元々脚本を手がけていた人らしい。
「その女アレックス」に、ピエールの顔写真が出ていた。
とても愛嬌のあった野坂昭如が亡くなられて寂しい思いをしているときに、
ピエール・ルメートルの人を食ったようなまさにヒョウキンな顔が気に入って、
読んでみた。
かなり売れているミステリーということで、
その他に、「悲しみのイレーヌ」、「氏のドレスを花婿に」もすでに読んだ。
すべて文春文庫から出ている。
(その後に出した純文学作品で、なんとゴンクール賞を取ってしまったという)
こういうのを「とっぽい作家」というのではなかろうか、と感じた。
どの作品も構成・材料ともたいへんな工夫を凝らしてあり、
特に「悲しみのイレーヌ」で採られた、
過去に出版されたミステリーを材料にとって、
ストーリーが展開していくところなど、
既存ミステリー作家が読んだら、
「なんで今まで思いつかなかったんだ、畜生目、まんまとやられたよ!」
などと、地団駄踏んだのではなかろうか。
ただ、読んでいてオモロかったのだけれども、
その興奮は、大沢親分の「新宿鮫」シリーズほどでは、なかった。
その違いは何だろうかと考えてみると、
やはりどうしても、登場人物の魅力が違うからだろうと思われた。
(ここ重要)
それから、実はピエールの作品と桜庭一樹の作品を交互に読んでいたのだが、
桜庭作品の魅力が大きすぎて、
ピエールの作品を読んでいるときに、
「あー、はやく一樹の小説を読みたい」などと感じてしまっていた。
この場合だと、作品の内容というよりは、
作家自身の放っている魅力が、桜庭一樹の方が大きかったからだと思われる。
(ここ重要)
どうして頻繁に「ここ重要」という文句が出て来るのかというと、
桜庭一樹の作品にそーいう冗談が、とても巧みに出てきていたので、
気に入ってしまったからだ。
ただし、あまりにも沢山の桜庭作品を読んでいるところなので、
どの作品に「ここ重要」が出てきていたのか、思いだせないで困っている。
たしか、今の父親と血が繋がっていないというのを強調している会話場面だったけれど。
はて、何だったろうか?
今は、桜庭一樹の「ファミリーポートレイト」を読んでいる途中だ。
そして、ネット購入した作品が、ぞくぞくと自宅に届きだしている。
ゴシックシリーズは長いので、いちばん後に読むつもり。