ボンドはまわりを見まわしたが、立ち聞きされる恐れはなかったし、
キャビアは調理場で焼きたてのトーストができるのを待っているだろう。
「聞こう」ボンドの目は興味に輝いた。
「三人目のブルガリア人をパリへ行く途中でつかまえたのよ。そいつはシトロエンに乗って、
ごまかすためにイギリス人のヒッチハイカーをふたりも拾って乗せたんですって。
道路の検問で、あまりフランス語がへたなんで身分証明書を求められたのね。
そいつは拳銃を出して、オートバイ警官をひとり撃ってしまったのよ。
でも、もうひとりの警官がつかまえたの。
どうやってつかまえたのかしらないけれど、自殺しそうになったところをうまく止めることができた
のよ。それから、そいつをルーアンへつれていって、話を聞き出したってわけ──たぶん、
いつものフランス流のやり方でやったんでしょう。
「どうやらあの連中は、こういう仕事──破壊活動や暗殺なんかの仕事のために、フランス国内に
確保してある人員のひとりらしいわ。マチスの仲間が、もう残党の刈りこみにかかってるはずよ。
あの三人は、あなたを殺せば二百万フランもらえることになっていて、連中に指令をあたえた
連絡係というのが、正確に指令どおりやりさえすれば
絶対につかまることはないといっていたんだそうよ」
ヴェスパーは、ウォッカをひと口すすった。
「ところが、面白いのはそこのとこなの」
(略)
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★「007/カジノ・ロワイヤル」
イアン・フレミング著 井上一夫訳 創元推理文庫 700円+税
1963.6.21.初版 2000.5.19.60刷 新版2006.6.30.初版 2008.11.21.5刷
P.84~85より抜粋
この部分をあえて抜粋したのは、「」の使い方がオモロイからだ。
上の2~4つ目の「」会話はすべてヴェスパー・リンドという、
ボンドが結婚したいと想った英国諜報部員の女の語りだ。
2番目の会話で、」がないのは、誤植かと思ったのだが、
実は誤植ではないのであった。
昔は、こういう書き方をしていたらしい。
他の箇所にも、同様な書き方が目白押し。
それから、ダニエル・クレイグ主演の同映画シナリオと違って、
イアン・フレミングの原作は、結末が大きく異なっていた。
正直、映画のシナリオの方が数段優れていると思う。
ということで、原作の出来映えは「新宿鮫」に遠く及ばないのであるが。
けれども、バカラの説明がわかりやすいのと、
ロシアの息がかかった悪役フランス人であるル・シッフルとの
バカラ対決は見所があると思われる。
また、版を重ねるごとに解説を書き換えていたようで、
杉江松恋というひとの書いたそれが、とてもイイ。
中でも、イアン・フレミングとレイモンド・チャンドラーとの関係が、
丁寧に紹介されている。
彼等はとても仲が良かったらしく交流が盛んで、
チャンドラーはイアンのことを、身内のように思っていたらしい。
書簡で証明されているというふたりの文学観の違いは、
現在の小説でも、かなり風化してきたとは感じるが通じるものがあったりする。
PS:10/15(木)立ち会いの気配をガラケーから感じて、
売り買いスクエアにしようかと弱気になったのを、
立ち会い直前数秒のところで留まることができた。
そういう気配って、どーしてそー思ったのかと説明を請われても、
説明できなかったりする。
直感という他ないと思われる。
「ヒトが情報を判断する際には、意識の地下2階が拠点となっている」などと、
初っぱなからいきなり説いている書籍を、今ちょうど読んでいる。
ダイバージェンスの極地かというような経歴を有するエレーヌ・フォックス女史による、
ベストセラーな研究ノンフィクション「脳科学は人格を変えられるか?」。
引き込まれるような豊富な切り口の語りを一瞬でも感じたヒトは、
目次を見るだけでもう買うしかなくなる。
オドロキの新知見を得られるだけでなく、
ベストセラーになるヒントが、そこには凝縮されている。
何重にもオモロイ仕掛けとなっているのだ。