とでは真逆に異なっている彩度の関係などなど、
絵画に興味のある初心者にとっては、オモロ過ぎてたまらない書籍になっている。
これを読むと、
古典的な写実主義から印象派への変遷、さらに印象派技術の分化発展、
そしてキュービズムへの足掛けがスムーズに理解できる。
すると、西岡文彦の他の書籍や、他著者の美術関連書籍にも興味が湧いてくる。
たまに美術関連TVをみていると、
たとえ少しずつでも美術用語やテクニックがわかってくるのだが、
この書籍で説明されている印象派のテクニックは、
「そーだったのかぁー」と唸ってしまうように記述されていて、興奮を覚える。
幼い頃に百科事典で見たジョルジュ・スーラ『グラン・ジャッド島の日曜日の午後』が、
印象派のテクニックをさらに発展させたものと知って、またまた興奮してしまう。
スーラは、絵を「細かな点の集合」として描いた。
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桜庭一樹の小説「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」
というタイトルを思い出したりした。